海上自衛隊は戦前の帝国海軍時代からの制度を受け継ぎ、新しく士官に任官した初級幹部の教育訓練のため毎年練習艦隊を海外に派遣(指揮官:練習艦隊司令官)し、併せて訪問国との親善交流を図ってきている。この約5ヶ月にも及ぶ遠洋練習航海(以下「遠航」)は昨平成28年で60回を数えたが、長い遠航の歴史は多彩な秘話、エピソードの宝庫でもある。
 このコーナーでは、退官後十数年を経ておおむね認知症初期世代にさしかかり、記憶も曖昧になりつつある歴代練習艦隊司令官の面々にご登場いただき、今だからオープン出来る苦心談、感想等をざっくばらんに綴って貰うこととした。題して、~元練習艦隊司令官が呟く「遠航こぼれ話」~。
 遠航については各種の公・準公的記録があるが、執筆に当たっては、特にこれらに記述されていないエピソード(秘話)を中心に、船乗りの気風、醍醐味を一般の人にも分かりやすいかたちで記述していただくようお願いした。




元練習艦隊司令官が呟く「遠航こぼれ話」(第2話)
 平成6年度遠洋練習航海よもやま話

平成6(1994)年度 山崎 真
はじめに

 平成6年度の遠洋練習航海(以下遠航と略する。)は、25年ぶりに護衛艦4隻で実施することになった。これは練習艦「かとり」の艦齢が高くなり遠航の旗艦としての役目から引退することになったが、新練習艦「かしま」の就役が平成7年1月になるため、「ながつき」「もちづき」「たかつき」「しらゆき」の4隻編成で実施することとなったものである。護衛艦4隻ということでもたらされる艦隊としての偉容、海外での友好親善の効果、実習効果等を考えると胸が弾む反面、狭い護衛艦ゆえに外国における接遇の問題、実習員講堂の欠如、実習幹部の居住環境の低下等種々の解決すべき問題があった。
 しかし幸い各艦長をはじめ幹部乗員総員による努力と各方面の関係者の暖かいご支援により、これらの問題を克服することができた。

  訓練中の遠航参加護衛艦

1全般

 平成6年度の遠航は6月27日から11月15日までの142日間(航海日数95日、停泊日数47日)、総航程28,831マイル(地球1.3周に相当)に及ぶ航海であった。訪問した国はアメリカ合衆国、カナダ、メキシコ合衆国、パナマ共和国の4カ国であった。計画ではドミニカ共和国を含む5カ国であったが、ハイチ情勢の緊迫に伴いドミニカへの寄港は取り止め、4カ国への訪問となったものである。しかし訪問した港は延べ11にもおよび、これに実習幹部153名を含む924名が参加した。今回の航海の特徴としては、次の5点をあげることができる。

  平成6年度遠航航路図

(1) 25年ぶりの護衛艦のみによる遠航
(2) ヘリコプター搭載艦が1隻のみ
(3) 北米·中米方面への遠航であり寄港地の半分以上は米国
(4) カリブ海諸国の問題に直面
(5) 男性のみによる最後の遠航

 これらの特徴を踏まえたうえで私は「創意工夫」「和」「国際感覚の育成」に重点を置き遠航に望んだ。すなわち練習艦が参加しないことから、従来にくらべ色々な不自由や制約が出てくる。これらの問題を解決し更に効果をあげるためには、各人が夫々の立場からアイデアを出し合い、創意工夫をはかり全員参加の姿勢で臨むのが最も望ましいと考えた。そこで「ながつき」「もちづき」の公室、士官室を昼食会に使えるように改修すると共に、実習幹部の講堂としてダッシュ格納庫を改造したり、艦内に訓練指導班を編成したり、多くの意見やアイデアを可能な限り実現し最良の方法を求める努力を行った。
 また本年度は、ヘリコプターが1機のみの運用となったため訓練、人員輸送等が制約され、整備能力も自ずから不十分であった。そこで関係各部の理解を得て「しらゆき」の整備員の増員を図ると共に予備品を多く搭載した。
 また幸い米国の寄港地が多かったため、実習幹部に米国を正しく理解させ人的交流を深めることをねらい、全員に対し1泊を含むホームステイを計画した。
 当然訪問国との友好親善には最も力を入れ、種々の行事に積極的に参加することを計画した。
 このように本遠航では多くの制約がありながら、各艦長をはじめ全幹部乗員の努力により多大の成果を得、遠航の目的を十分達成することが出来た。
 以下平成6年度遠航の142日にわたる歩みを訓練実習、研修、入港行事等の順に述べてみたい。

