スコットランド独立をめぐる住民投票と連合王国の安全保障

山内 敏秀

(本論は、太平洋技術監理LLPのウェブサイトに投稿したものを同LLPの了解を得て転載するものである。)

 スコットランドの独立をめぐる投票は独立反対派が過半数を獲得してスコットランドの独立は否決された。
 連合王国内では様々な反応が見られるが、その中で安全保障担当者あるいは海軍関係者はほっと胸をなで下ろしたことであろう。
 その理由は日本でも報じられたようにスコットランドが独立することは 連合王国の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の母港を失うことになるからである。
 連合王国海軍は現在、3つの基地を保有している。イギリス海峡に面するポーツマス海軍基地、イングランド南西部にあり西ヨーロッパ最大の軍港であるデヴォンポート海軍基地、そしてスコットランドのグラスゴー市の西北西にあるクライド海軍基地である。
 ポーツマスにはイギリス海軍の約3分の2が配備されており、デヴォンポートには水陸両用艦艇の「オーシャン」及び攻撃型原子力潜水艦からなる小艦隊が配備されている。クライド海軍基地には「ヴァンガード」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦4隻及び新世代の「アスチュート」級原子力潜水艦が配備されている。
 クライド海軍基地はグラスゴー市の西北西にあり、クライド入り江の奥、ゲール・ロックの北端に位置する。

出典:http://www.royalnavy.mod.uk/our-organisation/where-we-are/naval-base/clyde に筆者が加筆した。

これをさらに拡大してみると

出典:http://www.royalnavy.mod.uk/our-organisation/where-we-are/naval-base/clyde に筆者が加筆した。


出典:http://www.royalnavy.mod.uk/our-organisation/where-we-are/naval-base/clyde


「ヴァンガード」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦はアメリカ海軍の「オハイオ」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦と同じ「トライデントⅡ」弾道ミサイルを搭載する。ただ、「オハイオ」級が24基を搭載しているのに対し、「ヴァンガード」級は16基である。
 トライデントⅡミサイルは1基当たり最大12発の弾頭を搭載できることから「ヴァンガード」級は最大192発の核弾頭を装備することができる。しかし、1998年、労働党政権はThe Strategic Defence Review White Paper 1998を策定し、1隻の常続的配備と搭載弾頭数を3発と決定した。2006年に政府は各潜水艦の最大搭載弾頭数を48発とするとその表現を変えている。
 4隻の「ヴァンガード」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦は連合王国の戦略的抑止を維持する戦力と規定されている。
 冷戦期に構築されてきた核戦略の1つの柱が核抑止である。抑止=意図×能力×認識と言われるように相手が自国を核攻撃しようとすれば、核による報復攻撃を行い、これは相手にとって受け入れがたいほどの被害をもたらすと相手に認識させることによって相手の核攻撃を自制させようとするものである。このため、能力として信頼性のある報復能力が求められる。信頼性のある報復能力の基盤は相手の核攻撃に対する残存性であり、海中を行動し、探知が極めて困難な原子力潜水艦は最適のプラットフォームと考えられてきた。
 連合王国は冷戦期、旧ソ連と旧ワルシャワ条約機構を主たる脅威と認識し、アメリカの拡大抑止に依存する一方、その信頼性を担保するために独自の核戦力を整備してきた。いわゆる「触媒的抑止」である。
 冷戦終結後、連合王国の核戦力は弾道ミサイル搭載原子力潜水艦のみとなった。先に触れたThe Strategic Defence Review White Paper 1998では、核兵器廃絶を目指すとしながらも最小限の核戦力の保有を認めている。その狙いは、第一に連合王国に対する核攻撃の抑止、第二に国家による核兵器以外の大量破壊兵器による攻撃の抑止、第三に非国家主体による大量破壊兵器による攻撃の抑止、第四に国家間の全面戦争の抑止である。
 では、今回のスコットランド独立の住民投票においてなぜ、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の基地が取り上げられたのか。
 第一の背景はスコットランド独立派の主張に核戦力の配備反対が含まれていたことである。このため、スコットランドが独立した場合、交渉によってクライド海軍基地の継続使用を確保できる可能性は極めて低かった。
 第二の背景は現在、運用している「ヴァンガード」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の寿命と代替艦の建造問題である。1番艦の「ヴァンガード」は1993年に就役し、1995年に最初の戦略核抑止哨戒任務に就いている。原子炉の寿命は25年と考えられており、2018年から更新しなければならない時期にある。連合王国は2020年以降も核戦力を保有すると決定した。
 しかし、国内には独自の核戦力保有への反対意見がある。安全保障環境の変化、テロリズムに対する核の抑止効果への疑問などが指摘され、将来の核戦力に予算を投入することへの疑問が提起されている。このような情勢の中、クライド海軍基地を失い、新たに弾道ミサイル搭載原子力潜水艦用の基地建設にさらなる巨額の予算を投入することは政府が相当程度厳しい状況に立たされることを意味する。
 クライド海軍基地を失えば、連合王国海軍が保有する海軍基地はイングランド南部のデヴォンポートとポーツマスの2基地のみとなる。確かにデヴォンポートは原子力潜水艦部隊が配備されており、原子力潜水艦への支援能力を有すると考えられ、また「ヴァンガード」級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を収容できるドックも存在する。しかし、クライド海軍基地を閉鎖してデヴォンポートに弾道ミサイル搭載原子力潜水艦を配備するとすれば潜水艦搭載弾道ミサイルの陸揚げ・搭載施設を含めた支援設備の建設が不可欠である。
 また、前述したようにポーツマスは連合王国海軍の三分の2が集中する基地であり、デヴォンポートも小艦隊の基地としてそれほどの余裕があるわけではない。
 さらに、被害の分散という視点に立てばイングランド南部の2 基地に兵力が集中配備されることは軍事的視点から問題がある。
 このように考えるならば、スコットランドが連合王国に残り、クライド海軍基地が弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の基地として継続使用できることは21世紀後半に向けて連合王国の安全保障上の意義は大きいと言える。