遠 航 随 想
平成4年度環太平洋・オセアニア方面遠洋練習航海
(全14回) ― 練習艦隊司令部首席幕僚随想録 ―

元首席幕僚  佐藤 常寛

カナダ国エスカイモルト入港時の礼砲交換
(カナダ軍太平洋海上部隊司令官R.C.Willer少将自ら礼装帯刀で出迎え)

[ 配信に際して筆者挨拶 ]
 あれから20年余の歳月が過ぎたのか、との感慨に浸る年初、「チャンネルNippon」山村事務局長との意見交換中、偶々拙書「遠航随想」の配信が話題になりました。
 二(ふた)昔も前の随想を「今更・・」との考えが脳裏を掠めたものの、海上自衛隊が旧海軍からの伝統を受け継ぎ、新任官(初任)の幹部に海上武人として必須の慣海性・国際性の基本を修得させる為、毎年実施している遠洋練習航海の一端、特に、練習艦隊司令部首席幕僚(司令官の全面補佐・女房役)の眼を通した遠航風景を、「チャンネルNippon」閲覧者に対して紹介する意義は大きいと判断しました。
 練習航海の実習内容そのものは、20年余の歳月に関係なく、毎年大きな変化はありませんので、平成4年度の環太平洋・オセアニア方面練習航海記録を通して、海上自衛隊の初任幹部海上実習教育を理解して貰えば幸いです。
 先ず、遠洋航海の概要を図に示します。
 さぁ、一諸に出港しましょう。「出港用意 !」
― bon vo‐yage(ボン・ボヤージ;航海の安全を祈る) ―

[  航 海 概 要 図  ]

第1回 鹿 島 立 ち

平成4年6月3日(水)
天気快晴、風もなく絶好の鹿島立ち日和。
魚住 政務次官、岡部 海幕長はじめ家族多数の見送りを受け、1052出港。
2番艦「しらゆき」を中抜きとする、一斉解纜(かいらん;解き放つ意)出港法は「もやい(注;ロープの海軍呼称)」の放ち方そろい整斉たり。

「中抜き」で内側から先に出港する「しらゆき 艦No123」が登舷礼のまま帽振れ実施

     ○ 「 日本晴れ 訓示も冴える 鹿島立ち 」
     ○ 「 お元気で 若武者追う 母の声 」

浦賀水道中央で、ヘリコプター搭乗の政務次官から再度の見送りを受ける
     ○ 「 機上から 次官振られる 白い布 」

観音崎沖に、防衛大学校訓練部長 塚原 海将補(前練習艦隊司令官)以下、防大生によるヨットの見送り。ヨット甲板上に連なる「燃えよ実習幹部」の朱文字鮮やか。
     ○ 「 後輩が 「燃えよ」と送る 観音崎 」

 発;防衛大学校校長
 「 遠洋練習航海の鹿島立ちを祝し、若き士官のたくましき成長と国際親善並びに航海の安全を祈ります 」
 発;練習艦隊(TS)司令官
 「 整斉とした盛大な見送り、ありがとうございます。海のロマンを存分に味わって参ります。学生諸君の健闘を祈ります 」

館山沖、護衛艦「くまの」反航。艦上には実習中の練習員が作業服のまま登舷礼(甲板上舷側に横一列に整列する万国共通の海軍礼式)。マストには、幸運を祈るか4連の「黄色い旗」。練習員の励ましの歓声が海面を渡る。
     ○ 「 歓声と 黄色い旗に 士気挙がる 」
 発;くまの艦長
 「 壮途を祝し、ご安航を祈る 」
 発;TS司令官
 「 ありがとう、元気に行ってきます 」

伊豆七島の東を、島々に沿って一路南下。
P-2J、H-SS2B、SH-60Jの見送り。SH-60Jは急旋回、急上昇の派手なデモンストレーション。その飛行運動性能を大いにアピール。司令部航空幕僚(ヘリパイロット)の鼻が少し高くなっている。

1455、航空集団司令官(AF司令官)の岡田 海将が自ら操縦桿を握り、P-3Cで練習艦隊を見送られる。
     ○ 「 超低空 海将(AF司令官)の熱血 胸を打つ 」
 発;AF司令官
 「 海上自衛隊の大きな期待の下、長躯鹿島立ちする幹部実習員の健闘を期待するとともに、日本晴れの大空から林司令官をはじめ乗組員諸官のご健闘と安全なる航海を祈ります 」
 発;TS司令官
 「 直々の見送りと激励ありがとうございます。この感激、感動を胸に、精一杯頑張って参ります 」