2 訓練実習

 (1) 躾教育
 練習艦隊における教育として最も重要なものはシーマンシップの育成である。しかしながら近年艦艇、航空機のシステムおよび戦術が複雑化するに伴い、幹部教育は得てして知識、技能教育に陥りやすくなっている。
 言うまでもなくシーマンシップは、昔から語り継がれてきたシーマンとして必須の知識 躾を基礎として形成されるものであり、この教育は海上実習時に行うのが最適である。
 そこで本艦隊ではまずシーマンシップの指針として「初級幹部心得」なる小冊子を作成して実習幹部全員に配布した。これは昭和14年練習艦隊で作成された「次室士官心得」を基とし「艦船乗員の伝統精神」「躾参考資料」等を参考として作成したものである。これをただ読ませるだけでなく、座学による教育、機会教育によりシーマンシップの徹底に努めた。
 一つ間違えれば乗員総員の生命を失いかねない運命共同体である艦内で勤務と生活をする時、乗員の和を保ち、艦の安全を期するためのルールが必要であり、今回の長きにわたる航海を通じて実習幹部にシーマンシップを定着させることができた。


 (2) 訓練実習
 指導官から「早くコウシン(航進)を起こせ」と言われた実習幹部が「両舷後進半速」と号令をかけるのは昔から言い古された失敗の一例であるが、今回もご多分にもれずこれに類する話しは多々あった。このような基本術科の教育は基礎を繰り返して反復演練し、体で覚えさせることが大切である。逆に各種戦術等の応用訓練は見学でも良いからレベルの高い実戦に近い訓練を体験させ将来に希望を持たせた方が良い。
 本遠航においては蛇行運動、陣形運動、防火防水、対空対潜交話、運動盤等の基礎訓練は身に付くまで繰り返し経験させ、体で覚えさせた。
 特に今回は4隻であったため、個人あたりの訓練回数は例年に比し1.5倍以上になった。更に艦を動かす醍醐味と喜びを味わう機会が増え、その教育効果は非常に大きかった。
 一方対潜戦訓練等の応用訓練をより実戦的なものにするために、米国において小型水中自走標的を入手し、訓練に使用した。遠航においては標的支援が得難いことから、この標的を積極的に活用することにより実習幹部に対潜戦の戦術の流れを理解させ、対潜戦の難しさを体験させることが出来た。

  ハイライン訓練

 (3) 親善訓練
 艦隊の練度の維持向上と実習幹部教育、それに同盟国・友好国海軍との親善のための訓練を積極的に計画実施した。
 米海軍とは対潜戰、防空戦、対水上戦、洋上給油、戦術運動等の訓練を6回(延べ9EVENT)実施した。これらの訓練を通じて実習幹部は米海軍の戦術を理解すると共にインターオペラビリティの重要性を認識した。親善訓練には艦隊のベストメンバーをもって臨むのを基本としたが、米海軍のS-3Bバイキングと共同したWASEXにおいては、後半の防空戦交話は総て実習幹部に実施させ、その出来栄えは個艦幹部も驚く程のものであった。
 カナダ海上軍との親善訓練は1回のみであったが、内容は対水上戦、防空、HSクロスデッキ、洋上給油、戦術運動、夜間訓練などを24時間連続で行う密度の濃いものであった。種々の訓練を連続的に行うことにより、カナダ海上軍とのランゲージ·バリアー等は徐々に取り除かれ、円滑に訓練を実施することができた。
 またカナダ航空機がWASEXにおいて実施した電波妨害が音楽であったりして、訓練のなかにもユーモアがあった。カナダ海上軍では戦鬪艦艇の中に占める女性の割合が3割程度あり、女性への門戸開放が進んでいるのが印象的であった。

