翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

VP課程「P2V-7」――鹿屋 (3)

 自差測定。太陽は、何年何月何日何時何分には、何度の方向、高度何度何分何秒に見える、と地点ごとに天測暦にちゃんと数表になって載っている。そこで六分儀で太陽の方向を測定して、コンパスの誤差を知るのである。もっとも我々のウデではコンパスの誤差などあって無きに等しいのだが、手順が大切なのである。
 あの手この手を駆使して、位置を測定し、風を求めて、
「次の針路に向ける。変針用意……変針。針路○○○」
「ヨーソロ」
 などとやっている。
 この間一方の学生は、LORANを使用して十分ごとに位置を測定する役目である。当然航法をやっている学生に見せるのはご法度である。こっそりと航法教官に渡す。教官はこれをチャートにプロツトしては、消したり書いたりで黒く汚れた学生のチャートと見比べては、ニヤついたり顔をしかめたり。
「佐多岬上空で航法終了します。オントツプ(直上)スタンバイ……マーク。誤差を教えて下さい」
「ああ、ドンピシャだ。……ただし桜島上空」
「・・・・・・・・・・・。」
 一瞬、言葉がない。
 そんなもんですよ、学生の技量なんて。

 夜間航法がまた大変である。夜なので偏流測定ができないぶん時間の余裕はあるのだが、その代わりに天測という厄介なものがある。
 太陽と同様に、主要な恒星の方位、高度の数値は天測暦に載っている。惑星は恒星とは動き方が違うので使用できない。間違って測ったりするとまるでわけのわからないことになる。
 だから惑う星、惑星と呼ばれている……んじやないかと思うのである。
 一つの星を測るとその星の方位に直角な線が引ける。三方向の星を測れば三角形ができる。
 その中心を天測位置として使用するのである。正確無比に測れば三本の線が一点で交わる理屈だが、そんなことはまずない。
 この計算は慣れるとそれほどでもないが、なかなかに面倒で、前もって計算しておいてそれで天測をやってのけようとする用意周到な学生もいる。しかし、天測暦は場所と時間が規定されているので、時間がずれたりすると折角の苦心が水の泡である。
 予定していた星が雲に隠れていたりするとこれまたコトである。自分の位置がまるきりわからないわけではないので、測ったフリをして適当な数値を入れ、作図する手もないではない。
 が、まずいことには、P2Vには胴体上部にアストロハッチと呼ばれる直径五〇センチほどの半球状の透明プラスチックののぞき窓がある。通常、教官は学生の天測プランが適当かどうかをこの窓からのぞいて確かめるのである。
「ん、アルデバランを使うを使うだと、そっちは雲で真っ黒だ。別の星を探せ」
 そこで目論見はあえなく破綻をきたして、アブラ汗で天測暦の引き直し、ということになる。
 教官はショウバイだから、あれがオリオン座、あれがアンタレスなどと、たなごころを指すように星座や星を知っているが、こちらはデッチ奉公に入ったばかりというところで、皆目わからない。
 しかし、それでもなんとかなるのである。天測暦で引いた数値を六分儀の目盛りにセットしてのぞくと視野の中心近くにちゃんとお目当ての星が見えているという賢さである。
 この便利さのおかげで、私はいまだに北極星を見つけるのにたっぷり五分はかかる。「宇宙戦艦ヤマト」を見ていて、星の名前だけは知っていたのでちょいと知ったかぶりをしたら、息子に庭に引き出され、星座を教えろと迫られて立ち往生した苦い経験もある。

 八月。課程開始から四カ月、なんとか予定どおりの修業にこぎつけた。このとき私に交付された操縦士技能証明(部内の操縦士免許とでもいうべきもの)の番号が、きっかり一〇〇〇。それで私が海自で一〇〇〇人目のパイロットであるということなのかどうかは不明である。そんなものかなという気もするが、もう少し少ないのでは、という気もする。
 パートナーであった竹添学生は新編まもない三空勤務となって千葉県下総基地へ、私はそのまま二〇三教空勤務となって、鹿屋に残ることになった。
 前述のとおり、ここでは学生教育のほとんどが航法教育なので、そのフライトのコパイロット要員というわけである。