第1部 日本海海戦/日露戦争(その6-I)
そして世紀の大海戦は始まった

笹本 憲一

① 天気晴朗ナレトモ波高シ」の意味 ― 何故「天気晴朗ニシテ波高シ」ではないのか

「敵艦ミユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動之ヲ撃滅セントス本日天候晴朗ナレトモ浪高シ」(明治37、38年海戦史-海軍軍令部原文のまま)、第三艦隊旗艦厳島経由で信濃丸からの連絡が入った直後、東郷提督が大本営に向けて秋山真之参謀に打たせた超有名な電文です。

 この電文の中で「本日天候晴朗ナレトモ浪高シ」は電報を打つ直前に秋山参謀が追加したものと言われていて、なかなかの名文と評価されていますが、では何故「天気晴朗ニシテ波高シ」ではないのか。
 ここに諸説ありです。曰く「波が高いと砲の命中率が下がるが、荒波の中で砲術訓練を積んできた日本水兵と波静かなバルト海で訓練してきた練度の低いロシア水兵との命中率の差はさらに広がり、わが方に有利な状況であるという意味を表現したもの」、曰く「バルチック艦隊は波静かなバルト海での活動を意図した艦隊で喫水が浅く、艦船の装甲も上部に集中しているので波が高いと装甲の薄い側舷が頻繁に露出して敵艦の側部を貫通しやすくなり、わが方に有利であるということを表現している」等々です。

秋山真之参謀

 ここで考えられるのは「ナレトモ」とは「しかしながら」というネガティブな表現ですから、素直に解釈すると連合艦隊側にとってネガティブな事態を言っていると思われるのです。従って「天気は良いが波が高くて困った」という意味ではないかと推察します。坂の上の雲で司馬氏は「天気晴朗だと濃霧で敵を取り逃がすことは無い。おまけに浪が高いと射撃術に秀でた日本海軍に有利である」という風にポジティブに理解しているようですが、それなら「天気晴朗ニシテ浪高シ」とすべきでしょう。
 では何故波が高いと困るのか。秋山本人は大正7年に49歳の若さで病死した為真相は闇の中ですが、真相はこの時の彼の基本戦術から導かれそうです。秋山参謀が当初設定した迎撃戦術は「七段構え」と言われるものです。

第1段階 主力艦の決戦前夜、駆逐艦、水雷艇で夜襲して敵艦隊を混乱させる。
第2段階 昼間、主力艦による決戦。丁字戦法、乙字戦法で大打撃を与える。
第3段階 夜間、駆逐艦、水雷艇による魚雷攻撃をして残存艦を沈める。
第4段階 昼間、主力艦で敵の残存を追撃する。
第5段階 夜間、駆逐艦、水雷艇による魚雷攻撃をして残存艦を沈める。
第6段階 昼間、主力艦で敵の残存をウラジオストックまで追撃する。
第7段階 ウラジオストック港入り口に機雷を施設しておき、ここに追い込み爆沈させる。

 連合艦隊司令部が発した極秘命令文での『艦隊機密』によると秋山は日本海海戦前の一ヵ月半の間に4回作戦改定を行っています。
 4月12日、第1回の作戦書が提出されました。『七段構えの戦法』…まず夜間に駆逐艦や水雷艇が奇襲攻撃、そして日中に主力艦で一斉砲撃を行います。それを3日間、6段階にわたって繰り返し、最期はウラジオストク水域の機雷域に敵を追い込んで全滅させる作戦でした…その後、秋山は艦隊配列を変えた第二回の作戦書も作成しています。
 5月17日、第3回作戦書で秋山は七段構え戦法に更に改良を加えます…「連繋水雷による先制攻撃」です。連繋水雷とは秋山が自ら発案した戦術です…複数の水雷をロープで繋ぎ敵がその内の一つに接触すれば引き寄せられた水雷が次々爆発し敵艦を撃沈させるというものでした。
 この三回目の作戦変更で取り挙げられた「連繋水雷(機雷)による先制攻撃」こそ、「天気晴朗ナレトモ浪タカシ」に係るものと思われます。
 秋山はバルチック艦隊を迎撃する際、主力部隊の第一戦隊や第二戦隊に先駆けて、駆逐艦と水雷艇からなる「奇襲部隊」が、バルチック艦隊の前方を横切ってこの連繋水雷を敷設し、敵の艦隊陣形をかく乱してあわよくば何隻かに触雷で被害を与えられたら良いと考えていたようです。
 ところが当日はものすごい波浪のため、水雷艇の出動が難しい状況になっていました。

 当時の駆逐艦や水雷艇は第二次大戦頃のものとはだいぶ異なり駆逐艦でも 500t前後、水雷艇に至っては 100t前後とかなり小型で、波の荒い外洋での作戦行動には限界がありました。
 また、駆逐艦や水雷艇の奇襲攻撃は日本海軍においては日清戦争での威海衛攻撃や日露戦争初戦の旅順港奇襲などの実戦経験がありましたが、基本的には夜襲が原則でした。昼間戦闘では大型艦に装備されている多数の小口径砲の集中砲火を浴びる危険があったからです。



第39号水雷艇(39~43、62~66号まで同型)
排水量:110トン
全長:46.8m 全幅:4.6m 吃水:1m
出力:2000馬力
速力:27ノット 兵裝:47ミリ砲2、発射管3



駆逐艦「春雨」型
排水量:375トン 全長:69m 全幅:6.6m
吃水:1.8m 出力:6000馬力 速力29ノット
兵装:12ポンド砲2、57ミリ砲4、発射管2

第55号水雷艇(50~55号まで同型)
排水量:53トン
全長:34m 全幅:3.5m 吃水:0.9m 出力:657馬力
速力:20ノット 兵装:47ミリ砲1、発射管2

 日本海でのこの日の高波はせっかくの秋山の奇策を使えなくしてしまい、その無念の気持ちが「天気晴朗ナレトモ浪タカシ」の言葉になったのでしょう。
 しかしこの日の夜の水雷夜戦では鈴木貫太郎中佐の第四駆逐隊が連繋機雷によって戦艦ナワリンを撃沈しており、この作戦の有効性は立証されたものと思います。

(その6-Ⅰ配信 了)