遠 航 随 想
平成4年度環太平洋・オセアニア方面遠洋練習航海
(全14回) ― 練習艦隊司令部首席幕僚随想録 ―
第13回 パールハーバー ~ 横須賀

元首席幕僚  佐藤 常寛

10月21日(水)
快晴。
 0947、パールハーバーの米軍基地「B-24」岸壁に「右舷横付け」、「しまゆき」がその横に「目刺し」となる。「しらゆき」は「B-26」に「右舷横付け」。
 1100、米海軍西部海洋センター所長を司令官に代わり表敬し、これまでの気象情報支援のお礼と横須賀までの更なる支援をお願いする。彼らの情報のお蔭でハリケーンを2回、上手く回避できた事を伝えたところ、大いに満足してくれるとともに、横須賀までの気象情報支援を確約してくれる。
 1300から幕僚2名と米海軍P・X(売店)に出掛け、明日のゴルフ用にシャツを購入する。
 1700からワイキキの「サウス・シー・ビレッジ」レストランで司令部勤務者の親睦会を開催、司令官以下制服で出席する。医務関係者、音楽隊員、警務官等の遠航臨時勤務者を含め総勢57名が一堂に会しての親睦会である。横須賀までの最後の航海を残し、全員の慰労と団結を祈念して開催したが、明るい話題が多く、皆夫々に「良い思い出」を得ている事実を確認し、安堵する。
 終了後、旧知の旅行会社社長 田村 正昭 氏と合流、旧交を温める。

10月22日(木)
晴れ一時驟雨。
 0930艦発でゴルフに出掛ける。メンバーは医務長の志水3佐、外科長の松田1尉、内科長の林1尉の3名である。コースは「カネオヘ」所在の米海兵隊基地内にある。本遠航中で初めてのゴルフであるが、臨時勤務の医官3名と話をする良い機会となる。
 海岸に沿ったホールはエメラルドに映える海の眺めが素晴らしく、医官3名との話も弾んで楽しく、有意義な一時となる。1630、帰艦。
 1900から司令官を囲んで指揮官親睦会をワイキキの日本料理店「京や」で開催する。本来ならば帰国後に計画したいのだが、随伴艦2隻(「しらゆき」;大湊。「しまゆき」;佐世保)を入港行事終了後、直ちに母港へ帰すため、横須賀では時間が設定出来ずハワイでの開催とする。
 これまでの慰労と最後の一航海への決意を新たに懇談する。

10月23日(金)
晴れ、海上平穏。
 1033、パールハーバー出港。
 田村 正昭 夫妻の見送りを受ける。田村夫人から贈られた「レイ」を慣習に従って、ハワイへの再来を祈念し、港外の海に投げる。
 エメラルドに照り輝く海面に、「プルメリア」の白と、「カーネーション」の赤とが織りなす「花の環(わ)」が、ポツンと浮かぶ。
 投げる瞬間、「プルメリア」の甘い香りが、艦橋に仄かに漂い、やがて、名残り惜しそうにオワフ島に向かって流れ去る。「アローハ !」
 本遠洋航海最後の寄港地でも、幸い、上陸中の事故は発生しなかった。
 乗員一人ひとりの節制と服務に対する心構えの厳しさに敬意を表するとともに感謝する。

10月25日(日)
快晴、海穏やか。
 実習幹部の論文発表会。
 考える実習、即ち、幹部として常に自己研鑚する姿勢と能力を習得させる観点で、本遠洋航海から取り入れた「自由課題」の論文提出と優秀作の発表会である。実習単位の6組から選ばれた各組3名の代表、総勢18名の発表であったが、終始熱心に考察した跡が伺え、予期した以上の成果を得たと思料する。
 前山 一歩 3尉の「海上自衛隊のダイナミックな組織戦略を考える」が最優秀に選ばれる。
 現在、米海軍も「人員削減の省力化」と「組織の能力アップ」との、二律背反的な目標に正面から取り組んでいるが、この背景には我が国の大手企業が取り入れた「TQM(総合品質管理)」の思想があり、2年前に来日した米海軍作戦部長 ケルソー大将が最も注目した点でもあった。
 興味深い「テーマ」を上手く纏めており、これを最優秀作とする。

