魚雷戦用意!

山内 敏秀

 先に海上自衛隊の潜水艦の歴史を紹介しました。
 潜水艦からは魚雷、ミサイル及び機雷を発射することができます。
 そこで今回は、歴史が最も古く、潜水艦の最も潜水艦らしい魚雷による攻撃について少し紹介したいと思います。
 潜水艦の発射管から魚雷が発射されたのは、意外に古く1886年と言われています。今日の発射管の直径は一部の例外はありますが、世界標準と言ってよいほどに533mmです。この発射管から発射される魚雷は現在2種類あります。それも、魚雷のどの部分に焦点を当てるかでいろいろの分け方ができます。
 発射方式で分けると水圧発射される魚雷と自走発射の魚雷です。
 水圧発射というのは、発射の信号が流れると発射管とセットになって装備されている水圧筒という水鉄砲のお化けのような装置に高圧空気が送り込まれ、この高圧空気がピストンを作動させて水圧を発生させ、その水圧が発射管に送り込まれて魚雷を押し出す方式です。
 一方、自走発射というのは字のとおりで、魚雷が発射の信号を受け取ると魚雷のモーターが起動し、発射管の中にあるうちにスクリューが回転して、魚雷が発射管から走り出ていく方式のことです。自走発射のことを英語でswim outと言いますがうまく付けたものだと思います。
 別の分け方では、魚雷は直進魚雷と誘導魚雷に分けられます。
 直進魚雷は読んで字のごとく、指令された方向にまっすぐに走っていく魚雷です。誘導魚雷は、目標が逃げようとしても追いかけていく魚雷というのが最も簡単な説明かもしれません。誘導魚雷の基本はホーミング魚雷です。水中では電波とか赤外線は使えません。頼りになるのは音だけなのです。そこで、魚雷の先端に小型のソナーを装備し、ソナーが発信する音が目標に当たって帰ってきた音を追いかけるアクティブ方式と目標が出す音を聞いて追いかけるパッシブ方式があります。ただ、アクティブ方式の魚雷、パッシブ方式の魚雷と分けられるのではなく、一つの魚雷に両方の能力があり、戦術状況に応じてアクティブ、パッシブを切り替えて発射するのであり、この二つを組み合わせたパターンで発射することも可能です。現在では、さらに命中精度を上げるためにホーミング魚雷に有線誘導方式を加味しているものがほとんどと言っていいと思います。
 特殊なホーミング魚雷としては、ウェーキホーミング魚雷があります。船が走るときには必ずウェーキ(航跡)を残します。このウェーキを追いかけて目標に命中する魚雷です。
 魚雷の炸薬が爆発する仕組みは、魚雷が目標に命中した衝撃で信管が作動し、爆発するものと目標の磁気を感じ取って爆発する方法に大別されます。
 また、目標に被害を及ぼす方法は爆発の威力そのもので被害を及ぼす方法と目標の真下で爆発し、これによって生じる水圧の大きな変化(バブル・ジェット効果と呼ばれます)によって目標の船体に被害を及ぼす方法とがあります。後者として、2010年3月26日に起きた韓国の哨戒艦「天安」の事件がその例です。「天安」はこのバブル・ジェット効果によって沈没したとされています。前者の方法では、爆発の威力をより高めるためにモンロー効果を利用した魚雷が主流になりつつあるようです。
 さて、最初に魚雷のことを少しお話ししてきましたが、では、どうやって魚雷を目標に命中させるのでしょう。
 潜水艦による攻撃の基本はベクトル三角形を解くことにあります。
 目標が今いるところに向かって魚雷を発射しても、魚雷がその位置に到達する間にも目標は移動してしまいますから、魚雷は命中しないことになります。速力2ノットの船は1秒間に約1メートル移動します。したがって、魚雷は予想される目標の未来位置に向かって発射しなければなりません。その未来位置が命中点になるわけですが、命中点を求めるのがベクトル三角形の解法ということになります。これを図示してみると下の図のようになります。

