オペレーション「TOMODACHI」の米海軍指揮官離日

(JB Pressより転載)
倉本 憲一

倉本 憲一

  昭和27年   奈良県生まれ
  昭和50年   防衛大学校卒業(19期生) 海上自衛隊入隊
  平成12年   海将補
  平成15年   海上幕僚監部防衛部長
  平成18年   海将
          海上自衛隊幹部学校長、教育航空集団司令官、航空集団司令官を歴任
  平成22年   自衛艦隊司令官
  平成23年8月 海上自衛隊退官

 初秋の風に星条旗がはためく下で、米海軍第7艦隊司令官の交代式が横須賀米海軍基地に停泊する第7艦隊旗艦「ブルーリッジ」で実施されました。

 9月7日木曜日、午後5時、交代式の主賓である米海軍太平洋艦隊司令官ウォルシュ大将を迎える礼砲が響きわたるなか式典は始まりました。日米の国旗の入場、両国の国歌の演奏に引き続き大変厳かに交代式が行われました。

交代式でスピーチをするウォルッシュ大将

 米海軍太平洋艦隊司令官ウォルッシュ大将の臨席の前で、第7艦隊司令官バンバスカーク中将の指揮官旗が降下され中将に手渡されました。次に新第7艦隊司令官スイフト中将の指揮官旗が掲揚され、指揮の交代をウォルッシュ大将に報告が行われ、指揮権の移譲が行われました。ちょうどその時、初秋の太陽が富士山の山麓に沈むという見事な演出でした。

 ブルーリッジ艦尾に作られた式場は、米国国旗をモチーフにした横断幕で飾られ、横須賀港内に停泊中のイージス艦は、満艦飾(信号用の旗りゅうを艦首からマストのトップ艦尾に張ったロープに綺麗に飾る艦の礼式の一種)を実施して交代式を祝っていました。 米海軍の指揮官交代式は、直属の上司の臨席のもと厳粛に且つ華やかに、内外から多くの人々を招待して行われます。

 指揮の交代の報告後ウォルッシュ大将はスピーチを行いその中で、海洋の安全や地域協力の大切さと第七艦隊の役割・存在感そして実績等に触れ、バンバスカーフ中将の功績に言及するとともに後任者のスイフト中将についてそのバックグラウンド等から適任である事等に言及しました。現役時代幾度となく米海軍部隊の指揮官交代式に出席しましたが、内容構成は大体この様な要素を含んでいます。  大将の演説を聞きながら、米海軍の指揮官交代式に対する考え方を、そして指揮権に対する考え方を改めて認識した次第です。

 軍のような組織にとって、また第七艦隊のように広大な海域で各種の任務を遂行し、あらゆる事態に対応しなければならない部隊の指揮を誰がとるのかということは極めて重要なことです。 従って交代式には、その部隊の直属上級部隊指揮官が臨席し、指揮権の移転を部内外に宣言するのです。 と同時に当該部隊の任務の重要性、旧指揮官の功績を称える事により全隊員の努力を賞賛し士気を高め、新指揮官の能力がその部隊の任務遂行に如何に相応しいかを述べる事により、隊員の努力を新指揮官を中心に結集させるのです。

 それでは、第七艦隊の任務や守備範囲等々について、概略を見てみましょう。

 第7艦隊は、日本の横須賀、佐世保、ホワイトビーチ及び厚木航空基地、岩国航空基地、三沢航空基地は、もちろんのこと韓国の釜山、浦項、鎮海、シンガポールなどに基地を置き展開しています。原子力空母「ジョージ・ワシントン」を主力艦とする数十隻の艦船、350機の航空機を擁しており、その主要な兵力は日本をベースに活動しています。兵員は数万人規模になり、その担当地域は広大で、西太平洋から日本海、東シナ海は勿論のこと南シナ海からインド洋の一部にまで、南はオーストラリアやニュージーランド周辺海域までおよび地球の約半分のエリアを活動範囲としており、米海軍の中では、最大の規模と戦力を誇っています。

