翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

派米訓練――ハワイ (2)

 最後の二機が到着して派遣部隊全員が揃い、目前に迫った新年に向けて仕事と遊びの両面で忙しいスケジュールが回転しはじめた。
 宿舎となるBOQ (独身幹部宿舎)のセットアップ。
 施設の一部を借りての指揮所、事務所、搭乗員、整備要員の待機所などの設置。
 現地での生活万端に関する説明、注意。
 現地部隊主催の歓迎パーティー。
 ハワイ諸島を巡る地形慣熟飛行。
 米海軍の軍用大型バスでの、島内見学ツアー。
 そして昭和四十三年(一九六八年)のニューイヤーズデイ。
 所在ない一日を過ごしてしまうと、いよいよ日米共同訓練に向けて準備に入る。

 訓練計画の説明、暗号書表の使い方の説明、提出書類の作成、提出の手順など、すべてのブリーフィング、ミーティングが向こうの連中と一緒で、当然、英語。隣に座ったナブの平野二尉と、こういうことだよな、そんなとこだろ、などとお互い確認しつつ、頭に詰め込む。
 飛行スケジュールが発表され、我々はウッと息を呑む。
 一空から順序の出撃、それはいいとして、飛行時間は一〇時間、着陸から一五時間後には次の出撃である。順調に線表(計画書)どおりだと訓練終了までに四回出撃することになる。
「厳しいことになるな、これは」
「着陸して提出書類の作成に三時間、次の出撃準備が二時間半、一五引く五・五イコール九・五、九時間半寝れるわけだ」
「大事なことを忘れてる。その間に一回、もしくは二回の飯がある」
「おれ、寝つきが悪いからなあ」
 平野二尉と顔を見合わせて溜め息をつく。
 ともかく訓練は始まった。任務はソノブイによる広域捜索である。レーダーは使用せず、数千フィートの高度で、設置したソノブイの上空を飛行しつつモニターする。
 この戦術は、その後一、二年のうちに海自でもごく一般的になったが、このときの我々にとっては初めて経験する戦術である。
 一回目の出撃、成果なし。
 二回日、同じ。
 三回目。夜間飛行である。疲労がたまっているのが自分ではっきりと感じられる。単調なモニター飛行、コックピツト内は計器盤の赤い照明だけ、条件は揃っている。ちょっと気が緩むと、眠りに引き込まれそうになる。
「弁当はしっかり食えよ。食うだけは食っておかんと身体が続かんぞ。薬だと思って食え」
 機長の農塚一尉が皆に声をかける。
 弁当はボール紙のランチボツクスである。サンドイツチ、フライ、サラダ、ゆで卵、ビクルス、ポテトチップスまで入っている。米軍の搭乗員のと同じ物だから、味はともかく量はたっぷりとある。単調なフライトの退屈しのぎにもなるので、ぼちぼち時間をかけて食べる。
 機長自身も、まずいポテトチップスだな……なんだ卵の殻か、暗くてわからなかったな、などとつぶやきつつ、しきりに口に運んでいる。
「機長、どうやら探知したんですが……」
 ASWマンの声、眠気が一瞬にして吹っ飛ぶ。
「どうやらとは、どういうことだ」
「はあ、話に聞いた原子力潜水艦のパターン(音紋)のようなんです」
「今度の訓練に原潜は出ていないはずだぞ。まあいい、探知は探知だ。報告しとこう」
 暗い照明の下で、苦労しながら乱数表を引いて暗号文を組み、米艦を呼び出す。
 今回の訓練には米海軍の水上艦艇も多数参加していて、航空兵力の管制担当は対潜空母の「ヨークタウン」である。
「……ファイブ、フォアー、アルファ、スリー、スリー、ヤンキー……」
 一生懸命読み上げるが、あまり電波の状況がよくない。
「アンリーダブル(聞き取れない)、アンリーダブル。セイアゲイン(繰り返せ)、セイアゲイン」
 繰り返す。
「アンリーダブル、アンリーダブル」
 一向にはかどらない。
 ……発音が悪いのか。いや、飛行場や航空管制機関の交話員にはちゃんと通じたしなあ。参ったなあ……。
 もう知らん、勝手にしろ、と言いたくなるころ、突然、日本語が飛び込んで来た。
「こちらは連絡幹部の○〇二佐です。私が受けますので送って下さい」
「了解しました。それでは送ります」
 ……くそっ、私の発音がアメリカ人には聞き取れないほどひどいということなのか。ともかく日本人が出てくれてよかった。腹が立つが、安心もしたという複雑な心境で、再度送信する。
「よく聞き取れません。もう一度、送って下さい」
 発音のせいじやなかったかと安心したが、どうなってるんだとじれったい。何度目かにようやく了解。もう基地へ戻る時間が近づいていた。
 翌日。
「訓練は取り止めになったってさ」
 いよいよ最後の出撃、もうひと頑張りだ、と自らを元気づけて起き出したところへ、平野二尉が伝えに来た。
「連中、はっきりは言わないらしいんだが、昨日の探知はどうやらソ連の原潜だったらしい。
 招かざる客のご入来、ということで中止」
「正直言って助かったね。もうスタミナがやっとひとしずくというところだ」
「でもフライトはやるそうだ。米潜水艦に相手してもらって基本対潜訓練」
「げっ」
「飛行時間は六時間にまけてやるとさ」
 ところが天はまだ我々を見捨てていなかった。お相手の潜水艦の故障で、訓練が二時間ほど早く打ち切りになったのである。
 不謹慎だとは思いつつ内心はニコニコ、帰投するが早いか食事もとらず、ベッドに潜り込んだ。