翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

操縦英語課程 ―― 奈良 (1)

 うだるような暑さの中、我々一行は、奈良市郊外法華寺町にある航空自衛隊幹部候補生学校に到着した。
 もちろん航空自衛隊の幹部になろうというのではなく、ここにある操縦英語課程で学ぶことになるのである。
 ただし、同期生全員ではなく約半数である。あとの半数は、ここの収容能力の関係で、ひとまず横須賀の第二術科学校に行き、我々先行組の一部がここから次の課程のある小月に移動し、ここの施設に空きができた時点で、移動して来ることになっている。
 ここの課程は、検定合格をもって修了とされ、約一ヶ月の間隔で一四、五名のクラスを編成して次の課程に送り込む仕掛けである。したがって遅いクラスになると、次の課程に行ったときは早いクラスがすでに修業して次の部隊に移動しているということになり、事実、以後何年も顔を見ないままに過ぎることになった同期生も少なくなかった。
 さて、課程開始に際して素養試験がある。
 なんと、この試験の成績上位の者はこれだけで課程修了、十数名がそのままホイホイと小月へと出発して行った。素通り同然である。
 残りの一部も合格扱いで、たまに教務らしいものがあるくらい、あとは自習だの周囲の草刈りだのに終始する毎日である。
 私もこの中に入って約一カ月、小月への出発待ちをすることになったのだが、なんのことはない、ここは次の課程への間隔調整の役目もしているようなのである。

 館山での生活は、教官、先輩の目がそこかしこに光っていて、それなりにきちんとしていたのだが、ここでは海上自衛隊の幹部もいるにはいるが、ほんの二、三人、あとは航空自衛隊の人間ばかりである。
 当時の意識では、航空自衛隊の幹部は完全に「よその人」で、教官であろうと中隊長であろうと怖くもなんともないという感じで、特に教務がないこともあり、すっかりタガが弛んでしまった。
 草刈り作業に駆り出される。芝刈り機も草刈り機もない時代、鎌を使っての作業である。暑い夏の真っ盛り、それに作業がクソ面白くない草刈りときては、真面目にやっていられない。かといって、あからさまにサボるとうるさく言われるので、少し刈っては鎌を研ぐ。一休みしてまた少し刈る。また鎌を研ぐ。草刈り三分、鎌研ぎ一〇分、休憩一〇分といつたサイクルである。
 それでも炎天下のこの作業は好きになれなかった。しかし鎌を研ぐ技術だけは、相当以上に上達した。
 構内にある官舎地区の草刈りに動員されたこともあった。このときは、ある官舎の軒下にイチジクの木があり、ちょうど食べ頃に熟れた実がたわわになっていたので、皆でうまいうまいと一つ残らず食ってしまい、
「国有財産を無断で食うとは、なんという奴らだ」
 と大目玉を食った。イチジクの実が国有財産とはまた大層な言い様である。一同笑いを噛み殺すのに苦労した。
 夜遅く数人で酔っ払って外出から帰って来たら、警衛の空士に道路いっぱいに広がって歩いて来たことを注意され、何を生意気なと逆ねじを食わせ、すったもんだのあげく当直の教官が出動、そこでまたひと揉めあってなんとか収まったが、翌日、思い切り長いお説教を食ったこともあった。
 そればかりか、その日は何事もなかったので、当直学生が日誌に、
「今日は上官侮辱罪の発生もなく、平穏な一日であった」
 と書いたら、またまた叱られた。