遠 航 随 想
平成4年度環太平洋・オセアニア方面遠洋練習航海
(全14回) ― 練習艦隊司令部首席幕僚随想録 ―
第8回 パールハーバー ~ アンカレッジ

元首席幕僚  佐藤 常寛

8月24日(月)
天気快晴、海上凪。
 0707、仮泊地抜錨。艦隊の後ろからパールハーバー入港予定の第2護衛隊群(「くらま」以下護衛艦8隻)及び補給艦「はまな」の朦艟(もうどう;軍艦船)が沖合から単縦陣で接近する。環太平洋日米共同訓練(リム・パック共同訓練)が終了した部隊である。旭日(あさひ)に向かい静かな海面に白波を蹴立てて航進する9隻は、頼もしく堂々たる勇姿である。艦隊の3隻とリム・パック部隊の9隻は、夫々単縦陣のまま横距離500ヤードで反航、リム・パック部隊は一番艦から順次、練習艦隊司令官に対する敬礼と、再会を喜ぶ「帽振れ」を繰り返す。司令官は艦橋トップの露天甲板において、詰襟長袖純白の夏制服でこれに答礼する。
 0805、アメリカ合衆国国旗に対し、礼砲21発。日本国国旗に対し、答砲21発。引き続き、米海軍太平洋艦隊司令官 ケリー大将が不在の為、パールハーバー地区の米海軍所在先任指揮官である米海軍太平洋潜水艦隊司令官 マッキニィ少将に対し、礼砲13発。これに対し、練艦隊司令官に13発の答砲あり。 (注)礼砲数;国旗21発、大将旗17発、中将旗15発、少将旗13発


礼砲交換時に露天甲板上で敬礼する林司令官(真後は副官)。砲煙が甲板まで昇る

パールハーバーの港内で、記念艦「アリゾナ」に対し敬礼する。
0837、米海軍基地「B岸壁」に右舷横付け。「しまゆき」「しらゆき」はこの順で、「かとり」の外側に横付けする。
 米海軍パールハーバー基地司令官 レッツ少将、ハワイ日系人協会会長、ミス「さくらの女王」等の出迎えを受け、岸壁ではダンサー3名による歓迎のフラダンスあり。司令官の表敬訪問不在中に後続入港したリム・パック部隊の指揮官(2群司令 石山将補)を訪問し代理挨拶する。
 司令官主催艦上昼食会に先立ち、在ホノルル日本国総領事 法眼健作 閣下、米海軍太平洋艦隊副司令官 ロビンソン少将、米海軍太平洋潜水艦隊司令官マッキ二ィ少将に対し、夫々栄誉礼実施。艦上昼食会に各艦長と陪席する。
 会食終了後、ロビンソン少将の実習幹部に対する講話に同席する。
 本講話は当初、ケリー大将が現職の太平洋艦隊司令官として初めて実習幹部に実施される予定であったが、同大将が急遽ワシントンに出張し不在の為、副司令官が代行することになったものである。
 講話の概要は、任官の祝福に始まり、「ソ連の崩壊と世界的な共産主義離れの情勢の中で、ロシァは依然として太平洋に侮り難い海軍力を維持している事実、中国の魚釣島や尖閣諸島問題への対応、北朝鮮の核開発、カンボジア和平及びタイの内乱等、アジアを取り巻く諸問題の解決とその安定の為には日米関係が最も重要である。就中、米海軍と海上自衛隊との関係は、平和のための相互努力の重要な部分を占めており、両者の関係は太平洋を跨ぐ大事な架け橋の一つである」と強調。


米太平洋艦隊副司令官 ロビンソン少将の講話

最後に東郷元帥の言葉を引用して「もし平時だからといって、我々の闘争心が弛んでいれば、我々の軍事力が如何に強大そうに見えても、砂上の楼閣のように簡単に崩れてしまう。神は戦う以前から勝利が得られるように、平時から常日頃準備している者にのみ、勝利の冠を授けるのだ。そして一度の成功で満足するような、平和に心の弛んだ者達からは、勝利の冠を剥奪するであろう」と結び、実習幹部の更なる精進を促された。
 諄々と話しかけるような口調と姿勢、内容も立派で素晴らしい講話だった。
 1500、「裏千家」の塩月弥栄子(「裏千家」の長女)先生がハワイ在住の弟子を伴われ来艦。これは、司令官と旧知の先生が丁度ハワイ滞在中の機会に、艦上茶会を催して戴くとのご好意によるもの。
 日本出発前に東京の「裏千家」道場(「今日庵」)で一別以来の再会となる。