10月26日(月)
快晴、海上平穏。
 日没時にミッドウェー海戦の洋上慰霊祭を挙行。
 天は青く澄み渡り、静かに沈みゆく太陽が、次第に空を紅に染める頃、慰霊祭を開始する。ミッドウェー海戦から50回忌を迎える慰霊祭である。
 海上は僅かに「うねり」があるものの、波静か。
 司令官の弔辞に合わせて、ソロで吹くトランペットが奏でる「群青」の旋律が、高く叫び、低く忍び泣く。
 妙なる調べが、海に散華された将兵の御霊を鎮め、静寂な波間に響く。
 この慰霊祭に備え、日々練習に励んだ、音楽隊の若き奏者の真心が、「紺碧の海」を優しく包んでいる。
 過去の慰霊祭には無かった、このトランペットの独奏は、司令官と計ったアイデアである。「ミッドウェー海戦」を扱ったテレビドラマの主題歌「群青」は、現代の若者がよく知るところであり、馴染み深いメロディを背景に聴く弔辞は、艦隊の全乗員に、過去の戦史を身近に想い起こさせたことだろう。

 水平線に去り行く太陽が、静かな感動と共に潤んで見えたのは、一人小官だけではなかったようである。

 日没直後の薄闇の中に、弔銃が3斉射されて、「式」を終了する。

     ○ 「 鎮め吹く 「群青」渡る 海戦(いくさ)あと 」


薄暮の中で執り行われた「ミッドウェー海戦」慰霊祭


鎮魂の弔銃斉射

10月27日(火)
快晴、波静か。
 日付変更、本日2400を29日零時とする。従って、28日が記録の「暦」から消えたことになる。
 経度は、いよいよ東経となる。

10月29日(木)
曇りのち雨、うねりやや高し。
 実習幹部は海技試験(運用航海)を受験。
 艦隊の南南西約800マイルに発生した台風27号の余波で、「うねり」がやや高いが試験には支障なし。
 「27号」は北西に10ノットのゆっくりした速度で接近するため、昨夜から艦隊の進出速力を17ノットに増速して、この回避に努める。
 米海軍からも早めに東経160度以西に向かわれたいとのリコメンド電入る。
 ハワイで表敬した際の彼らの親しみを込めた笑顔が浮かぶ、有り難い。
 このままで進めば、約350マイル以上の距離で、回避できると予測する。

10月30日(金)
曇りのち晴れ、波浪次第におさまる。
 台風「27号」は針路をやや北寄りに変え、速力を落としたため、0700頃、距離約500マイルで回避に成功する。ハリケーンの2回を含め、これで3回目の荒天回避となる。
「運(つき)」もあるが、天に感謝する。
 実習幹部は海技試験(機関)を受験。
 本日で、彼らも試験が全て終了、帰国あるのみ。

10月31日(土)
晴れ、海上平穏。
 1200から自衛隊記念日の殉職者慰霊に合わせて、1分間の黙祷実施。
 日没前に補給艦「ときわ」と会合、明日の給油に備え、夜間は並走する。

11月1日(日)
快晴、波静か。
 洋上給油には絶好の海上模様である。
 艦隊の3隻は腹一杯まで給油し帰国準備を完了する。
 給油後、「ときわ」は海上自衛隊演習参加のため高速で横須賀に向け帰投する。
 艦隊は予定通り4日に横須賀港外で仮泊すべく、巡航速力で航行する。

