「ある会社顧問(防衛省元将官)の独り言」
 第35回 昭和の風景・平成の風景

堀口 紀博

電車内の風景
 通勤電車の中で新聞雑誌を読んでいる人はとても少なくなっています。多くの人はスマホの画面を見ています。駅売りの新聞雑誌の売り上げは大幅に低下しています。
 昭和の電車ではどんな満員電車でもほんの少しの空間を見つけて一心不乱に読んでいたものです。
 現在、勉強の時間は少ないのに、小中高生の半分以上が日に2時間以上スマホを使用しています。子供達には「スマホを捨てて街に出よう」人と人との触れ合いが無ければ、世の中では使い物にならない人になるよと言いたいですね。
外来診療の風景
 医師は患者の顔色を見て、症状を聞き、触診し、血圧を測り、五感を総動員して診察をしていたものです。平成の世になり、PCが使えない医師は仕事が出来なくなっています。診察を受けてみると、PC画面を見ながら、症状を全て電子カルテに打ち込み、患者の顔を見ている暇はありません。
 「患者は私でPC画面では無い」と言いたくなります。各種のデータを見なければ診断もできません。顔を見てくれないと患者はとても不安な状態になります。
 先輩の医官がある時、患者を見ずに、PC画面ばかり見て、最後に患者に「それで」と振り返ったら、患者は椅子からずり落ちそうにショックを受けたそうです。
 目を観察することにより、肝臓の状態や妊娠初期の状態が各種データより早く分かるとか、平成の医師は画面と相談しつつ診断をしているわけで、本当にそれで良いのか疑問です。
看護の風景
 平成の世、看護婦から看護師に名称変更になりましたが、彼らが行う業務内容はPC画面の中での「看護計画の作成」が主体となり、患者に直接接することがとても少なくなっています。「介助と診療の補助」という主業務から大きく隔たりのある業務内容になっているようです。患者のかゆいところに手が届く看護はいったい誰がやるのでしょうか?
職場の風景
 最高司令部である陸上幕僚監部勤務のころはPCなど目の前にはなく、業務上の問題があると、知らぬ間に多くの人が集まり各自の担当に関らず「それはどうだ」「過去の事例はどうだ」とまさに衆知が集まり議論していました。常にどこかで、大声で仕事の話が交わされていたものです。
 また、「仕事は足でやれ」「電話で調整が済むと思うな」と厳しい指導を受けたものです。各部課の担当者の所に行き「フェイス・ツウ・フェイス」でお願い事や、調整事項の検討などを行っていました。そこでは鬼の先輩ばかりです。帰りはボロボロになりながら、「これも仕事」「あれも仕事」とがんばったものです。
 今これをやれば、若い人はメンタル面でほとんどが壊れるかも知れません。
 平成の世は、鉄壁の守りのごとく眼前にPCを置いています。画面を見ることが仕事です。連絡調整はたとえ隣にいる人にでもメールで済ませてしまいます。
 多くの情報はインホメーション(お知らせ)として、各責任部門で「吟味」されることもなく、そのまま転送されてしまい、情報のゴミ箱状態になってしまい、必要なものまで埋没しています。
 どんな仕事でも、現場と乖離したものは役に立ちません。
 平成の世の静まり返った職場は、これからどんな風に職場の人間関係を変えていくことでしょう。
 大胆な意見を紹介します。「PC画面が中心の仕事は、本当の仕事ができない、仮想空間の仕事人間ばかりになって行く危険性があるので、職場では卓上の個人PCを取り払い、各部に1台とする。それでは仕事にならないという人は、実は本当の仕事ができない人である。」

(続く)