翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

S2F‐1 (4)

 編隊の中で相手機が見えないほど濃い雲に入った場合の緊急解散の手順なども、ちゃんと定まっている。事前に気象情報をよくチェックして、そういうことにならないように飛行コース、高度を選定するのであるが、天気は移ろうものであり、情報にも誤りや予測違いがあって、この手順のお世話になることもある。
 徳島から厚木に帰投するときのこと。三機編隊を率いて潮岬、御前崎上空を経て伊豆石廊崎、そして厚木というコースで帰ることにした。潮岬に向かううち、予報と違って発達した雲が増えてきて、行くに従ってどんどん高度を上げる羽目になった。
 とうとう高度は一〇〇〇〇フイート(三〇〇〇メートル)、S2Fにとっては限界に近い。
 眼前の雲を右にかわし左にかわししているうち、とうとうかわしきれなくなって、雲に突入した。仕方なく緊急解散を下令、二番機、三番機はあっと言う間に雲の中に姿を消す。
 長機はそのままの針路速力を保つ。
 二番機は左に二〇度変針、一〇ノット減速して三分間飛行した後、元の針路速力に戻す。
 三番機は右に二〇度変針、一〇ノット増速して三分間飛行した後、元の針路速力に戻す。
(とまあ、そんな手順だったと記憶しているが、数字はかなり怪しい)
 結局、浜松沖で一機、御前崎上空で一機と、なんとか会合して揃って帰投したが、編隊長としてはお粗末な話であった。

 昭和四十八年(一九七三年)六月。
 その日、わが一四空では夜間飛行が行なわれていた。フライトが始まった時分はどうということもなかったのだが、日没後二時間もした頃から天候が悪化した。
 この厚木地方では、ときとして丹沢山塊付近で積乱雲が多量に、それも急速に発生して平野部に流れ出して来ることがある。この日のもそれで、豪雨、ひっきりなしの雷電、えらい荒れ模様になった。そのうち、上空であの特徴的なS2Fの爆音が響き始めた。
 私自身はフライトがなく、官舎に戻っていたが、
「ああ、コールオフ(一斉帰投指令)がかかったな。この天気じゃ着陸もスムーズにはいかないぞ」
 心配していると、案の定、爆音が何度も何度も頭上を通り過ぎる。
「降りられないで、やり直しているんだ。燃料はまだ大丈夫だろうが……」
 少し不安にはなつたものの、どうこう指図できる身分でなし、床につこうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「飛行場の南に五三号が墜落したそうです。死亡者はいませんが、いろいろとありそうですから、出て来て下さい」
 急いで着替えて、出勤する。皮肉なことに雨はもう下火である。
 五三号機はGCAで進入中、強い下降気流によつて高度が下がり、下を通る電柱に接触して墜落したのだった。
 レーダースコープから機影が消え、通信連絡もなくなって管制塔必死の呼び出しを試みるうち、ようやく雨が小降りになって見通しが効くようになった闇の向こうで、小型の花火が何発も上がるのを発見した。これは搭乗員が機外に出て発射した緊急用の信号弾である。
 そのうちに、墜落した航空機の乗員の一人が隊門まで徒歩で帰り着き、それで初めて遭難が確認されたのだった。帰り着いた乗員はコパイロットで、墜落現場から雨の中、約五キロを飛行服、飛行靴のままで走りとおしたのである。彼は隊内屈指の長距離の選手ではあるが、その責任感には皆ひとしく感じ入ったことであった。
 現場に行ってみると、接触した電柱の腕木、ガイシの破片、電線の切れ端が散乱し、機体はそこからふっ飛ぶように斜めに地上に達して、機体のあちこちを千切られ振り撒きながら、一八○度方向を変えて停止している。
 驚いたのは機体は地上に接する前、キャベツ畑をすれすれにかすめているのだが、並んだキャベツがスーンと鋭利な刃物で削がれたように切れていたことである。こっちの端は頂上をほんのわずか、中ほどでは真っ二つ、向こう端では綺麗に根元から切り飛ばされている。円い前縁をもった厚さ三〇センチもあるあの主翼が、こんな切れ味を発揮しようとは、運動のエネルギーの怖さである。
 この事故では、電柱に接触したとき機内に飛び込んだガイシの破片か何かで、運悪くクルーの一名が片目を失明したが、他の三人は打ち身程度で済んだ。
 このような豪雨の中の下降気流(ダウンバースト)のエネルギーは、場合によって猛烈な力を発揮する。P2Vでも昭和五十年(一九七五年)六月、鹿屋で、片エンジン故障で緊急着陸しようとGCA進入中、下降気流のために飛行場にたどり着けず、不時着、炎上した例がある。
 また、幸いなんの被害もなかったが、平成六生夏には、下総基地で豪雨のあと、屋外に繋留してあったP‐3Cの向きが変わっていたことがある。木製の車輪止めが砕け、恐ろしい力で振り回されたらしいことが見て取れたが、幸いどこも傷んでおらず、他の機体は何事もなかったように行儀よく並んだままであった。ごくごく一部に集中して発生したダウンバーストがやった悪戯である。