翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

計器飛行課程「SNB」― 上石国 (2)

「いいか、見ておれよ。ハイ一〇秒、三〇度旋回したな。ハイ一五秒、高度一二五フィート上昇した。ハイ二〇秒経過、六〇度旋回、ハイ三〇秒、九〇度、二五〇フィート……」
 教官は、計器を読み上げつついとも楽々とやって見せる。その手の動き、目の動き、頭の回転、最初の内は、とてもじゃないが自分にはできそうもない気がしたものであった。
 それでもなんとか形になってくると、これに緊急処置が入ってくる。今日は我ながらうまくいくね、などといい気になっていると、突然エンジン音が静かになり、回転計の針がスルスルッと下がる。すわ何事、キョロキョロ、そこら中を見回すがわからない。
 速力が見る見る減ってくる。焦る。
「ばかもん。エンジンが止まったら、まず燃料コックを見る。教えたばかりだろうが!」
 SNJと違って、こちらはすぐ手の届く隣の席に教官が座っている。ヘマをやるとしばしば手が飛んでくる。
「なにやってるんだ!」
 教官が手を上げる。首をすくめて目をつぶる。来ない。教官、思いとどまってくれたか、と目を開けたとたん、ビシッと来た。待ってたんだ、テキもさる者である。
 電気系統の模擬故障がいちばんタチが悪い。飛行機の電源系統は、古来あまり変わっていなくて、電源から各機器や計器には、過電流が流れると自動的に飛び出すバイメタル式のサ―キットブレーカーを介して配電している。教官は、学生が操作に熱中しているのを幸い、これをこっそり引っこ抜くのである。あるいは、
「ほら、上昇が遅れているだろう」
 などと、手に持ったメモ挟みなどで計器をつついたりして、その陰でそっとスイッチを切るてもある。それまで聞こえていた他機の交話が聞こえなくなる。これは無線機を切られたのである。言うのは簡単だが、案外に気がつかないものである。
 特に計器の場合、ストンと針がゼロに戻るタイプはまだいいが、そのままの位置で動かなくなるタイプもあるので始末が悪い。
 五感を総動員して飛行機を操作しつつ、エンジン計器、無線機その他の搭載機器の状態に目を配るなどは至難の技である。当然、対応策も生まれる。
 学生は一機に二人が同乗する。一人が訓練している間は、もう一人は後部の席で見学である。これをそのままにしておくのはムダというものである。そこで彼が教官の監視役に当たる。
 教官の手があらぬ方にそっと伸びる。鵜の目鷹の目、監視していた後部席の学生は、教官に気づかれないように、操縦している学生のショルダーハーネス(一肩ベルト)をツンツンと引くのである。
 芸の細かい向きは、無線系統なら一回、エンジン計器なら二回などと、模擬故障箇所までわかるよう取り決めていたらしい。
「ぬ、来たか。さて、異常はどこだ」
 まるで知らないでいるのとは、発見に至る速度、確率が違うのは当然で、成績も上がるはず……なのだが、どうやら教官は百も承知、というのが真相であったようである。
 当然といえば当然、教官も「学生のナレの呆て」だった。

 当時の航法援助無線施設と言えば、ADF (電波を受信することで局からの方位がわかる)が唯一無二のものであったといって過言ではない。
 現在ではほとんどどこの飛行場にもあるTACAN (局からの方位と距離がわかる)、V0R (ADF同様方位がわかるだけだが、VHF[超短波]を使用している関係上、通達距離、信頼性に格段の差がある)などもあるにはあったが場所がごく限られていて、一般的でなかった。
 また計器気象状態での着陸のためのものでは、GCA (地上レーダーの誘導で進入着陸する)はかなりの飛行場に設置されていたが、ILS (地上からの電波で進入方位、進入角度がわかる)などはどこにもなかった。
 したがって当時の計器飛行方式による航空路航法は、ざっと次のようなものであった。
 ①ADFによる方位、速度と時間で推測した距離をもとに、定められた計器出発方式にしたがって出発する。
 ②ADF局をたどって、局上通過、通過高度、次の局上通過予定時刻などを通報しながら目的地まで飛行する。(少々コースを外れても、だれも知らないから平気)
 ③GCAの誘導によるか、①と同様に許可された進入方式で進入、着陸する。

 これが、現在では次のようになる。
 ①TACANなどで方位、距離を確認しつつ定められた計器出発方式にしたがって出発する。
 ② ADF、VOR、TACANなどを活用して自機の位置を確認しながら目的地に飛行する。(位置、高度は地上レーダーで確認されているので通報の必要はなく、飛行するにつれて管制を担当する地上局が変わるとき、チェックのための交信を行なうだけ。ただし、いつも地上からお見通しなので、高度やコースを狂わせるとすぐさまお叱言がくる)
 ③ GCA、ILS、TACAN、ADFなど状況に応じて選択し、許可を得て進入、着陸する。

 当時の計器飛行方式による飛行は、航空機の側にとっても楽なものではなかったが、これを管制する側にとっても難しい点が多かったのは当然である。
 現在はレーダー管制で、各機の位置、高度をスコープ上で読み取りながら管制しているが、当時は機種によって異なる速度、上昇率から安全上必要な間隔を設定する必要があった。その上、航空機からの位置通報で確実有効なものは唯一局上通過の時点のみということで、出発機、到着機の管制は今では想像できないほどまだるっこいものであった。