翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

基本操縦課程「前期:T-34」―― 小月 (3)

 教官はほとんどが航空自衛官で、海上自衛官の教官はほんの一握りである。
 その中で私は海自の教官に当たった。石井金作一尉である。大戦生き残りの猛者で、その名残りの傷跡が額にあって一見怖い印象であるが、教え方は厳しいがツボをきっちりと押さえて几帳面である。
「ここではプロペラのトルクの影響が出るから右足を踏み込む、そこで……」
「ドカン!」
 後ろのテーブルから大きな音が響く。
「違う!操作の手順も諸元も覚えてないで操作ができるわけがないだろうが!」
 怖いと評判の空曹教官である。ドカンという音響は、操作を説明するための鋳物でできたメンターの模型で机を叩く音である。そっと横目で見やると、学生は縮こまって上目づかい、情けない顔をしている。
 ……あ、やってる、やってる。机だからいいがあれが頭に来たら痛いだろうな。
 思わずクスリと笑ったら、石井教官に目敏く見つけられ、
「教官の説明中に笑う奴があるか。どうやらあの学生は萎縮するタイプだな。おまえはふてぶてしいからちょうどいい。担当を代えよう」
 とんだ藪蛇、私は決してふてぶてしくはないと自分では思うのだが、誤解されて担当を代えられてしまった。が、鋳物のモデルプレーンで頭を割られることもなく、怖いとか理不尽とかの思いをすることは一切なくて、教え方はわかりやすく、私のフライトは順調に進んだ。あの教官は、怖い教官だったかも知れないが、立派な腕の良い第一級の教官だったと今でも思っている。
 川本教官。私の記憶に誤りがなければ空自航空学生の二期生である。

 飛行教育の最初の段階は上昇、降下、旋回、速力変換などの基本操作と、失速からの回復操作の訓練である。
 失速訓練は、離陸上昇中、着陸のための進入中、旋回中などを想定したいろんな手順が決まっている。
 グーッと機首を引き上げる。速度が見る見る減ってくる。機首が下がろうとする。更に操縦桿を引いて機首を保つ。そのうち機体にガタガタと振動が出始める。バフェッテイングと呼ばれる失速の前兆現象である。
 いきなり操縦桿の手応えが消え、機首がガタンと落ちる。失速である。素早くパワーを加えて、機首を水平よりわずかに低くして機体が加速するのを待つ。ある程度の速力がついたら、高度が下がらないように機首を支えながら加速させる。脚やフラップを出している場合は空気抵抗を少なくするために、手早く上げる。
 通常の速力まで加速したら、パワーを通常の値まで絞る。失速からの回復操作はざっとこんな具合である。
 メンターはその名(「良い指導者」の意)のとおり、クセのない優秀な練習機で、失速に入っても機首が真っ直ぐに下がるだけで、左右にガクンと傾くようなことがない。だからこんな簡単に操縦できる飛行機はない、などと教官は言うが、ことはそう簡単でない。
 バカだのボケナスだの、もう諦めて故郷に帰れなどと、罵詈雑言の限りを浴びせられつつなんとかできるようになると、次はアクロバットである。
 ループ、スピン、レジーエイト、スローロールなどの科目がある。
 ループは、いわゆる「宙返り」で、一定の速力まで加速して、機首を引き上げる。水平線が次第に下方に去り、機体が垂直になるころから見えなくなる。
 一刻も早く水平線を見るために首を痛いほど後方に反らして操縦桿を引き続ける。目玉は思い切りの上目づかい、自然と口が開きあまリガールフレンドなぞには見せられない顔だが、こちらは懸命である。
 背面近くでやっと反対側の水平線が見えてくる。機体がどちらかに傾いていたら背面で水平に直す。早く水平線を見ようとするのはこのためである。
 機首を上げて行く速度が早すぎても遅すぎても、完全な円にはならない。無事に終わって、うまくいったと鼻をうごめかせていると、
「なんだ、今のは。おまえの発明した新種目か」
 などとやられてクサることも度々である。
 スピンは「錐揉み」のこと。パワーを絞り切った状態で舵を一杯に使うと、ストンと機首が落ちて、機体は真っ逆様になってクルリクルリと旋転しながら落下する。やおら舵を中正にして、速度をつけてから機首を引き上げて回復する。
 これは、下から見ると肝を冷やす科目だがなかなか楽しい。
 レジーエイトは、旋回しながら機首を持ち上げ、次いで機首を下げ旋回を切り返して同様に操作することで、結果として、機首を使って水平線上に横に寝た8の字を描く。機首角度とバンク角を連続的に変化させねばならず、最初のうちはまるで形にならない。
 スローロールは直訳して「緩横転」と呼ばれ、機軸線を保ってゆっくり横転する科目である。バンクが九〇度に近くなるにつれ方向舵と昇降舵の役割が逆転するのと、九〇度を超えて背面状態に入ると操縦桿の操作と地表に対する機首の上下が逆になるので、混乱しやすい。
 混乱してしまうと自分でも何が何だかわからなくなって、飛行機の動きも何が何だかわからない動きになる。