自衛艦乗組員の自殺に想う
  ―元艦長の体験的部下統率論(上)

海自OB(元艦長) 中尾 保男

目  次

はじめに
1 自衛艦の艦内編成と日課
2 護衛艦・掃海母艦「ゆうぐれ」の体験
 (1)「ゆうぐれ」で学んだ教訓
 (2)「ゆうぐれ」の甲板士官
3 潜水艦「あさしお」(初代)の体験
 (1)「いじめ」の場としての艦の構造
 (2)乗員の艦に対する意識
 (3)立直要領と内容
4 潜水艦「はるしお」(初代)の体験(乗員への信頼)
5 潜水艦「あらしお」(初代)の体験(心の病の持った乗員)
6 砕氷艦「しらせ」(初代)の体験(艦橋と運転室)
7 潜水艦救難母艦「ちよだ」の体験(創意工夫)
8 それぞれの体験からの所見
おわりに

はじめに

 最近、自衛官の自殺が非常に多くなっている。先般、2004年10月に起った護衛艦たちかぜ艦内における「いじめ」に起因する自殺の責任を問う裁判が結審したとの報道が有り、インターネットで事件の裁判経過を調べてみた。上司、同僚の周知の中で長期にわたり、「いじめ」の事実が有ったことが把握できた。また、艦の責任を問われた裁判では、都合の悪いことは隠し、責任逃れに終始し、10年近く経って海上幕僚長まで巻き込む事件となったこともわかった。
 退職して久しいが、これほど海上自衛隊の態度に疑問を持ち、残念に思ったことはない。しかも、この艦は旗艦であったとも聞いている。旗艦の乗員は司令部の要求に常に即応できる態勢と術力を磨きあげておくのが本務であり、そのためには、乗員の強固な融和・団結及び士気の高さが必要と考える。
 今回の事件は、艦内で「いじめ」の状況を見て、おそらく、いじめている乗員に対し上司、同僚から注意、指導があったことと思う。長年艦上勤務をしていた者として、疑問に思うのは、「いじめ」をしていた隊員に、注意を聞きいれる能力が無かったのではないか。または、借金等で首が回らなくなり自暴自棄の結果、憂さのはけ口が「いじめ」ではなかったのではないかと思う。なぜ、艦の上司が素早く人事課と調整し、どちらかの隊員の補職先を換えるような処置をとれなかったのか疑問である。また、人事課は、個艦の「いじめ」の状況を知りながら対応の手段がなく、見て見ぬ振りをしていたのではないか。今回の事件は、処置の手遅れの典型と思われる。旗艦を預かる艦長はじめ乗員は、指揮官の厳しい要求があったとしても、乗員をまとめ、術力、錬度を高め即応できる態勢を作っておくのが使命だと思う。そのためには乗員をしっかり纏め、不祥事によって艦の力をそぐようなことにならないよう、細心の注意が必要である。しかし、服務事故は、注意しただけでは防止できるものではない。また、艦それぞれにいろんな事情が有り、成功例、失敗例を読み、聞き、見比べて自分のものとし、初めて有効な対策が出来るものと思っている。
 以下艦艇での服務関係にかかわる失敗例、成功例の経験を、思い出しながら綴ってみた。当然、50年前と現在では事情が大きく変わっていることは承知しているが、海上自衛隊の本質は変わるものではないと思っている。50年前そんなこともあり、そんな苦労をしていたのと軽い気持ちで読んでもらえれば幸いである。

