救助犬大和の挑戦(2)
「暴走老人と犬」-第2回試験惨敗の記-

さすらいの老ハンドラー  矢見野 降男

 前回4月の国際救助犬試験に失敗してから、大和は7、8月の酷暑期間を除きおおむね週3回の訓練士による基礎訓練を受け、うち1回はハンドラーとして飼主が参加した。それでもなかなか練度が向上しないので、10月からは訓練士に預けて集中訓練をして11月末の試験に備えた。
 そんなある日、飼主たちの所属する救助犬NPO法人は、埼玉県にある航空自衛隊入間基地を訪問し、歩哨犬と救助犬の合同訓練を行った。入間基地の歩哨犬部隊とはこれまでも交流はあったが、新しく造成した瓦礫捜索訓練場での訓練のお披露目も兼ねての今回の合同訓練。3.11大震災以降空自も救助犬に関心を持ち、入間基地では試行的に救助犬の訓練を始めたたばかりだ。

 自衛隊の保有する「犬」は「警備犬」(海自)または「歩哨犬」(空自)と呼ばれ、いずれも主任務は基地等の「警備」である。(陸自は装備品として犬を保有していない)
 しかし、自衛隊も災害派遣等で出動することもあるので、その際任務となる「人命救助」に自隊で保有する犬を使えないかという発想も当然あり得る。海自の呉基地はこの考えに着目し、5年前から救助犬の訓練を開始、その約1年半後に国際救助犬試験瓦礫捜索B段階(上級)1頭、A段階(中級)1頭の合格犬を出した。それまで数年間にわたるNPOとの合同訓練の実績があったとはいえ、1年半の訓練で見事国際救助犬の資格を取得したのは異例のことである。
 呉基地は並行して出動に必要な装備品や車両・艦艇・航空機による進出・移動訓練等を行い、おおむね出動準備が整ったところに3.11大震災が発生した。自衛隊は10万人規模でこの大震災に対応した。
 あまり知られていないが、2頭6名の海自呉基地の救助犬チームもいち早く出動し、呉から舟艇、輸送機、輸送ヘリを乗り継いで3月12日昼過ぎには宮城県の被災地に進出した。厚木からは藤沢市から出動した飼主たちNPO法人の6頭8名の救助犬チームと偶然同じ輸送ヘリに乗り、以後17日の現地撤収まで行動を共にすることになる。
 しかし、救助犬の訓練をしていなかった航空自衛隊の歩哨犬は1頭も出動出来なかった。
 このことから入間基地の歩哨犬訓練所では瓦礫捜索訓練施設を自隊で造成し、今年度から救助犬の訓練を自主的に始めたのである。

 第14回IRO国際救助犬試験は11月下旬、神奈川県厚木市の消防訓練センターで実施された。適性試験15頭、瓦礫捜索A段階28頭、同B段階18頭計61頭が受験した。空自入間基地からは5頭のジャーマンシェパードが初めての救助犬試験に挑戦する。大和は4月に続き瓦礫捜索A段階を受験した。1日目に捜索部門を受験、審査員はスイス陸軍のマーチン・グート氏。
 試験の約2ヶ月前から大和は訓練士に預けられていたので、飼主は当日久しぶりに大和に対面した。預ける前から下痢気味で暑さのせいか尻尾が皮膚病に罹っていたが、すっかり元気になり一段と逞しくなっている。
 今回の捜索会場は訓練センターの既設器材を活用して急造されていたが、初歩の犬には難しそうである。指導手名、犬名、捜索プランの申告を終わり、風下側の比較的平易な瓦礫の方向を指示したが、大和はなかなか進入しない。プランを変更し、進入経路を変えて何度も試みたが、大和は勢いよく突進して行くが瓦礫群の中までは入って行かない。給水をしたり、気分転換を試みたがこれも駄目。遂に審査員から中止を申し渡された。結局評価はM評価(不合格)の10点(200点満点)。
 3日目には服従・熟練の試験で審査員は大阪から来た澤田和裕氏。この日も開始1時間前に会場着、30分前に大和に会い事前の慣熟訓練を行った。大和とは何となく呼吸が合わなかったが、試験が始まってから不安は的中。2、3種目までは何とかクリヤ―したが、大和が徐々に拒否反応を示し、とうとう会場を出てケージのある車の方へ逃走した。数回あの手この手で招呼したが、ますます拒否し戻って来ない。結局試験中止となり、M評価の27点(100点満点)。散々な結果となった。
 因みに、今回の試験の合格犬はA段階4頭、B段階2頭、適性試験4頭計10頭で合格率は例年並みの16%であった。空自入間基地から参加した5頭はいずれもA段階不合格。自衛隊には海・空自合わせて現在約280頭の警備犬・歩哨犬がいるが、救助犬の資格を有するのは僅か2頭のみである。

 試験の途中でリードを付け、所定の休止場所以外で一方の犬の試験が終わるのを待っている惨めさは耐え難い。思わず、前の安芸号の世界選手権を思い出した。その時は会場を離脱しなかったものの安芸は制御不能となった。また、箱根の試験場では野生の猿達に挑発され服従試験終了直前にこの猿を追いかけて会場離脱、試験中止。それに今回の大和の暴走事案で、仲間達から「暴走老人」という仇名を頂戴することになる。
 加えて、このところ我が家の癒し犬甲斐号の脱走事案が頻発した。甲斐は元々生後2ヶ月で山梨から我が家に来た翌日、サークルをよじ登り網戸を蹴倒して脱走。しかし、勝手が分からず家の前の道路で路頭に迷い座り込んでいるところを保護される。また、大の雷嫌いで雷の音を聞くと情緒不安定となり、火事場の馬鹿力よろしく少々の柵など飛び越えて脱走してしまう。その脱走癖も最近は治まっていたのだが、10月、12月の四国行で3回も脱走をした。元々本気で逃げる気はなく、構って貰えないとかストレスが溜まると不意を突いて逃走、飼主の関心を惹きつけ「かくれんぼ」をして遊んで貰ったところで最後は観念し(そう装って?)捕獲されるのが常である。

 安芸、大和、甲斐それぞれ犬種や年齢、性別、性格等全く異なるが、飼主はその「暴走」の原因を良く承知している。要は、人と犬のコミュニケーション不足。人間は少々不満があっても表情や態度に表わさないものだが、犬は敏感かつ正直だ。飼主の行動様式や心理状況を鋭く観察・察知し、直ぐ自らの行動や態度に表わす。
 カミサンはすぐ長年にわたる自らの人生とペット飼育の経験から「愛情不足」と断定するが、必ずしもそうではないと思う。むしろ、犬達の行動は愛情を一身に受けている所以かもしれない。人が指導(命令、指示)することと犬がそれに服従することの適度な緊張感と愛情、この間合いを掴むことが肝要。
 昔習った「統率」教科書に相通じるものがある。因みに、旧陸軍歩兵学校編「軍犬ノ参考」には、「軍犬ノ能力ヲ向上発揮セシムル基礎ハ実ニ人犬ノ親和ヲ図ルニアリ」とある。

 年末年始、大和を独り訓練士に預け、甲斐を含めた動物たちとカミサンを連れプリウスαで四国に帰省、失意と希望のうち平成25年の元旦を迎えた。自嘲的「暴走老人」、この年になって一から出直しをし、しばらくは前途多難な日々が続きそうだ。(第2回了)

暴走犬「大和」と脱走犬「甲斐」