大陸棚限界委員会(CLCS)の勧告と沖ノ鳥島の戦略的重要性
~ 中国の接近・地域拒否 (A2/AD) 戦略への我が国の対応 ~
後編

河村 雅美

5.中国の接近・地域拒否(A2/AD)戦略

 2011年8月、中国初の空母が出現した時は、確かにビッグ・ニュースになったが、空母戦闘グループ(CVBG:Carrier Battle Group)として機能するまでには、相当な時間と経費を要すると見られている。また、果たして米国のCVBGに対抗し得る対称的な兵器システムとして発展するのかどうかも分からない。米国のCVBGに対して中国のA2/AD能力を飛躍的に向上させる可能性のある兵器システムは、むしろ機動ランチャーを使って中国国内のどこからでも発射でき、空母の様な移動目標を攻撃できる世界で初めての対艦弾道ミサイル(ASBM:Anti-Ship Ballistic Missile)DF-21Dであろう。
 中国人民解放軍総参謀長、陳炳徳上将が、2011年に初めて公の場でDF-21Dについて、「未だ研究開発の段階にあり作戦運用の段階に至っておらず、研究開発には幾多の困難がある」と言及している。ただし、米国の専門家は、陳将軍が言った「作戦運用(Operational)」の意味は、米国基準で言うなら「完全作戦運用能力(FOC: Full Operational Capability)」であり、「初期作戦運用能力(IOC: Initial Operational Capability)」のレベルに達していることを否定するものではないと見ている。また、台湾の国防報告書(2011年版)は、DF-21Dの生産・配備は少量ながら2010年から始まったとしており、米国専門家の見方と一致する。2011年、陳将軍が、DF-21Dの射程を2,700キロ(1,700カイリ)と明かしたと中国日報が報じたことがあった。もしこれが事実であれば、グアムには僅かに及ばないが第2列島線内の大半をカバーすることになる。しかし、この報道を西側に逸早く紹介した米国海軍大学中国海洋研究所のAndrew Ericksonは、最近になって中国日報がDF-21A(ASBMではなくMSBM)の射程を誤記したらしいと指摘している。DF-21Dの射程は、米海軍、特に空母の活動海域に関わることであり、センシティブな問題であろう。米国防省が5月に公表した、中国人民解放軍に関する報告書(2012年版)では、このASBMの射程を、1,500キロ以上(exceeding 1,500 km)とし、含みを持たせた表現となっている。いずれにしても、世界で初めてのASBM (DF-21D) の出現により、中国のA2/AD能力が格段に向上する(した)可能性は否定できない。

中国本土からグアムまでの距離

6.日米の対応

 例えDF-21Dの射程が1,500キロ以上だとしても、遼寧省、吉林省、黒龍江省の何れからも横須賀は射程内にある。DF-21Dの射程及び作戦運用の段階については、依然として確たる証拠はないものの、その不確実性すら、恐らく中国の望むところの抑止あるいはA2/ADとして機能するのであろう。米国の前方展開戦力を率いる部隊指揮官は、この地域における危機や紛争の際、CVBGを第1列島線と第2列島線の間で、あるいは南シナ海で運用するに際しては、従来から懸念されていた高性能潜水艦、対艦巡航ミサイル(ASCM)及び機雷対策に加えてASBMの射程圏内に送り込むリスクを勘案して決断しなければならない。
 ABSMの脅威に曝されないプラットフォームとしては、先ず思い浮かぶのは潜水艦である。我が国は、既に潜水艦の運用態勢を従来の16隻から22隻に変えつつある。
 因みに中国海軍の近代化に関する米国の対応としては、米国議会調査局の報告書によると、国防総省(DOD)レベルでは、アジア太平洋地域の再重視、11個空母群及び10個空母航空団の維持、ASB: Air-Sea Battleコンセプトの開発、豪州への海兵隊の配備、LCS: Littoral Combat Shipのシンガポールへの配備等が挙げられている。また、中国のA2/AD能力に対して米海軍が既に取りつつある対策としては、少なくとも以下のものが含まれているとしている。

・太平洋艦隊部隊の対潜戦(ASW:Anti-Submarine Warfare)訓練の強化
・攻撃型原潜SSN及びSSGNの太平洋地域への配備
・BMD能力を有する戦闘艦の太平洋地域への配備
・BMD能力を備えた戦闘艦の増強と迎撃ミサイル(SM-3)の増加

 これらの米国の対策に連携させて、我が国としても、その地勢的特性を生かした対策を講ずることが必要であろう。例えば、その具体的方策としては、以下の2つが特に重要であると考える。
 (1) 第1列島線の我が国領域における常続的な対潜及び対機雷監視能力の整備と同海域におけるASW及び対機雷戦能力の維持であり、このためには南西諸島列島線における水中監視機能を新たに整備する必要があろう。
 (2) そして、第1列島線と第2列島線の間で沖縄とグアムの中間に位置する沖ノ鳥島を、「島」としての要件を見たし、保全していくことであろう。以下に示したように、台湾とグアム及び横須賀を結んだデルタ海域は、東アジアの平和と安定に関わる戦略的に重要な海域であり、かつ、我が国の命脈とも言うべき主要な海上交通路は、全てこの海域から世界に広がっている。そして、この海域は、中国から北米大陸に通ずる海上交通路の収束海域でもあり、その重心位置に沖ノ鳥島が位置しているからである。

台湾・グアム・横須賀を結ぶデルタ海域

7.沖ノ鳥島の保全

中国は、「沖ノ鳥島は島でなく岩であり、岩を基点としたEEZは認めない」と主張し、そのEEZ内で海洋調査活動を行ってきた。その根拠としているUNCLOS第121条「島の制度」は、次のように規定している。