1 自衛艦の艦内編成と日課

 自衛艦は港を離れれば、多数の隊員の仕事の場であり、生活の場の閉鎖社会でもある。ときには、国の運命を担い生命をかけて、厳しい任務を果たさなければならない場合もある。また、乗組員は入れ替わり立ち替わり交代し、着任したその日から任務に就かなければならない。各種艦艇には、次のような共通した編成や規則類、階級に応じたグループがあり、艦内業務が円滑に遂行できるよう図っている。
 ○ 科編成・・・・・・・・同一特技員で構成され、科の所掌業務に当たり、配置された隊員の教育訓練を行う。
              (船務科、航海科、砲雷科、機関科等)
 ○ 分隊編成・・・・・・・同一の科、または複数の科で構成された生活面での編成(規律の維持、身上の取扱等)
 ○ 部署・・・・・・・・・訓練の手順作業の手順、乗員の配置、および任務の規定等
 ○ 内規・・・・・・・・・艦内生活の基準を示し、各種役員についても規定
 ○ 士官室・・・・・・・・艦長はじめ各科、各分隊所属の幹部グループ
 ○ 先任海曹室・・・・・・副長の指導のもと、各分隊の諸問題の解決、規律維持、リクレーションを通じ融和・団結の促進、
              士気の高揚に尽くす各分隊の先任海曹(警衛海曹、分隊先任海曹、甲板海曹等)
 艦艇の行動中の日課、作業の手順は主に部署・内規によって規定されている。
停泊中の艦艇の日課は、午前、午後の分隊整列又は課業整列から始まる。副長から全般的な示達事項が有り、その後各分隊又は各科ごとに集まり分隊長、科長から当日の作業の細部を示達され日課が進められる。各分隊長、科長は、自分の受け持つ全ての隊員の顔色、健康状況、時には隊員の心の変化まで知ることができる時でもある。私が乗艦勤務中、経験した服務事故(不祥事)の大半は、不当借財、交通法規違反、たまに飲酒による喧嘩口論であったが、その多くは、分隊整列、課業整列時における隊員の日頃とは違う態度から、乗員の悩みを見出したものである。隊員との日頃の接触の中、ちょっとしたそぶりの違いを発見し、適時適切に指導すれば、ほとんどが大事に至る前に善処できる。艦艇のように逃げ場のない閉鎖社会における団体生活では、「いじめ」の芽は常に存在し、放置すれば際限なくエスカレートし、今回のような自殺にまで発展する可能性が有る。
 艦長はじめ幹部、経験豊富な上級海曹の最大の責務は、艦内の各種規則、各種編成の意味をよく理解し、部下に理解させ、自分の管理する隊員たちの融和・団結を図り艦内の生活に節度を持たせ、即応できる術力、錬度を保つことである。

