翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

訓練・戦術・応急出動 (4)

 耐寒耐水服というものについて少し書く。
 昭和四十年代前半、どこの誰の考案になるものか、耐寒耐水服というものが現われた。冬の海で遭難すると、冷たい海水に体温を奪われて、腹が減ったなどと言う間もなく凍死する。水温が零度近くにまで低下する北日本周辺では、分単位の時間が救出の成否を分ける。
 耐寒耐水服は、水中に入っても海水が衣服の中に浸入することを防ぎ、生存可能時間を長くする目的で開発された。主眼はもちろん耐水である。
 最初に出現したのは、ズボンと上着とが分かれたセパレーツ型で防水キャンバス製である。
 ズボンには靴が接着してあり、手首と首回りはピツタリ締まるようゴムでできている。手首はまだしも首はそのままでは苦しいので、通常はそこに針金の輪を入れて、ゆとりを持たせるのである。
 上着とズボンの腰の部分には数十センチのゴムのフラップがついていて、上下の二枚を重ね合わせてぐるぐる巻き込み、水が入らないようにする。秀逸なのはオシッコ用の装置で、長い封筒状のゴムのチューブである。これをたくし上げて用を足し、きちんと巻いて止める仕組みである。
 そこまで製作者が考えたかどうかは不明だが、その面倒さを考えただけで多少の尿意は引っ込んでしまうほどのものである。
 第二世代のものはワンピース型、つまリツナギである。服の正面に斜めに長い切り込みがあり、そこに袋の口のようなゴムが付けてある。ここから身体を入れて着用し、この袋の口を丁寧に何回も折り畳む方式である。靴、手首、首回りは前作同様である。
 いずれにしても、面倒で、重くて、動きにくい代物であった。
 やがてウオータータイトのジッパーが出現して、簡便性、運動性が飛躍的に向上する。これが現用のもので、素材や、靴が服と一体化になっているのと、手首と首回りがゴムであるのは前二代の先輩と同様である。しかし、着るにはジッパーを下げて着込む、上げておしまいという簡便さであり、動くにもそれほど違和感がない。オシッコもジッパーの上げ下げで事が済む。
 寒さの厳しい日には、飛行服にジャンパーでいるより、風を通さない分むしろ暖かで好まれた。首回りもゴム製でビッチリしているが、それはジッパーをいっぱい上まで引き上げたときの話で、通常は上まで閉めないでおき、いざというときに閉めればいいのである。
 これを着て縫い付けのフードを被り、同じ素材のミトン(すねの脇のポケットに入れてある)を着けて水中に入ると、かなり低温の海中でも相当時間耐えることができる。それに、服の内部の空気のせいで幾分の浮力も確保できる。
 P‐3では少し事情が違って、耐寒耐水服は機内に搭載しておき、緊急の際に取り出して着用するやり方である。
 したがって耐寒耐水服も運動性は度外視して、防水と保温を重視している。着込んだが最後、転んだら一人で起き上がるのに苦労するほどのバルキーなもので、まるで縫いぐるみの中に入ったような感じである。しかし、ちょつとやそっとの寒さは平気、水もなかなか通るまいという信頼感はある。