翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

候補生勤務 (4)

 ポンと蓋を取り、その中に「オエツ」とやる。容器の蓋を締め、口もとを拭って苦闘再開。
 すぐにまた吐き気、容器を引き寄せることになる。三度日以降は、蓋を開けるのに若干の注意が要る。ケースに気密性があるのでポンと蓋を引き抜いたとたん、中の飯粒などがビッと飛び出して顔にくっついたりする。もっともそれが気になるほど生易しい状況でもない。
 監視訓練。
 これは時間が八時間前後もかかるのでもっと手強い。
 漁船の操業状況、船舶の航行状況などを確認、記録する訓練である。日本海から津軽海峡、太平洋と行動範囲は広大である。ただし、当時まだオホーツク海は禁断の海で、飛行可能なのは距岸五マイル以内の沿岸上空のみ、事実上飛行できない海域であった。ソ連の鼻息が荒い時代だったのである。
 レーダーで船影を見つける。近接して船名、船種、船籍、積み荷、針路、速力を確認して記録する。冬の北の海は強風が吹きまくることが多く、そんなときの海面は白波が風に吹き流されてさながらソウメン流しのようになる。その中を低空で船の周囲を旋回する航空機の運動は、空酔いしている身には、はらわたを捩られる苦しさである。
 例の容器に手を伸ばそうにも、「船名は、船種は、船籍は」と、見張り席、操縦席からひっきりなしに言ってくる。とりあえず日の中で一時待機させておいて、鉛筆を走らす。
 一段落、やっとの思いで容器を取り出して吐く。思ったよりも量が少ない。うえっ、歯を食いしばってたら幾らか胃の中に戻ってしまった。よけい気持ち悪くなる。吐いたものを飲み込めば空酔いしなくなるという俗説があり、成功例も聞くのだが、私の場合はどうも効果がなかった。意図的でないと効果がないのかも知れない。
 最後は、吐くものがなくなる。しかし飛行機が激しくガブる(悪気流で揺れることを「ガブる」という)度に、相変わらず吐き気は襲ってくる。この方が辛い。
 こんなことを繰り返して、少しは空酔いに強くなったかなと思えるようになったころ、飛行隊長からナビゲーター卒業の許可が出た。
「ちょっと短かったが、技量は機長のお墨付きが出とるし、もうよかろ。明日からコパイロット」
 奇妙なことに、操縦席にいる限りいくらガブっても、酔うことがない。これは私だけでなく、大抵のパイロットがそうである。また、私同様、パイロットの中には、操縦席から後方に下がると空酔いする者も結構多い。

 この年、昭和三十八年の十一月二十二日、同期生の一人が航空事故でこの世を去った。演習期間中の出来事である。
 谷口均候補生、北海道出身。
 彼は計器飛行課程修業後、VS課程に進み、一一空配属となってS2Fに乗っていた。明るい性格で、酒が入るとよく「アイヌの踊り」と称する踊りを披露した。それは、猫背になって髪をかきむしりながら地団太を踏むという、アイヌの踊りというよりはどう見てもアフリカかどこかの原住民の踊りというべきしろもので、我々は腹を抱えたものだったが、もうその踊りも見ることはない。
 彼の乗り組んだS2F‐1四九号機は、遠州灘方面の哨戒に出撃、一三二五、航空自衛隊レーダーサイトヘの位置通報を最後に消息を絶った。彼らの乗機に何が起こったのかは知るすべもない。事故記録には、同機の遭難場所は「御前崎南方海上と推定」と記されている。