「ある会社顧問(防衛省元将官)の独り言」
 第40回 憲法から読み解く集団的自衛権

堀口 紀博

 日本国民は恒久の平和を念願し・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意したこれは日本国憲法前文の一部です。
 近隣諸国の状況を見ますと、ロシアは昭和20 年大東亜戦争敗戦以降北方4 島を不法占領、韓国は昭和29 年6 月以降竹島を不法占拠、台湾中国は昭和46 年以降尖閣列島の領有権を主張し海空からの侵犯を繰り返し、更に中国は昭和49 年以降南シナ海への侵攻を開始し、現在進行形であります。
 北朝鮮は平成14 年国家による日本人拉致を認め、平成5 年以降数度に渡りミサイル発射実験、平成18 年以降3 回の核実験を行っています。
 これらの事実を見ると、近隣諸国は「平和を愛する諸国民」ではなく、「諸国民の公正と信義に信頼する」ことは、能天気な日本人でも出来ないことが分かります。
 新憲法の成り立ちは、昭和20年8月敗戦、同21 年2 月日本人による憲法草案(松本試案)をマッカーサーは否定、新たに作成を命じ、三ヶ月後には、帝国議会で審議、昭和21 年11 月3 日発布されました。現在まで67年間変更されず、世界最古の憲法と言われています。
 「大日本帝国憲法」は明治天皇が明治9年策定を命じ、13 年の年月をかけて完成、明治22 年2 月11 日発布されました。大東亜戦争の敗戦により57 年後廃止されましたが、「不磨の大典」といわれ一度も改正されていません。
 一度決めた憲法は状況が変化しようが、中々変更しない国民性があるようです。しかし、世界各国では憲法は時代に応じ、現実に即して改定(ドイツは58 回改定)されています。
 時代の変化に関わらず、憲法の文言に拘るのは、「宗教」の範疇に入ります。大日本帝国憲法を改正できなかったことが、大正昭和にかけての戦争を生起しました。現憲法が改正出来ない状況は「憲法が日本教・平和教の聖典」になっていると言えます。「憲法9条があるから日本は平和」と言うのは「神様がアダムとイブを作った」のが人類の発祥であると信じることと同じようなものです。
 過って、「外国の米は一粒たりとも輸入せず」と政治家が叫んでいましたが、外米が入った後は、国民もマスコミも何も言わなくなりました。
 のど元過ぎると熱さを忘れると言いますが、集団的自衛権が認められると、 戦争がすぐにも始まるような朝日新聞の偏向報道もしばらくすると静かになるのでしょう。
 マスコミが言うほどに日本人は分からず屋では無いと信じます。一番大切なことは今世界で起こっている「事実」です。中東では紛争、戦争状態になっています。自衛隊も派遣されたイラクでは再び戦争状態です。

 歴史は、世界の平和は超大国の軍事力により樹立されたことを証明しています。日本の歴史では、「天下布武」の旗の下、織田信長は武力で天下を統一し、戦国時代を終わらせ、平和な世の中を作りました。更に幸いなことに比叡山延暦寺の焼き討ちにより宗教勢力の武力を根こそぎ否定し、事後日本では宗教団体は「軍事力」を保持しなくなりました。(唯一の例外はオウム真理教)
 残念なことに、平和は軍事力でしか生まれないし、軍事力でのみ持続できるのです。歴史はこの繰り返しであります。これが厳然たる「事実」です。
 戦争が始まるのは、ある日突然起こるわけではありません。集団的自衛権の意味は、友好国が互いに同盟関係を結び、各種紛争、戦争の種を大きく育てないところにあります。戦争抑止力の向上施策でもあります。
 日本単独で国家・国民を守れることは最善ですが、アメリカの力を頼まなければ出来ないこともまた事実です。頼むことがあれば頼まれることもあるのは常識でしょう。改正できない憲法が大切で国が滅びないように、解釈を今後も繰り返してもらいたいものです。

(続く)