2 護衛艦・掃海母艦「ゆうぐれ」の体験

(1)護衛艦「ゆうぐれ」から学んだ教訓
 約50年前、初任幹部として、第2練習隊「ゆうぐれ」に着任し、機関士、第3分隊士の配置指定を受けた。また、副長から艦の威容と艦内風紀を守るため甲板士官の仕事もやってもらうとの指示が有った。当時の「ゆうぐれ」は、幹部、上級海曹の中に、先の大戦の経験者が多数乗組員として乗艦していた。 着任した当時、司令、艦長から次のような指導を受けた。戦争と言う過酷な体験をされ、ご苦労された上司の言葉であり、今思い出しても身の引き締まる思いである。
 ○ 現配置の仕事だけでなく、一つ上の配置を考えながら勤務せよ
 ○ 艦の能力は艦長の能力で決まる。将来に備え日々研鑚に努めよ
 ○ 艦の基盤は、強固な融和・団結に培われた乗員一人一人に有る
 甲板士官として艦内を巡回中、よく先任海曹室に立ち寄り雑談中、「上(上司)が変われば艦内の雰囲気は一瞬にして変わる。特に悪い方に変われば、回復に相当の時間と努力が必要」と何回も何回も例をあげながら聞かされた。
 また、士官室では、戦時中、「人が無くなれば補充の兵員が送られてくる。術力、錬度は訓練すれば、すぐ所望の域に達するが、20歳で亡くなった同じ兵員を養成するのには、その人の生きた20年の年月を要する。絶対に人を死なすようなことはあってはならない」と聞かされた。当時は、その意味も解からず、深く考えなかったが、自衛隊生活の経験を積むことによって、非常に含蓄のある言葉だと理解するようになった。特に「ゆうぐれ」の上級幹部は、人の和にいかに心配りをしていたか、甲板士官の仕事をしているうちにひしひしと感じた。
(2)護衛艦「ゆうぐれ」の甲板士官(こまねずみ)
 初任幹部として着任した第2練習隊「ゆうぐれ」は、半年後に掃海母艦に改造され、工事終了後、横須賀に転籍の予定になっていた。着任時、副長から甲板士官としての任務を命ぜられ、「艦の威容を保持し、艦内の風紀の維持が仕事である。しっかりやれ」との激励の言葉が有った。
 士官室の先輩から、甲板士官としてのアドバイスを受け、暗中模索の状態で艦内外を独楽鼠(こまねずみ)のように走り回っていたことを思い出す。仕事の内容としては、便所、洗面所の蛇口に水漏れは無いか、消化器等応急用装備品はあるべきところに格納されているか、煙草盆は所定の場所に有り吸殻はきちんと処理され火災の危険は無いか、居住区は清掃され清潔に保たれているか、私物はきちんと整理整頓されているか等艦内全般について不具合事項がないかを見て回ることであった。艦外にあっては、装備品は所定の場所に格納されきちんと固縛されているか、上甲板に錆(さび)は出ていないか、上甲板に水たまりが有り歩行に危険な場所は無いか等である。また、内務面(生活面)にあっては、乗員同士いさかいの芽がないか、賭博的なゲームをやっていないか、仲間外れになった孤立者はいないか、「いじめ」に発展するような指導をしている者はいないか、現に「いじめ」にあっている乗員はいないか等、艦内をひたすら歩き回ることであった。また、ある意味では、甲板士官は雑用係士官で、常に乗員と交わり、若年隊員から兄貴分として慕われるようになれば合格ではないかと思う。何だ、そんなことかと思われるかもしれないが、士官室、先任海曹室、乗員を結ぶ掛け橋の一つを担って、艦内の融和・団結、士気の高揚に寄与していると思っている。
 甲板士官の仕事の一つに、艦内で行う昇任、昇給等人事会議は、必ず甲板士官の同席を求められる。甲板士官には、会議に対する発言の権限は無いが、分隊長同士、喧々諤々(けんけんがくがく)の議論が始まり収集の余地が無くなった時、副長から甲板士官に発言を求められる。甲板士官は当該隊員の日常の生活態度、勤務態度、乗員からの信頼性について意見を述べる。その甲板士官の意見が採用されるのが常である。単に、艦内を歩き回るだけでなく、乗員一人一人をよく観察し人間性を把握しておかなければならない任務も持っている。
 いよいよ、掃海母艦への艦種変更のため造船所に回航され改造工事が始まった。工事が終われば横須賀に転籍になるため、生活の基盤が呉に有る中級以上の海曹は、「ゆうぐれ」が横須賀に転籍するまでに呉在籍の部隊に配置替えの希望がかなえられるかどうかが、一番の関心事になってきた。士官室では、分隊長を中心に乗員の希望がかなえられるよう、連日、人事課との交渉で苦労していた。艦内の様子は、早々に交代の内示を得た者、家を新築し、どうしても呉に残りたい者、子供の学校の関係で横須賀へは、単身赴任を余儀なくされる者、暇が有れば同じ悩みを持つ者どうしが集まり、転籍による不安、不満を口にしていた。悪くすれば呉に残れるグループと配置替えの目途のついていないグループとの間に険悪な空気が流れそうな状況もあった。「ゆうぐれ」が護衛艦当時保っていた士気、結束はガタ落ちになり、仕事に身が入らなくなり、艦内の雰囲気も急激に悪くなってきた。
 いつもの通り、艦内巡回をしていると、いたるところで配置替えの目途の立っていないグループから呼び止められ、甲板士官に愚痴を言っても仕方がないのを知りながら、不平不満をぶちまけ憂さを晴らすようになっていた。
 艦内の雰囲気は沈滞し、何とかしなければならないという気持ちから、少しでも艦内の空気の好転を図るため体育係士官、先任海曹室と相談し、乗員全てが参加できる競技を主体に、体育日課を多くしてもらうよう副長に意見を申し述べ、若手の幹部及び先任海曹室を中心に計画を立て、艦内の競技大会を実施した。乗員は、一時的でも競技に熱中し、汗を流し談笑することにより、後ろ向きの話題からスポーツを通じた前向きの話題に移り、急激に艦内のギスギスした空気が好転してきた。
 「ゆうぐれ」の改造工事も終わり、大半の乗員は希望通り呉在籍の部隊に配置替えするか、横須賀に転籍後できるだけ早い時期に、呉への配置替えの目途がついた。特技の関係で呉に戻る目途がつかないまま、横須賀に回航したが転籍後、全ての希望者が呉に戻ることができたのは約半年後だったと思う。
 やっと希望通り、呉に転属になる上級海曹から聞いた話であるが、「甲板士官も苦労したでしょう、分隊長、分隊士がわれわれ乗員の希望をかなえるため一生縣命人事課と交渉してくれている姿を見ているが、誰かにぐちを言いたかった」「甲板士官に愚痴を言っても仕方のないことは解かっていながら、ついつい愚痴を言いました。お世話になりました」と言って呉に戻っていった。
 これは、艦種替え、転籍と言う大きな節目を迎えた時に、士官室、先任海曹室が一丸となり苦労して乗員をまとめた一例である。転籍、艦種替え、改造、人事の配置替えと非常に難しい時機に、甲板士官として関係者の苦労を見てきたこと、艦内の空気を少しでも明るく保とうと、先任海曹室へ頻繁に通い、意見を出し合い工夫したこと、若年幹部の私にとって、以後の勤務に得難い、非常に有意義な経験であった。

