「ある会社顧問(防衛省元将官)の独り言」
 第39回 評価と評価基準

堀口 紀博

 新入社員教育において、講義の最初に課題の評価をしました。評価基準は、「見やすい、きれいな字で書いてある作品」を「良」としました。彼らはこの評価基準に驚いたようです。これまでは「内容を点数」で評価されていたからでしょう。
 学生時代の評価判定はペーパー試験です。試験はある一瞬の知識を試すものです。「評価基準の尺度」が定量化でき、点数で表すことが出来るものばかりです。
 社会に出れば日常生活、勤務状況等、24時間、365 日、周囲の全ての人から評価を受けています。評価基準も、「見た目が一番から、中身の吟味まで」千差万別です。定量化でき点数化できるものもありますが、全ての事柄を点数化することは出来ません。「目の前にいる人は自分とは違う」とよく話していますが、これは自分の評価基準と他人の評価基準が異なっていることに起因すると言えます。
 評価は基準を元に測定します。「基準」も「測定」も共に人間が行う極めて主観的な行為で、偏りがあります。
 主観的な行為では、同じことをしても許される人と許されない人がありえます。許されない人にとり、これはとんでもなく理不尽なことです。この理不尽さは、「大目に見る」とされるか「目に余る」と感じるかで判断されます。主観的な行為であるがゆえに、評価基準を平均化、絶対化することは出来ません。
 自衛隊では上司の評価、部下の評価、同僚の評価、同期生の評価等を全て勘案して勤務評価をします。これを称して「360 度評価」と言います。360 度評価をすると、学業成績が優秀といわれる人が全て昇進していくわけではありません。「好き嫌い人事」により?「あんな人が」といわれる人も昇進していきます。各種学校で点数が良い人には、理不尽なことかもしれません。
 しかし、これはきわめて重要なことです。評価を絶対化すると、逆の立場で言えば、昇進しない人は優秀でなく、だめな人と烙印を押されることになるからです。社会は全ての構成員がそれぞれの能力を発揮することで成り立っています。仕事は駄目でも、皆が安心できる人がいます。社会に不必要な駄目な人はいないはずです。
 現職時代、ある上司は自分の部下の希望は無理をしてでもかなえてあげることが正義である。「人事は公正であるが、不公平でもある」と言いました。部下の希望をかなえることにより、上司もまた評価を受けるからかも知れません。
 結婚をしない人が増えているのは、男女の評価基準が共に現実に合わなくなっているからでしょうか?現実は厳しいもので背が高く、給料が高く、学歴が高い「いわゆる三高の人」は男女共にそんなにいないか、すでにそのような人は既婚者であるからです。
 自分が絶対正しいという評価基準を持つことは「一神教の世界・一党独裁政権」です。日本の隣国で全て日本が悪いと言い募っている国々は他者の評価基準を認めない困った隣人たちです。絶対過ちが無い党が指導している国々では言論の自由はありません。評価基準がひとつしかないからです。
 ドラッガーは「社会的事象の中で真に重要なことは定量化になじまない」と言います。社会生活、会社生活で定量化されないけれども、極めて重要なものは何でしょう。教育勅語には「父母に孝、兄弟に友、夫婦相和、朋友相信、恭倹己を持し、博愛衆に及ぼし、学を修め、業を習い、以って知能を啓発し、徳器を成就、公益を広め・・」と示しています。
 新人教育の最後に、職場に入るその時の第一印象が大切と教えました。容姿に自信が無いので、第一印象に自信が無いと書いた新人に、「優しさ」「明るさ」「真面目」「一生懸命」「美しいものを愛でる」等の徳目のほうが容姿を気にするより、もっと大切であることを「独り言」から教えたいと思います。

(続く)