翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

入隊教育 ―― 呉(3)

 起床は〇六〇〇である。手早く毛布を畳み、作業服に着替えて三階から階段を駆け下りる。
 支給されている毛布は七枚、シーツの下に二枚敷き込むから上に着て寝るのは五枚、すべてきちんと角を揃えて畳んで端をキツチリ揃えて重ね、その中央に枕を乗せておく。これをラッパが鳴ると同時に飛び起きて手早くやってのけ、作業服を着、靴を履いて三階から下に駆け下りて整列するまでが五分以内という忙しさである。
 全員が整列し終わると体操である。これがおなじみのラジオ体操ではなく「海上自衛隊体操」という独特の体操で、「誘導振前回旋後回旋体前倒陣躍体前屈伸」などという名前も動きもおそろしくややこしいものもあれば、普通「一、二、三……八」の号令でやるのが、六までしかない部分があり、号令を掛けない部分がありで、覚えるのに一苦労である。その号令も交替でやらされる。ウロ覚えの体操を続けながらの号令はもっと大変である。
 体操のあとは駆け足。作業服に革靴のままの駆け足である。我々より一回りも年長の班長が先頭を走る。軽い足取りに皆驚かされる。
 「班長はいい歳(いま考えるとそうでもないのである)なのに、やるもんだなあ。おれ負けそうだよ」
 小声で感心したり、ぼやいたり、卒業前後からグウタラをしていた報いで皆すぐ息があがる。
 門を出て町に出る。ダッ、ダツ、ダツと歩調を揃えた足音が朝もやの漂う通りに響きわたる。訓練にはお誂え向きだが我々にとっては不幸なことに、呉の町は坂が多い。教育隊は海の傍の低い場所にあるから、帰りが下りになるのが救いではある。
 距離は当初二、三キロに始まって、修業のころは六キロぐらいに延びたが、 一部の先天性駆け足苦手症候群の者を除いては、文字どおりの朝飯前になったのは、我々自身が驚いたくらいである。
 さて帰り着くと、休む間もなく外回りの掃除である。海上自衛隊では旧海軍以来の伝統で、寝室、便所、外庭その他を問わず、すべて「甲板掃除」と称する。空きっ腹を抱えて、
「こんなグラウンドを掃除するのに、なんで甲板掃除なんだろう」
 などと呟きつつ、せっせと箒や熊手を使う。
 雨の日には、体操の場所が廊下に変更になるだけで、後はすべてがなくなる。だから正直なところ、未明のベッドの中で雨音に気づいたときのあの幸福感……。
 待望の朝食は〇七〇〇からである。各班ごとに当番(「食卓番」と称する)が、バッカンと呼ぶアルミ製の四角い容器に入れて受け取ってきた飯、汁、おかずを、ホウロウ引きの食器に配食してくれる。
 食事の後、〇八〇〇の課業始めまでしばし休憩……の予二定になっているのだが、そうはいかないこともしばしば起こった。この呉教育隊にはいたずら好きのオバケが出没するらしく、我々が駆け足や掃除をしている間に、畳み方のきちんとしてない毛布を全部ひっくり返して回るのである。
 毎日、食事のあと寝室に一戻るのがビクビクものであった。
「お―い。やられてるぞ」
 誰かが叫ぶ。二段ベッドが所狭しと並べられた中で、そこここで毛布が無残にひっくり返されている。
「よもやおれの分は……」
 ……やられていた。畳み直しにかかったところへ班長の胴間声。
「ひっくり返された者は、毛布を全部抱えてビル内を上下一周して来い。急げっ」
 かさばる毛布を、あるいは担ぎ、あるいは抱きかかえて廊下へ出、建物の端に走る。毛布が邪魔して見えにくい足元を精一杯の横目で確認しながら階段を駆け下りる。 一階の廊下を反対側の端に走る。今度は上りである。手ぶらでも汗をかくのに、毛布で放熱面積が相当ふさがれている。汗が目に入る。やっと最上階の四階にたどり着き、またまた廊下を走る。
 階段を下りて寝室に戻る頃には、抱えた毛布に汗で顔型が付いている。息を弾ませながら畳み直しである。被害に遭わなかった同期生が気の毒そうに見ている。が、気の毒そうな表情の下に隠しようのない笑いが透けて見えている。
 ……なに、明日は我が身さ、いまに見てろ。
 〇八〇〇、課業整列。隊列を組んで講堂に戻り、昼食を挟んで、午後は教務に引き続いて夕食まで別課と称する選択体育である。
 教務には座学、陸戦教練、体育、カッター(短艇)訓練等のほかに実習、見学が含まれる。
 カッター訓練は、世間一般にあまり馴染みがないので少し説明を加える。
 カッターは本来、沖に停泊した船と岸壁を連絡するボートである。この頃ではエンジン付きのボート(内火艇)が使用されるので、ほとんどの船は搭載さえしていない。
 ずんぐりした木製のボートで、 一二人で漕ぐ。漕手は、両舷に渡した六枚の座板に二人ずつ並んで腰掛け、艇尾の指揮官(艇指揮)の号令に合わせて、エッシエッシと漕ぐのである。
 このオールがまた四メートルもあろうかという長大な代物で、太さも大人の腕ほどある。ただ端のひと握り分だけは水掻きの角度調節の必要上細くしてある。もちろん一人に一本である。
 さきに「座板に腰掛けて」と書いたが、正確には座板の端にちょいと尻をあてがうだけである。オールが水を捕らえたら、船底に少し斜めに取り付けてある踏ふ板に両足を踏ん張り、ほとんど立ち上がらんばかりの姿勢で、全体重を掛けてオールを引く。したがって座板は、後ろにひっくり返らないためと、オールをサツと前に突き出すとき、後ろから支えるためだけの存在である。
 オールのひと掻きごとに、尻のちょうど尾砥骨の辺りが座板の角にこすれてヒリヒリと痛む。そのうちに擦りむけて、白い作業服に血が滲んでくる。これを称して「ツツジが咲く」という。かつての海軍兵学校では、島の古鷹山に咲くツツジになぞらえて「古鷹ツツジ」と称したらしいのだが、呉では語呂のいいのが見当たらないらしく特別の名前はなく、ただの「ツツジ」であった。まぎれもなく古鷹ツツジと同科同属同種のツツジである。
 カッターは、海の男を鍛えるに絶好の手段と目されているらしく、この競技での優劣はほかの何にも増して重視され、カッター競技となると班長の目の色が変わる。
 腹筋運動に始まる基礎体力練成から、スタートをどの手でいくか、ターンはどうするか、作戦の検討もおさおさ怠りなく練りに練る。
 スタートの方法には「二段引き」「三段引き」などがあり、「二段引き」であれば、勢いがつくまでの数ストロークを「一、二、ソーレ、 一、二」と、小刻みに二度ずつ引く。「ソーレ(セーノでも何でもいいが)」はオールの返しである。
 だらしない負け方をすると、班長のご機嫌はすこぶる悪い。
「櫂立て!」
 皆は号令に従って、オールを体の前に直立させて捧げ持つ。横にしていたオールを号令一下、スッと立てるにはコツがいるが、このくらいはなんでもない。
「櫂支え!」
 これが大変なのである。長く重いオールを斜め四五度まで傾けてそのまま支える。疲労困憊の果てでもある。数秒で腕がブルブル震えだす。
 ……おれ、海の男はもういい。早く空の男になりたい。