翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

訓練・戦術・応急出動 (3)

「テント設営にかかれ」
 今夜寝るテントを張る。それも並のテントではない、パラシュートを使ったテント。
 古いパラシュートが、各チームに渡される。緊急脱出用のパラシュートは、意外に大きい。広げると直径一〇メートルにもなる。
 浜の松の木を利用したり、長い棒で骨組みを作ったり、チームごとにアイデアをこらしての作業の結果、惨めったらしいが滑稽でもあるインディアン村が出現する。
「各チーム、夕食の材料を受け取りに来い」
 さあ、いよいよ飯だ。え、サバイバル訓練じゃなかったの、という疑問も出るが、この訓練、多少はレクリエーション的な面も持っているのである。
 材料は、訓練担当幹部の意向ひとつで、ブタ汁であったり、ライスカレーになったりする。ただし、それは材料の話で、ブタ汁の材料でカレーを作ろうとその逆であろうと勝手である。意図してのことか偶然そうなったかも問題にされることはない。飯はめいめいハンゴウで炊くときもあるし、大釜でまとめて炊くときもある。
 いつのときにも出てくる定番の材料は、ニワトリである。鶏肉じゃなくてニワトリ、それも生きたままのが、一チームに二羽か三羽。
「遭難したっていうのに、なんでニワトリが出てくるんですか」
「山で捕ったのさ。ニワトリじゃなくてヤマドリ」
「近くの農家から盗み出したという想定では……」
「バカ、農家があればそこに泊めてもらう」
「そうですね。でも、布団が十何組もあるかどうか」
「そのときは頼み込む。なんとか機長のおれだけでも……」
「私、このチームから抜けさせていただきます」
 げっ、首のないニワトリが走って来た。どこのチームだ、逃がしたのは。

 冬。
 冬のサバイバルの主眼は、なんと言っても寒さの克服である。したがって南国鹿屋では訓練にならない。訓練は、手近に寒い、それも滅法寒い場所を求めてやる。
 霧島えびの高原。
 地球が温暖化したといわれる今はどうだか知らないが、当時は厳冬期には最低気温がマイナス一五度、それ以下になることもあった。訓練好適である。
 鹿屋から約二時間。えびの高原は霧島屋久国立公園の中にある。草木の伐採はもとより、いろいろ制限もあるが、管理事務所にはそれらを守る旨を約束して、冬の無人のキャンプ場を使うことで了解を得てある。チェーンを巻いた車両で進出、早速訓練にかかる。
 強い紫外線から眼を守る工夫、凍傷の防ぎ方、棒とジャンパーなどを使う急造のタンカの作り方など実演を交えたレクチャーがある。
 「今から各人で雪の中を歩くためのカンジキを作る。それで五キロばかり山の中を歩いてもらうので、いい加減に作ると自分が困るぞ。これが材料」
 訓練担当幹部は、どこでどう工面してきたか、太いアケビの蔓をひと抱え持ち出して来て皆に配る。アケビの蔓を輪にして、中央に棒を渡してナイロン紐でしっかりと縛る。
 このナイロン紐は、パラシュートの傘に人間を吊り下げる細紐のなれの果てである。この紐が、伸縮性があるので結び目が緩みやすい難はあるが、きわめて有用なサバイバルグッズになる。靴紐代わりになり、命綱、カンジキ、タンカ、小動物捕獲用の罠などを作るのに重宝するし、洋上ではいろんな品物を波にさらわれないようボートに結んでおくのにも使う。
 さて、出来上がったカンジキを、きっちり靴に縛り付ける。
「出発」
 積雪はおよそ二〇センチ、林の中の道なき道を踏み分けて進む。
 出来の悪いカンジキにふらつく足元を踏みじめながらの行軍である。一キロも行かないうちに不器用な者のカンジキは、ガタガタになってくる。紐を締め直してまた進む。
 日中で気温はマイナスニ、三度というところか、身体は熱いが、手足の末端はジンジンと冷たい。
「凍傷防止には、靴の中で足指を動かす。感覚がなくなってきたらマッサージ、それも雪でやると効果が大きい。さきほど教わったな。今日あたりは油断すると本当に凍傷になるぞ」
 脅かされたりしながら、歩きに歩いて野営地に帰り着くと、パラシュートを使ってのテント作りが待っている。
 青森のような雪の多い土地では、雪に穴を掘って寝る訓練をやることもあるが、ここでは雪が足りないのでテントである。やはリパラシュートを使ってのテント。夏と違って、冬の場合は寒気と換気に対応する工夫が必要である。出入り口とその反対側に焚き火の煙の抜ける口を開け、円周の残りの部分には、裾に雪を乗せてピッタリ塞ぐ。
 内部の真ん中に炉を切って、火が起こる頃、夕飯になる。
 テントの中では、めいめいエアマットを敷いて寝袋で寝る。真ん中の炉では焚き火のおきが、カンカンとおこっている。まあまあ暖かいが、困るのは、凍っていた地面が熱で解けてぬかるみになることで、寝袋がエアマットからずれたりすると、ぐっしより濡れてひどく寒い思いをする。
 炉の残り火のせいで一酸化炭素中毒になることもあるので、寝ずの番をおいて定期的に煙出し口を開いて換気をする。
 こんな寒い思いをする冬のサバイバル訓練も、場所の条件に応じて、メニューにスキー訓練やスケート訓練が加えられて、楽しい思いをすることもあった。
 えびの高原では、付近の白紫池という小さな湖が氷結して、天然のスケートリンクになったものだった。いまではもう昔がたりになってしまっているだろうか。