 このように図にしてみると魚雷攻撃を行うためには自艦から見た目標の方位と距離及び目標の進む方向(針路)と速力の正確な情報が必要だということがおわかりいただけると思います。
 一番基礎になる情報は目標の現在の方位と距離です。この2つを得るためにはレーダーを使用するのが一番良いのですが、隠密性を最大の武器とする潜水艦にとってレーダーを使用するということは電波を発射することで、この電波を相手に探知されるという大きな危険を伴うので、レーダーを使用することは無いと言ってよいでしょう。
 レーダー以外の手段としては潜望鏡とソナーということになります。艦長自らが潜望鏡で目標を観測して行う攻撃を潜望鏡襲撃といいます。一方、ソナーからの情報だけで行う攻撃を聴音襲撃といいます。
 ここで、襲撃という言葉を使用しましたが、なぜか潜水艦の攻撃を襲撃と呼びます。おそらく、ほかに襲撃という言葉を使用するのは騎兵くらいではないでしょうか。NHKで放送された「坂の上の雲」で秋山好古将軍率いる日本騎兵が出てきますが、騎兵が突撃に移るときの号令は「襲撃にー、おそえー(襲え)」だったように記憶しています。
 潜望鏡襲撃では艦長が、潜望鏡で目標を観測し、そのデータに基づいて目標の運動を解析します。ただ、潜望鏡による観測では方位は正確なのですが、距離は目測によるしかありません。そこで、より正確に距離を得るために2つの方法があります。1つは潜望鏡の視野の中に刻まれている分角を利用する方法です。潜水艦の映画をご覧になった時、潜望鏡から見た映像に十字の線があって、そこに目盛りが刻まれているのにお気づきでしょうか。この目盛りが分角です。1000メートル先にある1メートルの高さの目標を1分角としています。もし目標の高さが分かっていれば、その目標を何分角に見たかで距離を知ることができます。今一つは、アナログ・カメラのピントの合わせ方と同じように虚像を動かして実像のマストの上に虚像の水線を合わせることで、目標のマストの高さが分かっていると距離が分かる仕組みになっている装置を利用する方法です。
 したがって、潜水艦では普段から様々な船のマストの高さを距離から逆算して蓄積して置く努力をしています。
 いずれの方法で距離を測定するにしても、長々と潜望鏡を出しているわけにはいきません。潜望鏡を水面上に出すということは相手から探知される可能性があることを意味するため、潜望鏡をチョコッと上げて、さっと観測して、すぐ潜望鏡を下ろすという感じで、非常に短い時間の間に目標の方位、距離および方向角を艦長は観測しなければなりません。

潜望鏡観測を行う艦長(海上自衛隊提供)

 方向角というのは、潜水艦ではアングル・オン・ザ・バウ(angle on the bow)と呼ぶことが多いのですが、潜水艦から目標を見た線に対して目標の艦船が何度の角度に向いているかを示すもので、左右0から180度の角度で判定します。この方向角と方位から目標の針路が分かります。もし、目標がまっすぐ自艦に向かってきているのであればアングル・オン・ザ・バウ0度となります。
 ただ、艦長が観測した方位、距離、方向角のうち正確なのは方位のみで、距離の元になっている目標の高さも推測の域を出ませんし、アングル・オン・ザ・バウも潜望鏡を下ろしてから艦長が「アングル・オン・ザ・バウ、右(あるいは左)○○度」と発唱するのが普通ですので、当然誤差があると考えなければなりません。そこで、何回かの観測の結果を作図などによって平均化し、より正確な解へ収斂させるように艦長を中心に襲撃に係わるチームが全力を挙げるのです。
 ソナー襲撃の場合は、目標を直接見ることはできませんから、得られる情報は基本的には目標の音の方位だけです。これに水測員(ソナーマンのこと)が回転数から推測した目標の速力が加わります。ソナー襲撃ではこの2つの情報から目標の位置、針路、速力を割り出すのです。たったこれだけの情報で可能なのかと考えられるでしょうが、ソナー襲撃での最大の情報は方位変化です。潜水艦と目標の運動によって方位は刻々に変わっていきます。この変化の仕方と推測した速力とから目標の位置、針路、速力を割り出していくのです。もち論、このためには基礎になる理論の理解と訓練を繰り返すことによって得られる経験値とチームワークが必要になってきます。
 いずれの襲撃方法でも必ず誤差が含まれてくるために魚雷が命中しない場合が考えられます。
 これを回避するために直進魚雷では複数の魚雷を扇状に発射し、誤差をカバーします。扇状に発射するために魚雷と魚雷の間にどのくらいの角度を付ける(これをスプレッドと言います)のか、どのような順番で発射するのかは戦術的な状況から判断されます。

 このことについて小話を1つ。

 NATOの海軍演習が終わった後のパーティーの席で米海軍の潜水艦乗りとドイツ海軍の潜水艦乗りが談笑していました。話が魚雷の発射に及んだ時、米海軍の潜水艦乗りが尋ねました。
「ドイツ海軍ではどのようにスプレッドをかけるのか?」
ドイツの潜水艦乗りは首をかしげて
「スプレッドとは何か?」
米海軍答えて
「目標の位置、針路、速力の解析で起こる誤差をカバーするために魚雷を扇状に発射するが、そのときの魚雷と魚雷の間の角度のことである。」
ドイツ答えて曰く
「ドイツでは1目標に魚雷は1本。これで十分。」
米海軍「??!!」

 ホーミング魚雷や有線誘導魚雷は魚雷を回避して逃げようとする目標をどこまでも追いかけるというイメージがあると思いますが、その特性は目標の運動の解析にある誤差をカバーするためにも極めて有効なのです。特に、有線誘導魚雷は潜水艦の卓越したソナー能力を利用して魚雷を有線誘導することにより、目標が行う様々な回避運動や欺瞞をかいくぐって魚雷を目標に向かわせ、解析誤差もカバーして、魚雷から平たく言えば「もうここまでくれば大丈夫。命中するから。」という信号を受け取って魚雷を切り離すので、命中の確率は格段に高くなります。
 潜水艦の訓練の骨格をなしているものは、如何にして見つからずに目標を先に発見し、これに近づいて魚雷を命中させ、撃沈し、生還するかの能力を向上することにあると言って良いと思います。
 今現在も世界中の海で潜水艦乗り達はこの目標を達成するために訓練に励んでいるのです。