 任務は、紛争地域への派遣は勿論のこと、関係国への親善訪問や共同訓練そして、係争地域へのプレゼンスもあります。たとえば大震災後のオーストラリアとの共同演習に参加する際、主力部隊は真直ぐに南下しないで、南シナ海を通り関係国との親善や訓練を計画していました。また、地震や津波や大水害への救助活動にも幅広く活動しています。そのための訓練として、3月上旬にはインドネシアで計画されていた災害派遣訓練に海上自衛隊とともに米海軍も参加する予定でした。第7艦隊司令官は、訓練等の主要な時期に関係国を訪問されることが多く、横須賀でゆっくりされている機会は、ほとんどありません。

 その活動の中心となっている艦船は、原子力空母「ジョージ・ワシントン」です。たまたま「ジョージ・ワシントン」が修理の時は、他の空母が米本土から派遣されて第7艦隊司令官の隷下に入ることになっています。今回の東日本大震災の発生時は、修理中の「ジョージ・ワシントン」に代わりロナルド・レーガン空母機動部隊が北西太平洋を行動中であり、韓国との共同訓練が計画されていました。

 3月11日東日本大震災の発災の時は、米海軍第7艦隊司令官バンバスカーク中将は、シンガポール、インドネシア方面出張中でしたが、発災後すぐに海上自衛隊の自衛艦隊司令部に電話を頂き、災害のお見舞いと米海軍は全力で支援することを約束してくれました。その時、私から自衛艦隊の可動艦艇すべてを東北沖に派遣したことや自衛隊の活動状況等について情報交換を行いました。

日米指揮官懇談

 第7艦隊司令官と自衛艦隊司令官は、常日頃からカウンターパートとして演習の計画や実施状況の視察、そして演習後の研究会等、また、年に数回実施する隷下指揮官を含めた懇談会や日々の日本周辺海域の警戒監視に関する情報や情勢認識の交換等を実施しています。 今回の大震災への共同作戦についてもスムースに意見交換や調整ができましたが、これは常日頃から実施しているこのような努力の賜物だと確信しています。

 バンバスカーク中将は、韓国との共同訓練を中止しロナルド・レーガン空母機動部隊を大震災の支援に派遣するので、現場での調整をお願いしたいとの連絡があり、昨年の海上自衛隊演習で「ジョージ・ワシントン」空母機動部隊と共同した第1護衛隊群司令糟井海将補に現地調整を実施させました。事前の調整会議も出来ない突然の共同対処でしたが、現場の日米両指揮官の卓越した調整能力で見事に任務を完遂してくれました。日頃の訓練の成果が見事に発揮できたものと思います。

任務を終了したESSEXを送る「ひゅうが」

 一方、米海軍太平洋艦隊司令官ウォルッシュ大将は、東日本大震災に際し、ハワイから来日して横田基地に約1か月滞在し日本への支援活動に尽力されました。 新しい第7艦隊司令官スイフト中将は、ウォルシュ大将の下で働いておられました。また、新しい自衛艦隊司令官河野海将とは、統幕副長当時のカウンターパートであり、旧知の仲と聞いていますので、横須賀において新しい海上共同体制を構築してくれることを楽しみにしています。

 バンバスカーク中将は、第7艦隊司令官の勤務期間は通常2年だそうですが、今回の米海軍の人事において1年足らずでペンタゴンに栄転されるそうです。勤務期間が規定の2年に足りない異例なものだそうですが、今回のオペレーション「TOMODACHI」の成果を考慮されて、政府内で叙勲の検討が行われていると聞いています。勤務期間の長短ではなく、勤務中の成果を評価していただき是非栄誉が与えられることを祈っています。

 交代式後の勘定プションには多くの人が集り、一変して和やかな雰囲気でバンバスカーク中将へのお礼や思い出話、スイフト新司令官への期待等々の話に花が咲きました。

新旧第7艦隊司令官の固い握手

 いずれにしても、バンバスカーク中将の人柄をよく知っている日本の関係者の多くからは、「また太平洋に指揮官旗を掲揚して下さい。」と、第7艦隊司令官としての勤務期間が短かった分をペンタゴンの任務を終えられた後には、是非太平洋艦隊司令官として勤務され、また来日されることを期待して声をかけて別れを惜しんでいました。(了)