翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

基本操縦課程「後期:SNJ」―― 鹿屋 (4)

 SNJ初のソロフライトを終わるとアクロバットのステージに入る。ループなどメンターで習った科目のほか、バレルロール、インメルマンターンその他が加わる。
 バレルロールは、バレル(樽)の名が示すように、転がった樽の胴を横転しつつ一周するイメージである。まず右か左真横に雲や山などを目標に定め、機首を持ち上げつつ横転に入る。機首方位が九〇度変わった時点、つまり先に確認しておいた目標に向いたとき、機体はきっかり背面、機首角度は水平である。さらに横転を続けつつ機首を下げて速力をつけ、やおら水平にまで引き上げて、操作開始時の進路・速力で横転を終わる。
 バンクを入れつつ「ヤッ」と機首を持ち上げて、真横に見えていた目標に向かつて背面でかぶさって行くのはなかなかの快感である。
 インメルマンターンは、おなじみのループの頂点の背面の状態から一八○度横転して正常な姿勢に戻るもので、Uの字を横にしたような航跡になる。頂点の部分で横転できるだけの速力を残さねばならないので、そのぶん引き起こしを早くする必要があり、かなりのG (重力加速度)がかかる。
 前夜の外出の際の酒(もちろん違反である)が残っていたりすると、てきめんにブラックアウト(網膜の血液が下に下がって日の前が暗くなる現象)に見舞われることになった。
 編隊飛行は、ここで初めて体験する。
 各個に離陸した飛行機が、ある地点で会合して編隊を組むのを「ランデブー」という。一定の速度、一定のバンクで旋回している編隊長機に対してこちらも同じ速力で、旋回の内側から旋回半径の差とわずかな針路の差を利用して近接して行くのである。教官がやると、パワーなどまつたく使用しないままスーツと寄って行ってピタリと定位置で止まる。我々がやると、最初のうちは躍りかかる勢いで近づいて肝を冷やしたり、あれよあれよと遠ざかる編隊長機をうらめしげに見送ったりということになる。編隊長機役のとき、近づいてくる学生操縦の列機を見守るのはもつと心臓に悪い。体当たりされそうで、思わず逃げ出しそうになる。
 ランデブーがそれなりにできるようになり、編隊長機の動きについて行けるようになると、時間があっという間に過ぎるほど面白くもある。
 計器飛行もここで初めて経験する。
 外を見ないで計器だけに頼っての飛行なので、頭上にスッポリと幌をかぶっての訓練である。したがって見張りの必要上、教官が前に学生が後ろに乗る。
「いつも真っ先に敵を見つけた日本一の見張りが前に乗っておる。安心して操縦に専念しろ」
 教官はそんなことを言うが、安心することと科目ができるできないはどうやら別物で、エッ、アレッという間に機体は傾き、針路はあらぬ方を向き……。
 人間の五感などはあてにならないもので、その五感が邪魔をするのである。旋回する。終わって針路を戻す。とたんに体が反対方向に回り出した感じがする。そこで反射的に逆にバンクをとつてしまう。飛行機はグラグラ、ヨロヨロ。それでも次第にこなせるようになるのだから、訓練の成果はおそろしい。
 最終段階が航法訓練である。極めて初歩的な手順で、単純なコースを飛行する訓練であるが、操縦桿を操りつつの地図とのにらめっこは、けっこう骨がおれた。

 ソロ飛行が許可された後の各ステージでは、計器飛行を除いて、合間にソロ飛行が入る。
 つまり自習である。そのソロ飛行ではいろいろなことが起こる。
 私の例。
 アクロバットステージでのソロ飛行でのこと。本来は禁止のスピンを試みた。逆落とし状態で一回半旋転したところで、回復操作を行なう。(フィギュアスケートの四回転に比べるとささやか過ぎるようだが、これ以上旋転落下を続けると、旋転が止まらなくなったり、速度がつき過ぎて引き起こしで空中分解ということにもなりかねないのである)
 オイオイ、止まらないぜ。もう一度……まだ止まらない。下方の畑が、渦巻き模様を描いてみるみるせり上がって来る。背筋が冷やっこくなる。
 大きく息を吸って、もう一度。操縦桿を思い切り前に突き出すと同時に、旋転方向と反対側の方向舵を思い切り蹴飛ばす。ようやく止まった。
 機体に過大な力がかからないよう、だましだまし機首を引き上げながら太い息をつく。火がついたように顔が熱くなり、汗がドッと吹き出す。着陸してから、後席に何か貼り紙がしてあるのに気がついた。
「回復特性不良につき単独飛行でのスピン禁止」
 どうせなら前席に書いておいてほしいね、こういうことは。お陰で危うく死ぬところだった。でも、ソロでは禁上の科目をやったバチ、だれに尻の持って行きようもなく、口にチャックをした。
 ある同期生の例。
 同じくアクロバットでのソロ。まずはループを試みる。機体が垂直になった辺りで失速が来て、失敗。もう一度、同じく失敗。エイクソッと、Gで目の前がうす暗くなるのも構わずバカ力で引き起こしたが、またまた失速。とたんに無線で、
「そこのソロ!脚を出したままで何をやっとるか―」
 ゲッ、ソロ機の見回りに出ているパトロール教官の声。帰ったときはすでに教官、学生全員に知れわたっていて、思いっきりの大目玉。
 このSNJの脚レバーは、上げ、下げそれぞれの位置で切り込みに入るようになっている。
 レバーの頭をグイと引いて操作し、手を放すとカチンと切り込みに入る仕組みである。ときに手を放す位置が半端だと、上げたつもりの脚がいつの間にか出ていたということがある。
 同様の失敗が私にもある。これは教官同乗。
「インメルマンターン、いきます」
「はい」
「引き起こし不足でした。もう一度やります」
「うむ」
「教官、うまくできません。もう少し強く引いた方がいいんでしょうか」
「あったり前だ!そんなお嬢さんみたいな操作でうまく行くわけがないだろう!見てろ!」
 ……あれ、教官もですか。
 もう一回……前に同じ。
「……なぜだ。妙だな。今日はちょつと調子が悪いな……」
「あのう教官、脚が……出てます」
「ん?あ、そのようだな。じゃ、次の科目いってみようか」
 このときは、全然叱られなかった。(脚の状態は、後席の計器でも確認できるのである)