  米海軍イージス艦「ゲチスバーグ」との親善訓練

  カナダ海軍との親善訓練

3 研修

 (1) 史跡研修
 実習幹部に対しては遠航を通じて見聞を広めさせ、諸外国における日本との共通点と相違点を見極めさせることにより国際感覚を育成させることが重要である。そのためにはその国の歴史を学び、文化を知り、その国民のものの考え方や価値観を正しく理解することが必要である。
 今回は各地で史跡研修を行ったが、特に異なる2つの首都でホテルでの一泊を含む研修を実施した。
 一つは近代の歴史しか有さないが、合理的な価値観と科学的な手法で発展してきたアメリカの首都ワシントンD.C.である。もう一方はマヤ文明やアステカ文明など古い文明の歴史を持ちながらスペインに征服されたメキシコの首都メキシコ·シティである。
 実習幹部はホワイトハウス、リンカーン記念堂、アーリントン墓地、スミソニアン博物館等を見学し黎明期のアメリカの歴史と精神、そしてアメリカの科学技術の歩みに強い印象を抱いた。またメキシコ·シティのテオティワカン遺跡や世界的に有名な歴史民族博物館を見学することにより、メキシコの先住民の文化が西洋文化に征服されたにもかかわらず、その精神、風習は埋没することなく現代のメキシコ人の中に脈々と生き、メキシコの文化や国民性に影響を与えていることを理解した。

  アーリントン国立墓地における献花

  国立人類学博物館研修(メキシコシティ)

 (2) 談話と基地研修
 実習幹部に対する訓育の一環として、従来から高官の講話をいただくことにしている。今回も駐米栗山大使、駐墨堂ノ脇大使、駐パナマ杉山大使ほか各総領事、米海軍高官から極めて印象的なお話をいただいた。
 特に今回は米国の寄港地が半分を占めていたことから、各地で米海軍高官の講話を受ける機会に恵まれた。アナポリスにおいては海軍兵学校長ラーソン大将(前太平洋軍司令官)から「アジア情勢と日米のパートナーシップについて」、またパールハーバーにおいては太平洋艦隊司令官ズラトッパー大将から「海上自衛隊と米海軍の関係について」それぞれ講話をいただいた。その内容は実習幹部にとって有意義なばかりでなく、日米関係の重要性と海上自衛隊、米海軍の緊密な関係を実習幹部に強く認識させたものであり、今後も米軍高官の講話を継続する必要性を感じた。
 更に実習幹部に海軍の役割と趨勢を理解させるため、米海軍、カナダ海上軍やメキシコ海軍の主要な基地において積極的に研修を実施した。
 また本遠航においては米軍基地縮小の波を強く印象づけられた。
 ロングビーチ基地は9月に閉鎖し、パナマにおける米南方軍司令部、各部隊の撤収準備、ニューポートの桟橋における支援施設の閉鎖等、米軍における基地の統廃合が著しかった。


 (3) ホームステイ
 米国における6カ所の寄港地のうち5カ所において、今回初めて実習幹部に対するホームステイを実施したが、これは親善のための人間関係をつくるのは勿論のこと、米国の家庭生活を通じて米国人の考え方、習慣を学び理解するうえでも極めて貴重な経験になった。
 しかしこのホームステイは英語の苦手な実習幹部にとっては非常に重圧となったらしく、出発前に相手のホストを待つ姿はさながら病院の重病人の様相を呈していた。しかしホームステイが終りホストに送られてくる実習幹部の顔は、英語でコミュニケーションがとれた喜びに溢れており、その口から出る言葉は「われわれを家庭に呼んで非常に楽しく過ごさせていただいた。何から何まで親切にしていただいたホストに感謝の気持ちでいっぱいです」というものが殆どであった。
 実習幹部は、これで得た人間関係を引き続き大切にするとともに、この経験を今後日本を訪問する各国海軍との親善に役立てることができると考える。

  ホームステイ先での実習幹部

4 行事等

 (1) 大統領表敬訪問
 本遠航中、往路においてエンダラ·パナマ大統領、サリーナス・メキシコ大統領に、復路においてバヤダレス·パナマ新大統領に表敬する機会を得た。特にサリーナス·メキシコ大統領は3人の子息を全て日本系の学校に通わす程親日家であり、大統領官邸において最大級の歓迎をもって迎えられた。会見ではベラクルス寄港ではチリーノス州知事をはじめ市民の人々から心暖まる歓迎を受け感謝にたえないと述べたところ、大統領は練習艦隊のメキシコ訪問が大成功を収めていることは大変な喜びであると述べ終始友好的であった。さらに日本へ帰国後、村山総理大臣への報告時にサリーナス大統領からのメッセージを伝えたところ、総理からは「国際感覚を育成することは大切であり、今後共元気で頑張ってほしい。」との激励を受けた。