塩月弥栄子先生の話を拝聴する林司令官、歌田「しらゆき」艦長、小官

 1630~1730、「しらゆき」艦上で司令官、小官、各艦長及び実習幹部の代表50名が参加して茶会。遠洋航海中の無聊(ぶりょう)を慰めようとの、塩月先生の心配りがとても有り難い。
亭主はハワイ在住の高弟、三世の歯科医師が務められる。
「裏千家」のハワイ支部から持ち込まれた、組立式の床の間には、「千宗室」宗家直筆の「青々緑水」の掛け軸。
(注)「青々緑水」;遠洋航海に因み、大海原を表されたとのこと
 茶碗は塩月先生自作、または、「宗室」宗家命名の由緒あるものの由。
 小官には宗家愛好の高麗青磁の茶碗、銘「碧海(へきかい)」に茶を点てて頂く。紅白の幔幕を越えて渡る潮風が肌に心地好く、一服の後は心身が寛ぐ。
 海外で味わう日本文化の良さは格別である。

     ○ 「 潮風と 茶に寛ぐ 真珠湾 」      ○ 「 「碧海」の 名器に悟る 茶の深み 」

 1830から艦上レセプション。折から、ハワイ滞在中の魚住政務次官も急遽駆けつけられ、法眼総領事夫妻、塩月先生一行、マッキニィ少将、ロビンソン少将各夫妻、海自リム・パック参加部隊の各指揮官等約225名のゲストで賑わう。小官も在ノルウェー時代の友人、ムーレット米海軍中佐夫妻と再会。


太平洋潜水艦隊司令官マッキニィ少将夫妻。潜水艦乗り同士で打ち解ける


塩月先生とリム・パック訓練参加中の同期、柳田君夫妻(奥方をハワイ呼び寄せ中)

 レセプション終了後、「士官クラブ」で幹部候補生学校19期のクラス会を開催、「かとり」艦長の田代、「しらゆき」艦長の歌田の両君と出席。リム・パック訓練参加の第2護衛隊群と航空部隊の各級指揮官等、総勢7名が集合。ハワイでこれだけの同期人数が揃うのは、これが最後だろうとて心行くまで懇談を楽しむ。2330、揃って帰艦する。

8月25日(火)
天気晴れ。
 午前、司令官は記念艦「アリゾナ」、パンチボール国立墓地、マキキ日本海軍墓地への各献花のため不在。留守を預かり在艦。マキキ日本海軍墓地には明治時代、ハワイ寄港中に亡くなった旧帝国海軍軍人16名が埋葬されており、ハワイ在住日本人の方々が供養と墓守を続けられている。この善意に感謝を込めて、乗員の浄財を同グループに寄付する。


儀仗隊を帯同しパンチボール国立墓地に献花する林司令官と各艦長

 午後、出港後の訓練調整。
 1800から日本総領事主催のレセプションに司令官、各艦長と共に出席。
席上、塩月先生と再会。
 終了後、「かとり」艦長の田代君が小官の誕生祝い(実際は28日)をやってくれるとのことで、日本寿司屋を訪ね2人で祝杯を挙げる。途中から、旧知のハワイ在住小笠原(映画会社社長)夫妻が合流、宴が盛り上がる。
2345、帰艦。

     ○ 「 友情の 杯で祝う 誕生日 」

8月26日(水)
天気快晴。
 午前、司令官不在のため在艦。身辺整理、妻子等に便りを書く。
 午後、「しらゆき」艦長の歌田君、同補給長の浅利君と真珠湾に面した士官クラブ「マリーナ・レストラン」で昼食を共にする。ヨットハーバーから渡ってくる潮風が心地好い。食後、強風で有名な「ヌワヌパリ」観光、1500帰艦。
 1830から「しらゆき」「しまゆき」の両艦長と和食レストランで夕食を共にする。明日の出港に備え、2100帰艦。

8月27日(木)
晴れ、海上平穏。
 1021、米海軍パールハーバー基地司令官レッツ少将の見送りを受けて、パールハーバー出港。当艦隊に引き続き出港する第2護衛隊群の各艦からも盛大な見送りを受ける。午後、米海軍の潜水艦と親善訓練。日・米間の訓練は日常のことであり、済々と終了する。針路を北北東とし、北上を開始する。
 夕食時、ハワイ在住の小笠原夫妻から差し入れ小官宛のバースディ・ケーキが出される。同夫妻から小官には内緒で出すようにと幕僚が預かった由。夫人手作りのケーキである。ケーキが悪くならない内に一日早く出すようにとの注文付きとの事。心から感謝して皆で頂戴する。
 ケーキには「 Happy Birthday Cap. Sato 」の文字あり。

