みね姉の見た「防人たちの素顔」 その28:筥崎宮での日本海海戦記念日奉祝行事に想う

峯 まゆみ

 る5月27日111回目の日本海海戦記念日を迎え、私は、今年初めて、福岡県東区の筥崎宮での「日本海海戦記念大会」の奉祝行事と海洋殉職者の慰霊式に参加させて頂きました。筥崎宮では毎年「日本海海戦の偉業を追憶し、わが国の隆昌と世界平和を祈念するとともに、健全な海洋思想の普及向上を期する目的で「日本海海戦記念大会」の奉祝行事を執り行い、海戦における数多くの彼我戦没者勇士の御霊をはじめ、産業・貿易・漁業の目覚ましい発展に伴い、その陰で尊い犠牲となられた、海洋殉難者の慰霊式を行う」という目的で、毎年この5月27日に執り行われています。
 この日の筥崎宮には、参道の両脇に自衛艦旗(この日は「軍艦旗」と呼ぶべきでしょうか)が整然と並べられ、門には「敵國降伏」の額の両脇に「Z旗」と「軍艦旗」が掲げられていて、初めて見る人を驚かせます。かくいう私も、3年前に初めて訪れた日にこの光景を目の当たりにして、とても驚きました。神社の門に「Z旗」と「軍艦旗」が堂々と掲げられている光景というのは、戦後の日本では、なかなか見ることはありませんので、そのインパクトは相当のものでした。しかし、それ以上に印象的だったのは、真ん中の「敵國降伏」の4文字です。
 この文字は、一見すると「敵国を降伏させる」という意味に見えますので、およそ神社らしからぬ言葉に驚きを隠せません。しかし、以前、宮司さんから直接ご説明頂く機会を得た時に、ようやく得心がいったのですが、「敵国を降伏させる」という意味なら漢詩の語順で「降伏敵國」という表記になるのだそうです。そうではなく、「敵國降伏」という語順なので、曰く「『敵國降伏』と『降伏敵國』とは自他の別あり。敵國の降伏するは徳に由る、王者の業なり。敵國を降伏するは力に由る。覇者の事なり。『敵国降伏』而る後、初めて神威の赫赫、王者の蕩々を看る」ということになり、敵国が我が国の優れた徳の力により、自ら降伏し、統一されるという「王道」の表現ということになるのだそうです。
 このことを知った時、私の脳裏に浮かんだのは、2012年の観艦式のポスターに書かれていた「誰よりも強くなる。誰とも戦わないために」という言葉でした。「徳によって相手を降伏させる」ということとは、いささか意味が違うことは理解しておりますが、共通しているようなものを感じたからです。観艦式のポスターに使われている言葉ではありますが「誰よりも強くなる。誰とも戦わないために」とは、自衛隊の本質と理想を表しているように思えたのです。
 周知のとおり、我が国は、憲法によって著しく武力行使が制限されており、世界有数の国防力と能力を保持しながら行使することが許されない状況です。このことに最も釈然とできないのは、現場で、毎回血のにじむような訓練を行っている自衛官ではないかと思います。意志と能力を持ちながら、いざとなった時にその能力を行使できないというのは、どれほど悔しく辛いことでしょうか。
 しかしながら、それでも、厳しく、文字通り命のやり取りをする訓練を行うのは、望まぬ実戦に備えてのことはもちろんですが、然るべき海外合同演習において、自衛隊の練度の高さを諸外国に知らしめることで、「この国とは戦いたくない」と思わせることで、抑止力につながる意味もあるからだと、私は認識しています。さらには、数々の海外への支援活動において、諸外国の追随を許さないホスピタリティで、支援国から大きな感謝と高い評価を得ているのは、まさしく「徳」による威光で、戦わずして自衛隊の統率力や練度の高さを世界に知らしめ、精強さを示すものであると考えます。
 世界史上初の、有色人種が白人国家を打ち破った歴史的戦いでの意義は、単に力による支配ではなく、世界において稀有な歴史と文化を持つ日本という国の「徳」による影響力こそ世界に必要不可欠なものであることを知らしめたことにあるのではないでしょうか。そして、その根本的な精神が、現在の自衛隊にも受け継がれているであろうことを様々な機会において、確信することができた、非常に有意義な111Zでした。