みね姉の見た「防人たちの素顔」 その6:「戦闘機」は確かにカッコイイ、だけど・・・

峯 まゆみ

 衛隊が昨今、人気が急上昇している理由の一つに、東日本大震災での活躍があります。私が開催しているイベントに参加する自衛官の多くは、何らかの形で災害派遣にかかわっていらっしゃるので、自分から聞かないまでも、色々お話を聞くことがしばしばあります。  「知ってほしいから」と積極的に話してくれる方と、「辛すぎて思い出したくない」と仰る方と様々ですが、私は最近、全く違った意味で衝撃を受けた話を聞きました。それは、震災によって運命が変わってしまった自衛官、とも言うべき方たちです。
 私は、ある元戦闘機パイロットだった航空自衛隊の若手幹部と知り合いました。彼の元バディと知り合いだったことから、その元バディと彼が二人で、私のイベントに参加してくれたことがきっかけでした。現在、二人ともパイロットではないことは知っていますが、その理由は知りませんでしたし、もちろん、自分から聞いたこともありません。
 ある日、話をしていた時、彼が突然ぽつりと、「僕と彼は、あの地震がなかったら、今頃はF-2戦闘機のパイロットだったんですよ」と言ったのです。「え?どういうこと?」と聞き返すと、あの震災で戦闘機が被災し、減ってしまったことで、パイロットが余剰となり、地上勤務に異動になったということだったのです。私はその話を聞いて、言葉をなくしました。
 私が、様々な自衛官と出会って、「なぜ自衛官になろうと思ったの?」という質問をした時に、少なからず返ってくる答えに「パイロットになりたかったから」というものがあり、そう答えた自衛官の多くは、パイロットの適性がなく、叶わなかった方たちでした。自衛官を目指した人でなくとも、多くの人を魅了し憧れる戦闘機パイロットに実際になることができるのはほんの一握りであり、その一人を育てるのに3億円かかるといわれています。そのパイロットになることができていながら、P免になったわけでもないのに、その任を離れなければならないというのは、どれほど悔しかっただろう…と思わずにはいられませんでしたし、なんと返せばよいのか全く分からず、私は、ただただ言葉を失くしていました。
 震災によって、運命が変わってしまった被災者はたくさんいらっしゃいます。ですが、自ら被災したわけでもないのに、震災によって運命が変わってしまった自衛官を目の前にした時、言葉にならないくらいの衝撃と悲しみを感じました。同時に、おそらく極めて冷静には受け入れがたいであろうその現実を、あの若さで受け入れ、粛々と日々の任務を行っている彼らに、自衛官としての矜持を垣間見たように思います。これが、自衛官なのだと、改めてそう思いました。
 私のイベントに参加希望する女性には、航空自衛隊のファンは少なくないのですが、当然のことながら、その多くはドラマの影響もあり、ブルーインパルスや戦闘機のパイロットにあこがれている女性たちです。男性であっても、航空自衛隊のファンの多くは同様だと思います。それが悪いとは言いませんが、航空自衛隊において、戦闘機のパイロットはごくごく一握りで、その多くは戦闘機、もしくはPAC-3を無事に飛ばし、運用するという任務に従事でしている方たちであることと、その人たちの見えない働きによって、日本の空が護られていることを、もう少し多くの日本人に知ってほしいと思います。
 航空祭に行くと、ブルーインパルスの演技が終わると、多くの人は帰ってしまいます。その後には、F‐2やF-15のデモンストレーションが行われるのに、です。私は、日本人の性質として「わかりやすいものだけに興味を持つ」という習性が、こういう時に極めて遺憾に思います。ブルーインパルスの演技は確かにすばらしいですし、それに比べると、戦闘機のデモンストレーションは、仕方のないことなのですが、見ていて華やかさに欠けます。ですが、日本の空を護り、年間800回以上のスクランブルを行うというハードな日々を送っているのは、戦闘機なのだということを、もう少し多くの国民に認識してほしいのです。そして、彼らを安全に飛ばすために、いかに多くの航空自衛官が支えているかということを。
 わかりやすく華やかな部分だけでなく、そういう部分にも目を向けてほしいですし、そういう支えている方たちの中には、パイロットを目指しつつも叶わなかった人がいて、その忸怩たる思いを抱えつつも、責任感と使命感とさまざまな感情が入り混じった葛藤を抱きつつも、日々、日本の空を護ってくれているということに、想いをいたして頂けたらと願うしだいです。