みね姉の見た「防人たちの素顔」 その8:海軍記念日に思う

峯 まゆみ

 が、海上自衛隊が大好きな理由は数多くありますが、1つはやっぱり「伝統墨守」であるところです。揶揄されている言い方ではありますが、とある航空自衛官とお話させて頂いた時に「伝統がある、というのがうらやましいと思います」と言った方もいらっしゃいましたし、とある陸上自衛官が「海上自衛隊だけ伝統を守ることが許されているのは、ズルイ」という表現で、うらやましいという気持ちを吐露した方もいらっしゃったことは、いい意味でちょっと驚きました。
 その伝統ということについて、この時期に触れずにいられないのは、やはり「海軍記念日」です。海軍記念日自体はなくなったものの、毎年、横須賀を始め様々な場所において5月27日、またはその前後に、日本海海戦記念式典が行われています。戦前は「海軍記念日」同様「陸軍記念日」」がもちろんあったのですが、海軍記念日が「日本海海戦記念式典」という形で海上自衛隊には受け継がれているものの、陸上自衛隊には残っていませんので、このあたりが「ズルイ」と言われてしまう所以であろうと思います。
 私自身、昨年、福岡県内筥崎宮で行われた「日本海海戦記念大祭」に行き、参列はしていませんが、その様子を傍で拝見させて頂きました。東郷元帥と縁の深い筥崎宮の門に掲げられた「敵国降伏」の文字と「Z旗」、そして参道の両側には、今まで見たことがないくらいの多くの旭日旗が等間隔に並べられていたことに驚きました。まさに、海軍記念日だと実感した瞬間です。戦後、著しく左傾化した社会を思うと、よくこの海軍記念日を日本海海戦記念大祭として執り行うことができ、現在に至るまで続けることができたことが不思議ですらあるので、続けることに尽力された方々に感謝する次第です。
 その後、海上自衛隊艦艇での体験航海及び、日本海海戦洋上慰霊式に参加させて頂きました。洋上慰霊式において艦長がお話された中で「日露両国の英霊を慰霊する」というくだりがあり、感銘をうけました。「敵として戦った相手に敬意を払う」という軍人独特の美徳を、そこに感じたからです。私だけかもしれませんが「英霊」という言葉を聞くと、我が国日本人の戦死者のみをイメージするのですが、ここで「日露両国の」と言われて初めて、当然のことながらここでは日本人だけでなく敵国にも戦死者がいるということを、改めて認識させられました。
 「戦死」というのが、「敵から殺される」という受け身の印象からそういうイメージになるのだと思いますが、そうではなく、この海には互いに必死に戦った日露どちらの英霊も眠っていらっしゃるのだ、ということに改めて気付かせてくれた艦長さんは、色んな視点と立場で物事を見ることができて、その様々な立場の人に配慮ができる人なのだろうと推察します。そしてそれは、艦長という重責を務める方には不可欠な資質であるように思います。
 また、日露戦争とは人類史上初めて有色人種が白人に勝利したという、歴史的に極めて大きな意味を持つ戦争でした。まだ自国で軍艦の製造すらできない中で、かろうじてつかみ取った勝利ですが、本当に大きな意義を持つ勝利なのです。明治時代という、日本が初めて味わった極めて大きな時代の変化の中で、必死に、欧米列強からこの小さな島国を護ろうとした先人たちに想いを馳せ、感謝し、改めて日本人としての誇りを感じながら、艦上から献花をしました。海上自衛隊の皆さまには、彼らの末裔であるという誇りを、後世へと繋ぎ続けてくれることを願う次第です。