翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

計器飛行課程「SNB」― 上石国 (3)

 ともかくも、最終段階の航空路航法にまでたどりついた我々。
 朝、前日夕刻のブリーフィングで示された、一案、二案ほどの飛行計画をもって気象室に行く。基地、目的地、飛行経路の気象実況を調べて、どの案にするかを決定、上層風を確認して所要時間を算出する。
 教官にそれらを報告し飛行計画書に署名をもらって、気象予報官に所要の気象データを記入してもらう。岩国の場合は、気象予報官は米海兵隊の隊員でつまリガイジンである。
 そこはそれ、書いた物なら私でも理解できるから、彼の口頭での説明はアイシーとアーハンを適当に使い分けて聞き流し、サンキユウでしめくくるだけのことである。
 次いで運航当直士官(海軍関係ではODO、空軍関係ではAOと呼ぶ)に飛行承認のサインをもらって、飛行機に乗り込む。
 エンジンを起動し、タワー(管制塔)から許可をもらって地上滑走、暖機運転を終わって、ATCクリアランス(管制承認、つまり飛行許可)を要求する。だいたいこの辺りまでは、いつも順調である。
 問題はその先で、先行機、上空通過機、着陸機などとの間隔設定のため、ATCクリアランスが往々にして遅れるのである。先に述べた管制器材が不備なせいもあり、民間機もプロペラ機の時代なので、軍用ジェット機を除くすべての航空機が一〇〇〇〇以下、最高でも一五〇〇〇フィート程度の高度を使用するせいもある。
 三〇分、一時間……待てど暮らせどクリアランスは来ない。尻が痛くなる。二時間、まだ来ない。ついに燃料が足りなくなり、エプロンに戻って搭載して出直し、更に待ってようやく出発ということもあった。
 目的地は、東は大阪(伊丹)、小牧(名古屋)、浜松、北は美保(米子。近すぎるので遠回りして行った)、西は大村(長崎)などが多かった。

 昭和三十七年(一九六二年)二月初頭。
 航空路航法の最後の仕上げは、厚木基地に進出しての八戸、松島、新潟など東日本の飛行場への飛行である。
 当時の厚木は米海軍の専用基地で、米海軍の兵舎に米兵と同じ寝室に寝泊まりしての訓練である。見上げるような連中ばかりの中に入っての生活は、なにやら自分が小さくなった気がする。話は半分ほどしか通じないし、シャワーを浴びるにもヘンな所に注目されているようで落ち着かない。さんざんではあったが、わからないなりのバカ話、タバコやビールなどの余録もあって、まあそれなりに楽しくなくもなかった。
 数日間の滞在も今日で最後という日のことである。飛行計画を提出に行くと、気象予報官が「昨日、海上自衛隊機の事故があった」と言う。
「機種はなんだ」
「わからない」
「で、死傷者は」
「一四人死亡したそうだ」
 P2V-7の乗員数はたしか一二人である。それより沢山乗っていたとするとR4Dだろうか、いやP2Vにも一四人くらい乗ることもあるんじやないか、などとあれこれ想像を巡らす。結局わからずじまいで岩国に帰投し聞いてみると、昨日、つまり二月六日、鹿屋のSNJが霧島付近の山腹に衝突、教官、学生の二名が死亡、同じ昨日の夕方、八戸基地のP2Vが八戸沖の海上に墜落、一〇名が死亡したとのことであった。
 死者一四名の誤報は、P2VとSNJの定員を単純に足しただけと想像できたが、同時にもたらされたこの二つの悲報は、我々を大いに驚かせた。
 特にSNJで殉職された教官が西條徹教官であったことは、私にとって衝撃であった。西條教官は、「虎の西條」の異名のある猛烈教官であったが、私の乗ってもらった、一、二度のフライトでは磊落で明るい印象しかなく、外出先で親しく声を掛けてもらったこともあり、怖いというより親しみを感じていただけに、哀惜の思いを禁じ得なかった。
 航空事故というものを初めて生々しく身近なものとして感じた事件であった。

 修業式。
 この日、二等海曹に昇任。
 教空団司令官から、桜と錨に翼のついた金色に輝くウイングマークを胸に付けてもらう。
 これで外見は一応パイロットであるが、実はこのあとVP (P2V-7)、VS (S2F‐1)及びHS (HSS‐1)の二課程にわかれての実用機の課程が残っている。私はVP課程ということで鹿屋にある二〇三教空に行くことになった。
 VS課程に行く者は二〇四教空(徳島)、HS課程に行く者は二一一教空(館山)と、それぞれに分かれての旅立ちである。

 VP、VS、HSSなどと出所不明のアルファベットの組み合わせが出てきたので、一応の説明を加える必要がありそうである。といっても、O一五七とか狂牛病のウイルスと同様、これがそもそもいつ、どこから出てきたのかがよくわからないのである。だれに聞いてもはかばかしい返答が得られないのである。昔からそうなのである。
 ということで、俗説、風説、揣摩憶測とり混ぜた有力説と思われるものを紹介しておく。(これをウケ売りしたい向きは、「よくは知らないが」とかなんとか枕詞をかませておいた方が無難である)
 まず「V」は、米軍において、飛行機を空気より重いか軽いかに分け、重い方に付けた符字なのだそうである。軽い方は飛行船のたぐいであるが、その符字は、となるとよくわからない。「P」はPATROL(哨戒) のP。「S」はおそらくSERCH & ATTACK (捜索・攻撃) のS。「H」はHELICOPTER (ヘリ) で決まりである。
 してみると、ここでの課程名「VA」のAは、ABCのAつまり、実用機の初歩の初歩といった意味なのかも知れない。