1 島とは、自然に形成された陸域であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。
2 3に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される。
3 人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。

 日本政府は、沖ノ鳥島の国際法上の地位は、上記条約第1項の規定により、島であると主張している。中国の主張の根拠は、第3項の規定であり、これにより、同島は岩であり、島には該当しないとしている。日本政府は、第3項は島ではなく岩の条件であり、第1項とは関係ないとの見解である。
 ここで、注意しなければならないのは、この条項の文言そのものの解釈が異なることである。つまり島と岩は異なるとする我が国の見解(世界的には少数派意見)に対し、中国は、岩も島の一形態とする見解(多数派意見)である。
 何れにせよ、沖ノ鳥島の「島」としての地位を対外的により説得力あるものとするには、第1項との整合だけではなく、第3項の規定にも抵触しないことを明らかにしておくことが肝要である。その意味で沖ノ鳥島の保全は、我が国喫緊の課題である。
 この様な情勢の下で海洋政策研究財団が平成18年度から3年計画で実施した沖ノ鳥島の維持再生に関する調査研究結果の要点は、平成21年3月に公表された報告書によれば、次の3点である。
 (1) 最も重要なことは、領海、大陸棚およびEEZの主張の根源となっている東小島および北小島が満潮時に水没することを防ぐことである。両島についての現存の復旧・護岸工事は当面は有効と思われるが、問題は、後半世紀を待たずして地球温暖化に伴う海面上昇による水没の可能性も排除できないことである。
 (2) そこで、東小島および北小島が水没する場合を想定して、これら2島の他に、「自然に形成された」と解釈でき、満潮時にも水面上にある陸地を一つ以上卓礁上に出現させることが必要となる。その一例としてサンゴの欠片や有孔虫の殻で形成される洲島を卓礁内に形成させる案があり、既にこの対策に取り組んでいる。
 (3) 島の水没を防いだとして、次に大切なのは、卓礁内および周辺の領海内での経済的・商業的活動を可能な限り開発・実行することである。この点注意すべき点は、「独自の経済的生活」の維持を証明するために必要なのは卓礁と領海における活動に限られることである。EEZ及び大陸棚の資源開発は、沖の鳥島が島としての地位を持つことを条件にしてはじめて付与される権利である。 同島の利用案として、温度差発電、風力・太陽発電、水産資源を利用した諸活動、海底鉱物資源の開発、各種研究・観測のための基地・観測機器・設備の設置など様々な案が出されている。

沖ノ鳥島の現状
出典:「海上保安レポート2011」

 なお、海上保安庁は、平成19年3月、沖ノ鳥島に灯台を設置し運用を開始した。この灯台は、同島の周辺海域を航行する船舶や操業漁船の安全と運航能率の増進を図ることを目的としており、「独自の経済生活」の維持という面でも補強材料になると考えられている。
 ここでは、前③項の発電装置や観測機器・設備等の設置と関連させ、「独自の経済的生活」の維持に結び付けるための通信手段として、海底通信ケーブルを活用するアイデアを提示するに留める。
 それは、日本(海底通信ケーブルの陸揚げ局:沖縄、宮崎(佐土原)、神奈川(二宮)、千葉(千倉)等)とグアムを結ぶ既存の海底通信ケーブルあるいは新たな計画があれば、これらのケーブル・ルート上で比較的近いところからケーブルを分岐させて沖ノ鳥島に陸揚げ接続し、上記観測機器・設備等のデータを日本及びグアムにリアルタイムに配信するというものである。例えば、この方法により沖ノ鳥島の気象・海象データを本土でモニターし、本土からは、気象・海象情報として周辺海域で操業する漁船等に衛星通信等により配信し、以て経済的生活に資するというアイデアである。
 勿論、グアムでも気象情報は民生生活に役立つだろう。可能ならば、これらの事業を米国と共同で実施するのが良いであろう。米国にとっても、同盟国である日本が沖ノ鳥島及び同島周辺海域を管理することが望ましいはずである。沖ノ鳥島と日本本土・グアム(米国)を海底ケーブルで物理的に結ぶということは、沖ノ鳥島の保全に関する姿勢を米国とともに示すという象徴的な意味も込められる。
 100年以上も前のことだが、島根県の竹島年表によれば日露戦争当時の明治38年(1905年)7月に、竹島に海軍の仮設望楼(見張り所)が設置されている。この歴史的事実だけでも我が国固有の領土である証拠となる。また、当時、竹島と内地とを結ぶ軍用の海底通信ケーブル(当時は水底線と呼称)の敷設作業が行われていたがその途中で終戦となり、この作業は打ち切られている。仮に竹島に海底通信ケーブルが整備されていれば、更なる日本支配の実績として、また経済的生活の基盤とすることができたのではないかと思う。

 最後に、我が国主導で実施された「太平洋・島サミット」(5月25~26日)に関連して、この地域の海洋安全保障にかかわる問題を議論する契機となったことは、大いに評価されてしかるべきであろう。また米国がこの会議に初めて参加し、国連海洋法条約批准の重要性に言及するなど、積極的な関与を表明したことも然りである。一方、中国はこの時期に合わせてフィージーとの会議を開催し、対立姿勢を鮮明にした。
 このことからみても、沖の鳥島の領土保全を急がなければならない。また並行して、我が国の大陸棚延長申請に関するCLCSの勧告が先送りされたKPRについても、パラオ共和国の理解が得られていることを十分勘案し、早期に第3項で述べた措置をとる必要がある。

(平成24年8月20日記)

参考
 1 国連海洋法条約(大陸棚関連条文:附属書Ⅱを含む)
 2 国連海洋法条約の全文(附属書VI国際海洋法裁判所規程のみ)