     ○ 「 異国での 祝いのケーキ 胸に沁む 」

8月28日(金)
晴れのち曇り、波静か。
「曳航・被曳航」訓練実施。 本日、48回目の誕生日なり。

     ○ 「 洋上で 静かに迎える バースディ 」

8月30日(日)
天気晴朗、海上凪。
 風船を利用した対空射撃訓練実施。
 北緯35度まで北上。気温、海水温度ともに24度C。

8月31日(月)
晴れのち曇り、海上平穏。
 曳航標的を利用した水上射撃訓練実施。
 北緯40度を越える。気温20度C、海水温度21度C。
 空は秋色深まり、雲は高く筋を引く。

     ○ 「 澄み空に 白く流れる 雲ひとつ 」

9月1日(火)
晴れのち曇り、波穏やか。
 休養日課。「かとり」艦上で「黒ン坊大会」開催。日頃、艦上で日焼けに努めた16名が、その肌黒さを競う。士官室代表の水雷士兼甲板士官が、その地黒に加え仕事柄か(?)甲板作業でよく焼いた黒さで見事優勝。
 北緯45度を超え、気温16度C、海水温度15度Cとなり、艦橋に防寒ジャンバー姿が増えてくる。

9月2日(水)
曇り一時雨のち晴れ、海上僅かに白波立つ。
 夜間に北太平洋の前線の下を通過。北太平洋の低気圧は北極を中心に反時計回りに移動するが、この時期の動きは極めて遅く、南極中心の低気圧とはスピードに雲泥の差がある。午後から天気回復する。心配していた視界は、前線の下でも3Km以上あり、この分で行けばアンカレッジ入港まで霧に悩まされなくて済みそうである。
 北緯49度を超え、気温12度C、海水温度13度Cとなり艦内の真水が手に冷たく感じるようになる。

     ○ 「 ハワイから 北へ六日め 冬来たり 」

9月4日(金)
曇り時々小雨、海上静穏。
 昨夕入電した米軍からの気象警報によれば、アラスカ半島の西にある低気圧が発達しながら東進し、本朝には当艦隊の航行海域付近を通過するため荒天が予想されるとの事。従って、艦隊の北上を早めたほうが良いとのリコメンドが付言されている。リコメンドに基づき、0600にはコディアク諸島のマルモト島の東方海上まで北上する。幸い、アラスカ湾に居座る北太平洋高気圧の勢力が予想よりも強く、当該低気圧の東進が遅れた模様で海上は穏やか。曇天ながら視界も良く、マルモト島の東方海上で予定通り、第2回目の「エンスン・ディ」訓練を実施する。
 北緯58度の海は、曇り空の下で灰緑色に変わり、寒冷地帯の様相を深める。
 気温9度C、海水温度10度C。陸地が近く海鳥の姿が増えるとともに予想外に流木が多いため見張りを厳とする。司令官は視察のため、0700、「しらゆき」へ「ハイライン」により移乗、1700「ハイライン」により帰艦。

     ○ 「 流木に 休む旅鳥 北の海 」

9月5日(土)
曇り一時小雨、波静か。
 夜半に寒冷前線が通過するものの大きな天候の崩れも、心配した視程障害もなく、0755、「カチェマク湾」内の「ホーマー」沖に投錨する。
 水深52m、低質泥、錨鎖長11節(275m)。湾の周囲の山々の頂には万年雪があり、奥地の峰々には氷河も散見される。どんよりと低く垂れ込めた雨雲の下では、山も海も暗く、冬の到来が近い北辺の風景を呈している。


周囲の景色は冬、峰の間に氷河を望む

 英海軍のクック艦長(キャプテン・クック)は、1778年に当海域を探検航海し、北米大陸には太平洋から大西洋に抜ける海峡が無いことを立証しているが、今回の遠洋航海では、彼の足跡を辿るかたちでニュージーランドからアラスカまで、実際に太平洋を約6000マイル縦断してみると、各地に残る彼の名とともに、「船乗り」としての彼の偉大さにしみじみ頭が下がる。
 ずば抜けた天体観測能力と自然観察を重視した「キャプテン・クック」が、1779年、ハワイ原住民により殺害された「不慮の死」は、人類にとって大きな損失であったと、改めて痛感する。

     ○ 「 偉大なる 船乗り「クック」の 跡辿る 」

[ 第8回 了 ]