陸自に代わって「自衛隊さん有難う」と言われて

元航空自衛官  花岡 芳孝

  9月初旬に、女房と二泊三日の「紀伊半島大縦断」のバスツアーに行ってきました。行き先は、伊勢神宮・熊野古道・高野山等々、これまで19000人が参加したとうたっている人気コースでした。バスは地元の「熊野交通」で、ガイドも地元生まれの人でした。勝浦から十津川村に向かう道中、車窓からは昨年秋の大豪雨で削り取られた山肌や、土砂崩れで押しつぶされたままの家、ひっくり返って土砂に埋もれたままのトラックなど、大水害の爪痕がいまだ生々しくあちこちに見えていました。その時のバスガイドさんの話のエキスです。

  丁度1年前の9月5日、この辺りは未曽有の大雨に襲われました。ご覧の通り、屋根の上まで水が来て、この辺り一帯大変な被害が出ました。家は流され、着の身着のままで避難したものの、皆が途方に暮れていました。そんな時、真っ先に自衛隊さんが救援に駆けつけてくれはりました。警察も来てくれました。消防も来てくれました。警察は昼間は活動して夜はホテルにとまり、朝また来てくれました。でも自衛隊さんは、現地にテントを張っての自炊生活。不便でも取りあえずは屋根もトイレもある避難所よりも劣悪な環境ですよ。大変な違いです。「公務員になるなら、自衛隊より警察にならなアカン」と思いましたわ。でもね、自衛隊さんは泥だらけになりながら本当に親身に助けてくれました。
  被害を知った全国の友達が「何が欲しい?」と聞いてくれるので「水」が欲しいと答えると、ペットボトルをもう置き場がないほど送ってくれました。本当は汗まみれでお風呂に入りたいんです。自衛隊さんは、自前の風呂を持っていました。その風呂を沸かして、自分たちだって汗と泥まみれでまずは風呂に入りたいはずなのに、「皆さんどうぞ」と、私たちを風呂に入れてくれました。長い期間救援活動をしてくれましたが、自衛隊さんはこの間ずっと朝も昼も夜も被災地の現場にいました。この姿に、被災者はどんなに元気づけられたことか・・・。本当に有難かったです。身震いがしました。この恩は生涯忘れることはできません。この仕事をしていると、あちこちで自衛隊の車に出会います。すれ違う車は救援に来てくれた人とは違うでしょうが、いつも心でお礼を言い、手を振っています。被災した他の人も同じ思いと思います。
  大変な被害の中、こんなエピソードがありました。その後、なんと被災した娘さんが隊員さんと結婚したのです。泥と汗まみれの若者と娘さん。娘さんは家も被災し、おしゃれをしたり、もちろんきれいにお化粧なんて出来る状況ではありません。どのようにして惹かれあったのか・・・。御縁があったのですねぇ。大阪に嫁いで行きました。

  思いがけないバスガイドさんの話に、「自衛隊員に働きぶりに心底感謝してくれ、その気持を何の関係もないお客さんに伝えてくれる人がいる・・・」と、退官して10年にもなるのに、涙が出てしまいました。
  周りの惨状を説明しながらのこの話、かなり長かったです。この間、警察の話はホテルの件のみで消防の話は全くなく、話は全て自衛隊の救援活動のことばかりでした。警察も消防も彼らの装備と能力の範囲で精いっぱい活動に当たったことと思いますが、自衛隊が被災者のより身近にあったということでしょうか。宿に着きバスを降りた時、私はガイドさんに「航空自衛隊のOBです。さっきの話、本当に有難うございました。災害派遣で来た隊員がこの話を聞くとまた元気が出ると思います。」とお礼を言いました。ガイドさんからの返事は「本当に有難うございました。これからも皆さんに話し続けていきますよ」とのこと。空自OBなのに陸自に代わってお礼を言われてしまいました。
  熊野交通のあのバスガイドさん、被災から1年以上も経った今日も、満席のお客さんを前に「公務員になるなら、自衛隊より警察にならなアカンと思いましたわ。でもね・・・」と話し、陸海空に関係なく、すれ違う自衛隊の車に手を振ってくれていることでしょう。
 (了)