みね姉の見た「防人たちの素顔」 その25:「唯一の実戦部隊」掃海隊群への想い

峯 まゆみ

 年夏を皮切りに、掃海隊群との交流が増えました。掃海母艦を始め、掃海艇、掃海管制艇と見学させて頂く機会が増えたおかげです。ブログでも感想を書いた「ペルシャ湾の軍艦旗」という本を読んでから、私の中で、掃海隊への興味がとても強くなっていた矢先の事でしたので、とてもうれしかったです。
 掃海隊群に関することで、とても印象深い事がありました。2年前にある若い海士さんとお話したことがきっかけでした。最初に「何の艦艇に乗っているのか?」ということを訪ねると、力強く「掃海母艦です。日本で唯一の実戦部隊です!」と答えた彼の目を、今でもはっきりと覚えています。まだ二十歳そこそこの彼から、「日本で唯一の実戦部隊」という誇りが全身から溢れていたのです。
 その掃海隊群は、帝国海軍と海上自衛隊を繋いできた「細い一本の糸」のような存在ではないかと、私は思っています。戦後、失われそうになっていた海軍の技術や伝統が、必要に迫られた機雷除去を行う掃海隊群によって、かろうじて守られ受け継がれてきたのではないか、と。
 そういうことから、掃海隊群が気になっていたのですが、実際にいろんな方たちとお会いしてみて感じたのは、やっぱり、とても気さくで明るくて面白い方が多いということです。特に掃海艇は、1隻に30人くらいしか乗っていないので、本当にアットホームな感じでした。一般公開に行っても、笑いっぱなしだったり、ずっとお話を聞いていたりと、本当に時間があっという間に過ぎる感じです。
 同時に、時折、護衛艦に対しての、「引け目」のようなものを持っていらっしゃるのではないか、ということを、うっすらと感じることがありました。会話の端々で、自分たちのことを「木船(きぶね)」と言ったり、広報で「みんな、やっぱり大型護衛艦とかが見たいんじゃないんでしょうか?」とか「大きな護衛艦と比べて、見学してみてどうですか?」と聞かれることが、しばしばあるからです。「艇が小さくて見るところがないので、申し訳ない」と思われているようなのですが、そういう気持ちが背景にあるからこそ、素晴らしいサービス精神で広報をされているのだと思うと、うれしい反面、少し悲しくもあります。
 今でこそ自衛隊の海外派遣は日常的になってきましたが、その先駆けとして法整備も整わないまま、ペルシャ湾に派遣されたたった4隻の小さな掃海艇が、「金だけ出して命を出さない」と、失われた日本の国際的信用度を取り戻してくれただけでなく、信用をなくして失ってしまった、日本商社の商談を取り戻し、経済的にも日本の危機を救ってくれたのです。そのことを思うと、海上自衛隊にとってはもちろん、日本にとっても、どれほどの貢献と功績を挙げた存在であることでしょう。そういう存在の後継者である、という自負を持っていいのではないかと、私は思います。そして、その上で、ホスピタリティあふれる楽しい広報をしていただけることを期待しています。
 人間は「楽しかったこと」や「親切にしてもらったこと」は、忘れることはなく、心に残るものです。広報で、自衛官の楽しさや親切に触れた若者や子供達の中から、次世代の自衛官が誕生する可能性はもちろん高くなるでしょう。しかし、そうでない世代の人でも、そういう自衛官とふれあうことで、昨今の複雑な情勢の中、無機質なTV報道だけではわからない、感じることのできない部分「自衛官も同じ日本人で普通の人」であって、そういう人たちが、いざという時に日本を守ってくれる存在なのだということを、実感できる機会なのではないかと思います。
 掃海隊群に関しては、戦闘海域への派遣なども検討されています。それが、現実とならないことを祈るばかりです。しかし、いち早く危険海域への派遣の検討がされるということが、まさに「日本で唯一の実戦部隊」である所以です。卑下せずに、その矜持を持っていてほしいと願いつつ、応援しています。掃海隊群の歴史についても、呉の「てつのくじら館」に展示されていますので、ぜひ、こちらも一度足を運ばれてみて下さい。