翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

操縦基礎課程 ―― 館山 (1)

 列車を乗り継いでようやくたどり着いた館山は、自熱の炎暑にどっぷりと浸っていた。市街は呉の町よりは数段小振りながら、日抜き通りはいろんな店が立ち並んで、 一応商店街の体をなしている。
 何より目をむいたのは、女性の開放的な服装である。東京からの海水浴客でもあろうか、露出度満点の薄いワンピースだのショートパンツだの、呉で女っ気のない生活をしてきた我我にはひどく眩しい。ここからさらに海岸寄りに行くと、水着で通りを歩いている女の子もいると聞かされる。
「おい、ここは随分と楽しそうな町であると見たが、どうだ」
「同感だ、ご同役。胸ふくらむ思いである」
 風上への立ちションはかかるもの、アテは外れるものであるらしく、結果として私を含めた大多数が戦果なし、それも気配すらないままに終わったのであったが、それは後の話になる。
 さて、我々がこれからの一年を過ごすことになる館山基地は、館山の市街を抜けて数キロ南下した所にある。
 この基地は、ヘリコプター基地である。対潜ヘリコプター部隊の館山航空隊と、ヘリコプター乗員の飛行教育を行なう館山教育航空隊に所属するシコルスキIHSS ‐1型ヘリ、シコルスキIS i 55型ヘリ及びBELL ‐47G型ヘリが配備されている。
 これから我々が学ぶことになるのは館山術科教育隊で、航空関係の術科教育をほぼ一手に行なっている。(この一年ほど後に、この部隊での教育は飛行教育部門と我々航空学生の課程を除いてほぼ全部が同じ千葉県内の自井術科教育隊に移され、さらにこれが後年第三術科学校となる)
 基地は館山湾の南端に当たる位置にあり、海側に飛行場地区、ヘリポートとしては立派な規模のエプロン、滑走路が広がっている。飛行場に面して格納庫が並び、その背後に講堂や居住区、食堂、PXといった建物がチマチマと配置されている。庁舎は正門を入って少し左に行った所にあり、正面一段低くなっているグラウンドを見下ろしている。

 我々がここで受けることになる教育は、海上自衛隊パイロットとしての基礎的教養と体力、気力を身に付けるのが主眼である。教務は数学、英語、物理、体育といった普通学科、航空力学、機械工学などの専門学科、それに各種実習を含めての術科教育が加わる。そして柔道、剣道、ラグビー、サッカーの四種目に分かれての別課体育。
「ここが寝室、差し当たって荷物の片付けとベッド作りをやれ」
 我々はいくつかに分けられてそれぞれの寝室に案内される。呉でのそれと同様の鉄製の二段ベッドがひしめき合っている。いくつかのベッドはすでにシーツもピンと張ってある。
「おい、このベッドはもう作ってあるよ。おれ、ここがいいや」
「ばかもん、それはおまえたちの先輩のだ」
「え、先輩……」
 とんと考えが及ばなかった。ちょいと算数すればわかるはずのことである。先輩の二期生は半年前に入隊している。 一年間あるここの課程を、まだ半年残している勘定である。いて当然である。
「大変なことを忘れてたなあ……。この部屋で先輩と一緒に寝起きするのか」
 うそ寒い表情で顔を見合わせる。
 その夜の自習時間に、我々三期生と先輩である二期生との顔合わせが行なわれた。我々の自己紹介が終わり、次に二期生が一人ひとり自己紹介する。
 ……いかん。負けそうだぜ、こりゃ。
 残念ながら我々とは、腰のすわりが違う。ズンと背骨がとおっているし、眼光の鋭さが違う。たつた半年の先輩、年齢もせいぜい違って二歳ほどのはずなのにこの違いはどうだ。……ここの生活は余程いい磨き方をしてくれるらしいぞ。
 頼もしくもあるが、やや気後れしそうでもある。
 先輩、後輩の関係は予想と違って、ヘマをしでかしたり横着をきめ込んだりすると厳しく指導されたが、「ムリ偏にゲンコツ」といった理不尽な面は一切なく、暴力による制裁もほとんどなかった。ほとんどなかったということは、まれにはあつたということだが、そこはそれ、体育会系の生活でもあり、体力精力のあり余っている男ばかりの集団である。全然暴力沙汰がないという、そんなわけがないのである。
 ともかく、先輩は後輩を熱意をもつて指導し、後輩は先輩を敬愛しつつ従う、と同時にお互い切磋琢磨するという、ほぼそのとおりの関係であったと言っていいだろうと思う。
「いまだに先輩が怖いから、調子良いこと言ってんじやないの」
 そんな声がしそうであるが、キレイごとに聞こえたとしても、ホント、誓って本当。
 ただし、基地全体の行事などを除いて、教務、研修、自習、講堂の掃除などはすべてそれぞれの期ごとに独立して実施され、先輩期と一緒になるのは別課とそれに続く食事、自習開始までの自由時間、消灯前の寝室の掃除などの時間に限られていた。つまり、我々の指導に関して教官と先輩の領域が明確に区分されていた。