  メキシコ大統領表敬

 (2) 日米修好140周年記念行事
 平成6年はペリー提督が二度めに日本へ来航してから、丁度140年に当たる。すなわち日米修好140周年にあたる年である。
 従来ペリー提督生誕の地であるニューポート市とその姉妹都市である下田市が「黒船祭り」をそれぞれの地で毎年催してきているが、今年は練習艦隊がニューポート市へ寄港するため、特に練習艦隊入港時にも記念行事を行うことになった。下田市は、これも140年の歴史を誇る大祭り太鼓をニューポートで披露することを計画し、下田市長と司令官の間で調整した結果、この大太鼓を「たかつき」で輸送することになった。搭載、陸揚げにはクレーンが必要な程大掛かりな太鼓であったため、「たかつき」の作業と責任は大変なものであったが、ニューポートにおける祭り太鼓の人気は上々で、引き手には子供も加わり大いに盛り上がった。
 式典は市の中心部にあるトーローパークにおいて米海軍大学校長、ニューポート市長、総領事、日米協会会長、下田商店会会長、練習艦隊司令官参列のもと厳粛、盛大に行われた。その後練習艦隊司令官とニューポート市長は、市内にあるペリー提督の墓に献花を行った。
 夕刻には、ニューポート市長の招待により800人の幹部乗員が市民と共に海岸でのピクニックを楽しんだ。


 (3) カナダ国際エアショー参加
 今回海上自衛隊としては初めて海外の国際エアショーに参加した。
 これはハリファックス寄港中の9月17日、18日にハリファックス近郊のシェアウォーター航空基地で6カ国約100機が参加する大規模な国際エアショーが開催され、練習艦隊も地上展示に参加を依頼されたものである。
 この2日間はあいにくの雨であったが13万人を越える観衆が集まり、在カナダ特命全権大使の中平立氏も視察に訪れたほか、実習幹部総員が招待を受けた。また参加した練習艦隊のヘリコプターHSS-2Bはカナダ航空軍のSH-3と並んで展示され人気を博した。HSS-2Bは最後に帰艦時観衆の上で見事なローパスを披露した。

  エアショーに参加したHSS-2B

 (4) キューバ難民
 8月下旬フロリダ海峡通峡時は、おりからキューバ難民が激増しており、難民イカダ多数と遭遇した。しかし米海軍が難民救出作戦を実施中で我々が遭遇したイカダはすべて無人であった。イカダは木を組み合わせた数人乗れる程度の極めて粗末なもので、難民が決死の覚悟で脱出した様子が伺われた。実習幹部はハイチ情勢の緊迫を含めて平時における米海軍の活動の一面をかいま見、海軍の任務の多様性を直接知ることができた。練習艦隊も米海軍と調整のうえ、難民ボート対策に万全を期した。
 また復路パナマにおいて米南方軍がジャングルの中に建設したキューパ難民キャンプ(1万人収容) を視察する機会を得た。キャンプの指揮官(米陸軍少将)の言によれば、キャンプは「難民のためのもの」であり、周りを厳重に金網で囲ってあるものの、教育、娯楽、スポーツ等総ての施設を整えてあるのには驚かされた。難民は先の不安を断ち切るように、バスケットボールやサッカーに打ち興じており意外に明るい表情であった。

  遭遇した難民イカダ

おわりに

 帰国後海幕の人事担当者からある話があった。それは遠航終了後の航空実習(2課程)において、ある実習幹部と面接を実施し、「艦艇勤務」を申し渡したところ、本人は今まで艦艇を希望していなかったにもかかわらず「やった!よかった!」と言って大いに喜んでいたというものであった。人事担当者によれば、多くの実習幹部が本遠航を通じて艦艇が好きになり、艦艇乗組希望者が増加しているということである。実習幹部が遠航を通じて艦が好きになり、海に生きがいを見出し、船乗りとしてのプライドを持ち大きく成長してくれたことは、教育を担当したものとして最大の喜びである。今後も多くの後輩がシーマンの道を引継ぎ、海の伝統をまもってくれることを切望している。 (完)

編集部注:写真については海上自衛隊練習艦隊編「遠航五十年史」から引用