1505、P-3C(54号機)が自衛艦隊司令官(SF司令官)の伊藤 海将の壮行メッセージを携えて飛来、伝達する。
 発;SF司令官
 宛;練習艦隊
 「 渺茫たる大海に挑む幹部実習員の鹿島立ちを祝し、大いなる飛躍と大成を心から期待します。海を拝すれば海心我に生じ、海の喜びに浸るを信じ、ひたすら海の男の修養に励まれんことを願います。司令官はじめ乗組員一同の御健勝と安全なる航海を心から祈念します 」
     注;渺茫(びょうぼう)[広くて果てしないさま]
格調高い激励メッセージに、実習幹部も感激ひとしお。
     ○ 「 海神(かいしん)の 心を映す メッセージ 」

 発;61航空隊司令
 「 本航海において多大の成果を得られ、実習幹部が明日の海上自衛隊を担い得る若鷲に成長されんことを期待するとともに、長期にわたる航海の安全をお祈り致します。RIMPACに参加の予定です。ハワイでの再会を楽しみにしています 」
     注;RIMPAC[環太平洋日米共同訓練(海自から護衛艦・潜水艦・航空機を派遣しハワイ周辺海域において実施される)]
 発;練習艦隊司令官
 「 ありがとう、元気に行ってきます 」

1700、練習艦隊司令官は自らマイクを握り、全艦に対して、遠洋練習航海開始に際し訓示される。

遠洋練習航海開始に際し訓示

 遂に、絶大な声援と期待を受けて平成4年度の遠洋練習航海がスタートを切った。昨年末以来、着々と又懸命に諸準備に邁進してきた、各艦長以下乗員諸君の労を多とする。
 承知のように、遠洋練習航海は、実習幹部の海上訓練の総まとめとしての意義ばかりでなく、乗員全員の視野を広め国際感覚を磨くとともに、各訪問国との相互理解と友好親善を深めることも目的としている。従って、乗員一人ひとりが、「日本の代表である」との気概と自負を以って、ことに臨まなければならない。
 今年度の行動海域は、太平洋のほぼ全域を巡る、極めて変化に富んだものであり、訪問先の状況、天候等において、必ずしも安易なものばかりではないが、761名の全乗員の力を結集することにより、初期の目的を達成できると確信している。
 155日という長丁場だが、これからは一日一日と減じていく一方である。毎日毎日を大切にし、充実したものにしていって貰いたいと思う。そためのヒントを、3ッつ示しておくこととする。
 第一は、「健康であること」である。今回は充実した医師団が揃っているが、各自が自分の身体についての最善の医者であることも事実である。健康管理について、十分心掛けて貰いたい。
 第二は、「お互いに、思いやりの心を持つこと」である。疲労やストレスがたまってくると、とかく自分勝手になりがちであり、高ずるとブツカリアイとなる。これは艦内生活において最も不具合であり、何としても避けなければならない。この特効薬が「思いやりの心」である。これが必ずユトリを生じ、精神を安定させる。他人のために流す汗の快さをも知って貰いたいと願っている。
 第三は、「狙いを持った行動をすること」である。今回の遠洋航海では、航海中に休養日課も相当採り入れている。各人の自由裁量にまかされるこの時間こそ、重要であり、遠洋航海を楽しいものにするもしないも、これの活用如何にあるとも思っている。アイデアをこらし、コツコツと成果を積み上げていって貰いたい。
 遠洋練習航海の成果とは、全乗員個人個人の成果の集大成に他ならない。諸君の「毎日の過ごし方の中に、全てがある」とも言い得る。力を合わせて助け合い励まし合って、揃って元気に、この大作業をやり遂げよう。
諸君の、伸び伸びとした動きを期待して、訓示とする。

平成4年6月3日  

練習艦隊司令官   
海将補 林 博太郎



なお特に、実習幹部に対しては、
「 海上幕僚長の壮行の辞を十分咀嚼し、遠航の意義と諸君の決意を再確認せよ 」
と追加される。

司令官の声は朗朗として艦内に響き、艦隊の乗員は一人ひとりがその意を十分に理解したものと信ず。

伊豆七島の島々から離れ、針路を南に定めた午前零時過ぎ、沖縄から横須賀に向け北上中の第4護衛隊群と行き交う。
 発;第4護衛隊群司令
 「 壮途を祝し、ご安航をお祈りいたします 」
 発;TS司令官
 「 勇躍始動、ジャカルタに向かいます。油断なく淡々と巡ってきます。後を宜しく 」 

 鹿島立ちした遠航部隊(OF)の長い一日も、この第4護衛隊群の見送りをもって終了する。
 幸いなるかな、海上静穏、艦隊の意気軒昂。
     ○「 OFも 眠りにつけり 星明り 」 


[ 第1回 了 ]