みね姉の見た「防人たちの素顔」 その23:自衛隊による災害支援を受けて

峯 まゆみ

 日、九州地方を未曾有の大寒波が起こり、各地で水道管の破裂による水不足が起こりました。その「各地」の中に私が住んでいる地域も入ってしまい、水が豊かで渇水知らずの土地において、初めての断水を体験することになってしまいました。しかし、市の職員さんたちが、すみやかに動き、自衛隊に給水支援を要請してくれて、午後には陸上自衛隊が到着し、直ちに給水支援が行われ、私は、人生初の自衛隊による災害支援を体験することとなりました。
 この時、災害支援で派遣されて来られたのは、私が防衛モニターとしてお世話になっている部隊だったこともあり、とても親近感がありました。しかし、そうでなくとも、ライフラインの1つがなくなった不便さと、いつ復旧するか全くわからない不安さの中で、自衛隊が駆けつけてくれたということが、想像以上に大きな安堵感があるということを、身をもって知りました。同時に、自衛隊が必要とされ感謝される時が、紛れもなく国民が困難な状態にあるということも、初めて、私は実感したのです。こういうことなのか、と。
 以前、東日本大震災の時に、東北に派遣された、ある若い陸曹さんのお話をふと、思い出しました。現在、急激な女性からの自衛隊人気に疑問を持っていた方で、それはなぜか?という質問をされたのです。私は、震災での活躍が大きいと思う、と答えたのですが、彼はしばらく沈黙した後、こう言われたのです。
「・・・自衛隊を応援してくれるのも、活動を認めてくれるのも確かにうれしいんですが・・・自衛隊が活躍する時、そして、自衛隊が感謝される時というのは、間違いなく、国民が大変な目に遭っている時なんですよ・・・。だから、やっぱり自衛隊は人気が出たり、もてはやされたりしてはいけないんです」
と。
 おそらく、長い間日陰の存在だった在自衛隊が、現在は一転して、感謝されているそのきっかけとなったのが、東北の災害派遣だったということに、なんとも言えない気持ちになられたのだろうと推察します。おそらく、筆舌に尽くしがたい惨状の中での災害派遣任務の成果として、国民から感謝され認められたということに、とても複雑な思いがこみ上げて来たのではないでしょうか。そして私は、この事を、頭では理解していたつもりであって、それは「つもり」でしかなかったということに気づいたのです。東北ほどの惨状ではないにせよ、非常に多くの人たちが困り、不安になっていたという、まさに、そういう時に必要とされ感謝されるという状況を目の当たりにしたことで、給水支援活動の様子を見ている間、自然と、有名な吉田茂元首相の訓示が脳裏に浮かびました。
 しかし、逆に言えば、そういう「活躍の場」の時というのは、また、自衛隊にとっても過酷な状況の時であるとも言えます。その最たるものが「戦場」ということになるのですが、これは本当に、実際に行動が起こらないことを祈るばかりです。自衛隊の存在意義は、国防であって災害支援ではないという本質を理解していない人は案外多いようなので、その点の理解を促すべく、私は啓蒙活動をしているのですが、彼らが実際に戦闘状態に入らねばならないような事態だけは、絶対に避けて欲しいと願っています。
 昨今の自衛隊人気に伴い、こういう自衛隊の行動を何かイベント感覚で捉えて喜んでいる風潮も見受けられ、なんとも言えない気持ちになることがあります。感謝や敬意とはかけ離れた好意は、自衛隊への理解ともかけ離れています。自衛隊の任務の重さ、過酷さを理解してくれる方が増えることを望むばかりです。