「ある会社顧問(防衛省元将官)の独り言」
 第9回 教育(お金)について(5)

堀口 紀博

 「お金の欲しい人は手を上げて」50名以上の看護師の教育での私の質問です。
 全員元気よく手を上げました。なるほど、みんなお金が欲しいんだな。
 前列の学生に、「君はお金が欲しいのか??」「はい」「いくら欲しいんだ」途端に、口ごもってしまいました。「君は欲しいといっただろう」「はい」「だったらいくらほしいの?」「・・・」返答なし。
 では、次の君は?何人かに聞きましたが、欲しいけど、いくら欲しいと言われると、返事がありません。
 「諸官は!お金は欲しいが、いくら欲しいと、金額が言えない!実は必要ではないと言う事だね、欲しいものがあるわけでもなく、やりたい事が有るわけでもない、有ったらどうしようと迷ってしまう迷惑な物、なんでしょう?」
 宝くじに当たった人で幸せになれる人は少ないと言います。当たってから考えれば、無駄な事にしか使えず、不幸になるものなのです。(私は、夏のジャンボは買いました、いつもジャンボは買います。少し美しいことを言ってごめん)
 預金通帳を見ながら、ニタニタ笑っているのは、そういう部下もいましたが、守銭奴です。このようなお金は、俗に言う、たまればたまるほど汚くなるゴミと同じ事です。お金は目的では無く、手段でしかないものです。
 人生で、何かやりたい事がある、死ぬほど考えて、計画して、成し遂げたい事がある、そのために金がいる。いくら必要か分らない段階で欲しいのは、夜空に輝くお星様をほしがるようなものでしょう。お金は「必要なだけあればよい」
 必要な額とは、普通の生活で1000万円を越える金額は不動産購入時です。100万円を越えるのは車か?10万円以上は?月に何度も10万円を越える金額を使用することはないでしょう。物は今、皆さん、十分持っています。
 とすれば、生きていく中では、お金はそんなに必要ではないと言えます。お金のために生きるのではなく、お金を使って何事かを成す事が人間には必要なのではないでしょうか?お金ではなく、仕事が私たちには重要な事です。
 今、一生懸命働く事が、生きがいになる事が、大切です
 イチローや松井は金額でしかその価値が表されないので、他の選手との比較で、自分一人では、一生かかっても使い切れない金額で契約しているのでしょう。われら庶民とは違う次元だと思います。
 以上がお金の教育の一端ですが、教育中一人の看護師がおもむろに手を上げました。「私は欲しい金額を言えます、それは、月に30万円です」。これには、私は切り返すことが出来ませんでした。しかし、その後の昼食会で、ある部長にこの話をしたところ、「3日分なら私は払えますよ」「バカモンー、お手当ての話ではないぞ」。暑い夏のお粗末な独り言でした。

(了)