翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

候補生勤務 (5)

 八戸の冬について少し書く。
 同じ青森県内でも津軽地方に比べて、南部の国に属する八戸は雪が少ないといわれる。そのぶん気温は低く、スキーよりもスケートが盛んな土地柄でもあった。
 厳冬期には、基地と八戸市街の中間を流れる馬淵川も、あちこちの池も、びっしりと厚い氷が張りつめて天然のスケートリンクに変わったものだったが、近年は川にも池にも人間が乗れるほどの氷が張ることは滅多になくなった。
 加えて車と道路の発達で、遠隔のスキー場に短時間で行けるようになったことから、むしろレジャーとしてはスキーの方がスケートよりも多数派になっているが、当時はなんたってスケートで、フライトのない搭乗員は、交替で近くの高館沼か北沼にスケート訓練に出掛ける。
 高館沼は、正門を出て国道を横切り少し行った所にある。天然自然の沼だったらしいのを土手を築いて用水池として使用している。氷の状態が良い所を選んで、一周二〇〇メートル程の小判型のコースができていて、近所の大人も子供も混じって水族館の魚の群れのようにグルグル回っている。
 上体を前に倒し腰の後ろに手を組んで悠々と滑っているガキもいて、悔しいがそんな真似のできない私などは、コースの外の転んでも目立たない場所で自主トレに励む。
 ただ場所を選ばないと氷が割れて冷たい思いをすることになる。氷が割れて人がはまったのを何度か見たが、意外なことに、この沼では大方の場合、氷の下の水中二、三〇センチの深さに、もう一層氷があって、重大事には至らないのだった。
 凍った、雪が降った、解けた、凍ったを繰り返すうち、こうなったかと思うのだが、膝から下がグッショリ、ブルブル震えているのを見ると、こちらも風邪を引きそうである。
 北沼は、今は八戸港に面した運動公園になっているが、昭和三十年代末は、海からの風が直に吹き付ける一面の葦原だった。群司令官舎の裏手に回って松林の中の小道を下り、葦原を分けて行くと、ちょっとした運動場ほどの広さに葦が切れていて、びっしりと氷が張っている。これがリンクで、氷の下は水というより湿地なので、氷が割れても水没の心配はない。
 困りものは、氷のところどころに枯れ葦の株がごくわずかに頭を出していることで、これに引っ掛かってひどい目に遭うことがある。考える葦も、枯れ葦には足を取られるのである。
 おっとっとっと、立ち直ろうとする足元の氷に穴があいて、ズボリとはまる。膝から下に冷たくて粘っこい泥がべっとり、 一人だけ帰るわけに行かないので、訓練が終わるまで待つのだが、その時間が長いこと。

 近頃はフロンだかNOxだかのせいで、各地とも例外なく降雪の量が少なくなったが、当時は雪が少ないといわれた八戸でさえ、今とは比較にならないくらい豪儀に降った。
 正月を過ぎると、毎日のように白いものが舞い、朝の雪かきが日課になった。滑走路、エプロンは除雪車の領分である。基地内の道路、格納庫のすぐ前の部分、それに飛行場内に点点とある飛行場灯火の周辺、つまり除雪車の手の回らない部分と除雪車では物を壊しそうな場所が人力での除雪の対象である。
 駐車場は、と質問が出るかと思うので先回りすると、いらない。いや、駐車場そのものがないのである。なにしろこれは自家用車を持っている隊員の数が、基地内全部を合わせても二桁に達しない時代の話である。自家用車は空き地の端などに適当に停めてある。
 ともかく、スコップや雪押し用の道具を手に、ワツセ、ワツセと人海戦術を展開する。これが隊員揃っての朝の日課である。
 もちろんスキー訓練もある。ちゃんとしたスキー場での訓練もあるが、スキー場とは名ばかり、牧場の裏手の斜面がゲレンデ、ちよっとコースを外れると段々畑で、深さ三メートルもの吹き溜まりがあったりする、そんな場所でのこともある。どちらにしても今のスキー場とは比較にならないお粗末な施設、規模、整備状況である。スキー用具も原始的で、靴も、板も、ビンディングも、今の若い連中に見せたら、「何これ」と吹き出しそうな代物である。
 それでもスキーはスキー、「そこどいてくれえ」の直滑降専門からようやく脱出した辺りで春が来た。

 昭和三十九年(一九六四年)四月一日。
 航空学生一期生が三尉に昇任。ここに初めて航空学生出身の幹部が誕生したわけである。
「君は、何かまずいことでもしたのか」
 ある幹部から、そっと聞かれた。
「どうしてですか」
「君一人だろう。今度任官できなかったのは」
 飛行幹部候補生は、飛行学生を修業してすぐ二曹で着任するのが普通で、私の場合一曹で着任したので、すでに幹部候補生学校を修業してきた先輩たちと混同されたらしい。
 ……そんな大きな顔をして振る舞った覚えはないんだが。
 五月の連休が目前に迫る頃になっても、遠く望む十和田や八甲田の山塊はまだまだ裾長の白衣のままである。しかし、そこここの日陰に残っていた雪は、すでに跡形もなく消えている。
 そして、清々しい輝くような新緑の世界がひろがり始める。飛行前後の作業、飛行そのものもずいぶん楽に、そして快適なものになってくる。
 そして七月、広島県江田島の幹部候補生学校に入校。