みね姉の見た「防人たちの素顔」 その7:自衛官って、特殊な人?

峯 まゆみ

 間が自衛隊に対して抱いている誤解の1つに、「自衛官は特殊な人間」だという思い込みがあるようです。あまり自衛官と接したことがない方はもちろん、私が主催するイベントに参加される女性も、実際に自衛官と話をして「自衛官って普通の人だ」と気付いて驚いた、という感想を聞くことは珍しくありません。自衛官が携わっている任務・仕事が特殊なのであって、本人はいたって普通の人間なのですが、そのことに気づいている人は、非常に少ないようです。
 私は、常日頃から、自衛隊には感謝をすること、尊敬することは当たり前だと思っていますし、そういう人が増えたらいいなと思っています。が、しかし、特別視することを推奨しているわけではありません。この2つは似て非なるものです。昨今、ネット上では、自衛隊を推奨、擁護、支援する立場の人が明らかに増えており、それ自体は悪いことではないのですが、その中には様々な思惑の人たちがいるものまた事実です。
 これはあくまで私の主観なのですが、「特別視」してしまうと、自衛官個人の人格が無視されて映画や漫画に出てくる無機質な軍隊のような、感情がない人たちのように感じてしまうのです。そして、どこか日本人は「すごい人」を求めていて「すごい人たちだから、すごいことができるんだ」という考えを単純に持っている人たちが少なくないような懸念があります。
 つまり、以前も書いたように、東日本大震災がきっかけで自衛隊の人気が日本中の老若男女を問わず高まったのですが、それによって、自衛隊が映画のヒーローのように美化されてしまったように感じますし、そう思った多くの女性たちが、頼りがいがあるヒーローを求めて自衛隊に殺到している現状をみると、どうしても危機感を持たずにはいられません。そう、多くの女性たちは「ヒーローのような頼りがいのあるすごい自衛官」を期待していることが少なくないのです。
 ここで多くの人に知ってほしい…というよりも、気づいてほしいことが、別に自衛官は特殊な人たちではなく、民間人と変わらない普通の人たちであって、そういう、普通の人たちが、訓練の結果すごいことができるようになったり、すごく過酷な状況で任務を遂行することができるようになった人たちであり、だからこそ、すごいのだということです。お腹が空かないのではなく、眠らなくても平気なのではなく、寒いのも暑いのも感じないのではなく、恐怖心がないのでもなく、そういうことを感じながらも、必死に日々耐えながら毎日の任務を遂行しているのだということに、気づいてほしいのです。
 「屋根がある場所で寝られるだけで幸せ」とか、「今は体を拭くウエットティッシュがあるだけまだいい」、「仕事が終わったら家に帰られるだけ恵まれている」と言うことを聞くたびに、頭が下がる思いです。そして、みなさん、それらが決して平気なのではなく、がんばって耐えておいでなのだということが分かると、一層の感謝とありがたみがこみ上げてきます。すごい人がすごいことをして、日本が護られているのではありません。多くの普通の人たちが、頑張って頑張って、耐えて耐えて、そうやって日本が護られているのだということを、多くの人に知ってほしいです。
 自衛隊が好きな人達の中には、武器などハードウェアの方にしか興味がない人もいるでしょう。それが悪くはありませんが、それらを扱う自衛官の技能・技術の練度が高くなければ、どんなに高度なものを持っていても所詮は張り子の虎です。自衛隊は世界的に見ても非常にその練度が高いと聞き及びます。その高い練度を誇る自衛官は、誰かの息子・娘であり、父親・母親だったり、恋人だったり、友人なのです。自衛官としての特徴的なことはあっても、同じ人間、日本人です。自衛官は自衛官として生まれてくるのではなく、訓練を通して自衛官になっていき、危険や苦難、厳しい訓練を乗り越えて、すごいことができるようになっていった人たちで、自衛官自身、自分たちは普通の人間なんだ、だから必死でがんばっているんだ、という想いでいるのではないかと思います。
 自衛官は特別なヒーローなのではなく、民間人と同じ普通の人間です。ただ、民間人よりも重い責任を背負い過酷な環境で特殊なお仕事をしている人たちなのです。いつも、私たちを護るために、日々努力し頑張ってくれていて…だからこそすごいのだ、と私は思っています。決してヒーローではないからこそ、彼らは素晴らしい存在なのだと、そう思うのです。