3 潜水艦「あさしお」(初代)の体験 

 「ゆうぐれ」の大変な1年の勤務後、潜水艦教育訓練隊で基礎教育を受け潜水艦「あさしお」(初代)に実習幹部として乗り組みを命じられた。前期実習が終わり、機関士、第3分隊士に配置された「ゆうぐれ」と同様、「あさしお」でも甲板士官としての職務を命ぜられた。「あさしお」での甲板士官勤務は、基本的には水上艦と同じであるが、勤務環境と艦の構造、航海中の立直要領が水上艦と大きく異なり、潜水艦の艦内は「いじめ」等のトラブルが起きにくい環境となっている。以後、潜水艦で多くの配置を経験してきたが、私の勤務した潜水艦での「いじめ」の状況は見たことも聞いたこともない。
(1)「いじめ」の場としての艦の構造
 潜水艦「あさしお」の船体の内部構造はワンフロアーであり、上甲板の構造も単純そのものである。また、倉庫、空所等が非常に少なく、潜航する前には、潜航に必要な装置、弁類を区画当直員が操作または確認する、その後、幹部が同じチエック表を使い、潜航関係装置をダブルチエックする。そのため私物を無断で置くような空所は皆無と言ってよく、空所に私物が有れば全て取り除かれる。一方、水上艦の構造は複数の甲板で構成され小部屋、倉庫、空所が非常に多く存在する。区画によっては、目が届きにくく、私物等を無断で置ける場所とか、人目に付きにくい空所がいくらでもある。その点、潜水艦の構造は単純そのものであり、人目を忍んで「いじめ」に走れる構造とはなっていない。
(2)乗員の艦に対する意識
 曹士の潜水艦乗員は、潜水艦教育訓練隊で4ケ月の基礎教育を受け、その後、約4ケ月間、行動中の潜水艦で若手幹部を指導官として「KNOW YOUR BOAT」を合言葉に、乗艦実習で艦を学び、最後に艦長の査定を経て潜水艦乗員として認定される。乗艦実習中は、艦の構造を知ることを目的とし、自己の特技(専門術科)に関係なく、区画をまたがる油圧系、空気系、海水系、真水系等を艦の隅々まで実習仲間と助け合いながら調査し、艦の構造を勉強する。例えば、補給関係員が機関の構造を勉強したり、主機の運転を体験したり、潜航浮上訓練で発令所の操作を経験する。このような経験を持つことにより、自分以外の当直員は今どこで何をしているかを知り、乗組員同士の連帯感を得ることができる。
 乗艦実習中は、実習仲間と毎日毎日床をはいずり回り、天井の隅々までお互いに協力しながら配管を追い実習を行うため、自然と潜水艦特技員同士の仲間意識が強くなり、強い連帯感が自然と芽生えているように思う。
(3)立直要領と内容
 潜水艦の航海中の直編成は、各科ごと、術力(階級)が同等になるように全乗員を3組に分け、哨戒長(当直士官)を中心に3直を編成している。水上艦のように、機関科当直員と艦橋当直員の立直時間が違うようなことは無く、機関長も発令所で哨戒長として当直勤務に就くことになっている。哨戒長は自直員の教育に当り、各区画当直員の知識技能を熟知している。また、各直の申し継ぎは、次直員が納得するまでダブルで立直し、申し継ぐようにしている。哨戒長付(副直士官)は申し継ぎ終了後、艦内を巡回し、次直の哨戒長に艦内の状況を報告し終わってから当直勤務を離れる。また、停泊中の当直士官も少なくとも2時間おきぐらいに艦内を巡回するように教育されている。このように、潜水艦では、立直は哨戒長を中心に乗員を固定しているため科、分隊の結束と違う繋がりがあり、場合によっては直員の結束は科、分隊の結束をしのぐ場合がある。代休、レクレーションのように団体で行動するような場合、航海直の直単位で行動することが多い。
 要するに、潜水艦では構造が単純で乗員は科、分隊とは別の各科、各分隊入り混じった哨戒長を中心にした航海直員によるグループの結束が固い。しかも、停泊中は当直士官が定期的に艦内を循環し、航海中は、区画当直員が立直し、直明けには、哨戒長付きが艦内を巡回するため、乗員間の異常はすぐ発見し「いじめ」事件の起こる可能性は極めて低い。「ゆうぐれ」での甲板士官の職務には、相当苦労したが、潜水艦の甲板士官業務は、全ての若手幹部が甲板士官と同様の動きをしている。制度的には難しいことだと思うが、潜水艦のように科、分隊だけでなく「航海直」という集団が出来れば面白いと思う。(続く)