翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

訓練・戦術・応急出動 (10)

 最近聞かなくなったが、昭和四十年代には「人工降雨」のための災害派遣が少なくなかった。毎年夏になると、どこかから派遣要請が来た。私自身が機長として出動した記憶のあるものだけでも、鹿児島県長島、奄美大島、天草諸島、大分、山口県地方などがある。
 P2Vで行なう人工降雨は、もう少しで雨になりそうな雲の中に水を撤いて刺激してやり、雨を降らせようというものである。
 水は胴体下の爆弾倉内に吊した増槽タンクに搭載する。増槽タンクは、繭のような形をした容量三五〇ガロン(約一・三トン)のもので、二個搭載できる。タンクはバルブで水を外に放出できるよう、配管を少しばかり細工してある。
「今日は有望な雲があります。お願いします」
 現地の山口県庁から電話が入る。それっとばかりに飛び出す。
「有望な雲」とは、積雲系の塔状に発達した雲で、専門用語で塔状積雲あるいは積乱雲、平たく言えば入道雲である。
 これがにょきにょき出るようなら、放っておいても雨になるのであるが、一つや二つではいつの間にか崩れ去って消えてしまう。行って見るともう消えていた、ということもある。
 現地上空に着く。あるある、山沿いにまあまあの積乱雲がある。
「行くぞ。準備よければ知らせ」
「後部、準備よろしい」
「今から雲に入る。皆気を付けろ」
 積乱雲そのものが乱気流の産物だから、雲の中に入ると飛行機は木の葉のようにもみくちゃにされる。パイロットは、積乱雲には間違っても入ってはいけない、止むを得ず入るときは、移動物は固定し、全員シートベルトをつけさせ、パイロットは雷に目をくらまされないようにサングラスをかけるなど、準備万端整えたうえで入るように教育されている。ここでは、積乱雲を探し求めて飛び込もうというのだから、ちょっと矛盾はある。しかし、乱気流がひどいほど雨になる可能性も大きいわけで、楽しみでもある。
「放水始め」
 放出された水は文字どおり雲散霧消するが、散り散りになった水滴がそれぞれ雨粒の核になって、本格的な雨を降らす、はずであるという目算である。
「放水止め」
 雲の周りをひと巡りして、
「様子を見に入る。またガブルぞ」
 少し高度を下げてもう一度雲に入る。細い糸のような雨が風防を伝い始める。
「降るかな。それとも、これじや下界までとどかないか」
 などと話し合いつつ、雲から出て帰途につく。
 飛行隊に戻ったとたんに電話。
「降りました、降りました。三ミリです。お湿りになりました。本当にありがとうございました」
 たったの三ミリ。いや待てよ、一平方メートルに三リットル、六畳間に三〇リットル、悪くないが焼け石に水の量ではある。
 しかもこれが私の唯一の成果、あとはパラリと降った話すらない。
 ま、大体がこんなもので、残念なことに実際に顕著な効果があった例はほとんど聞かなかった。それが出動要請がなくなった理由かも知れないのだが。