11月2日(月)
曇り一時雨、風浪やや強し。
 本州北部に張り出すシベリアからの寒気団の影響で、北西からの風が強まる。


日本の晩秋を想い出させる北西からの寒風波浪が「しらゆき」艦首を叩く

 1150頃、海自のP-3Cが自衛艦隊司令官のメッセージを携えて飛来す る。長途の航海への慰労と多大の成果に対する賞賛の内容である。  艦隊は最後の航海への気分の引き締めを図り、日本沿岸で増えて来る「行き合い船」への備えを厳とする。  「百里の道も九十九里をもって半ばとす」の格言を改めて噛みしめる。

11月3日(火)
曇りのち晴れ、海上模様は次第に穏やかとなる。
 艦内は明日の仮泊を前に、ウキウキした雰囲気である。
 甲板は至る所、総塗装される。

11月4日(水)
晴れ、波静か。
 浦賀水道で霊峰「富士」を仰ぐ。
 0742、横須賀の検疫錨地に投錨。
 本年度の遠洋航海も、事実上はこの仮泊をもって終了する。
 759名で出発した部隊も、途中ジャカルタで急性肝炎の海士1名を、また、ウエリントンで新生児の急死のため海士1名を夫々帰国させたが、残る全員が元気で無事に帰投できた。急性肝炎だった海士も、現在は健康を回復したとの連絡を受け、司令官以下安堵する。
 本遠洋航海では8ヶ国、12寄港地を歴訪したが、太平洋を縦横に航行したため、夏と冬とを夫々4回迎える得難い経験をすることができた。
 特に、ニュージーランドからアラスカに至る太平洋の縦断コースは、海上自衛隊にとって初めての試みであり、緯度にして約103度、約6,200マイルに及ぶ太平洋縦走の航海は、実習幹部だけでなく個艦の乗組員にとっても貴重な経験になったものと思料する。
 激しく変化する気温に体調を崩す乗員も多かったが、無事に乗り切った後の充実感は格別で、一人ひとりが「寒・暑」を合計8回耐えて帰国した「喜び」に加え、自ら工夫して凌いだ「健康維持」が、新たなる「自信」となって、「シーマンシップ」の幅を更に、「大きく深く」したものと確信する。
 穏やかで優しい海、激しく猛り狂う海、南のエメラルドに輝く海、北の曇天に覆われたダーク・グレーの海、155日の航海を通して知った様々な顔をした海は、時に「叱咜激励する父」であり、また時に「優しくかき抱く母」であった。常時揺れている艦の上で培った「海の男」としての「シーマンシップ」は、今後、実習幹部にとって大切な「宝」となり「財産」となるであろう。
 小官個人にとっては、4回目の遠洋航海であったが、司令官を補佐して部隊運用する機会に恵まれたことは、過去の航海とは違った「緊張」と「やりがい」を常に感じる155日間であった。全期間を通して健康を害することもなく、また、各寄港地で多くの友人や知人を得て、誠に有意義な航海となった。


仮泊後、実習幹部に遠洋航海終了に際して訓示する 林 司令官

※ 訓示の中で「同期の絆」に触れた際に「良い見本」が身近にあるとして、田代「かとり」歌田「しらゆき」両艦長と首席幕僚の小官の同期3人が夫々連係を蜜にし、司令官を支えた事実を例示された。同期3人が互いに「切磋琢磨」しながら協力し合ったのは紛れもない事実だが、訓示に例示引用されると、当然の努めを果たしただけの身には、「やや赤面」の至り。
 同期3人を主要配置に補任した海幕人事課の粋な計らいが、本遠洋航海を無事故で完遂させた「影の功績」であると感謝する。

 本遠航随想を終了するに当たって、長期航海の激務を陰から支えてくれた、激励の心温まる「故郷からの便り」に、改めてお礼を申し上げたい。
 各寄港地宛て「便り」をお寄せ頂いた関係者とわが家族・妻子に心からの「有難う」を記して本随想を締め括る事にする。

[ 第13回 了 ]