翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

地上勤務 (1)

 机仕事専門の配置に回された搭乗員を、米海軍航空部隊の戯れ言葉で「デスクジョッキー(D E S K  J O C K E Y)」と呼ぶ。ディスクジョッキーじやなくて、デスク(机) ジョッキー(騎手)、「事務屋」といったニュアンスになろうか。
 このての言葉には、うなずけるものが多い。二、三紹介する。
◇ ハンガーパイロット:格納庫のパイロット。即ち地上ではやたら鼻息の荒いパイロット
◇タイヤキッカー:タイヤを蹴る人、つまり飛行前点検といえばタイヤを蹴ってみるだけという手抜きパイロット
◇ブラウンシューズ/ブラックシューズ:ブラウンシューズは搭乗員。ブラックシューズは整備員。履いている靴の色で言っているのである。ホワイトカラー/ブルーカラーと同類である。

 閑話休題。
 これまで悪運強く、学生で教育課程にいる期間を除いて搭乗配置ばかりを渡り歩いて来た私も、ついに飛行機を降りる日が来た。デスクジョッキーの仲間入りである。
 昭和五十年(一九七五年)四月。自衛艦隊司令部勤務となる。配置は作戦幕僚部運用作業班長兼気象作業班長である。
 着任したちょうどその日が、新しく作戦支援用に構成されたコンピュータネツトワーク
「自衛艦隊指揮支援システム(略して『SFシステム」)の開所式であった。
 行事の進行とVIPの接遇で、誰一人見向いてもくれず、そこらの目立たない場所で一日をやり過ごし、夕方になってようやく司令官中村悌次海将(海兵六七期)、幕僚長矢板康二海将(海兵六九期)以下の上司に挨拶を済ませ、部下になる面々と顔合わせできた。
 運用作業班は、自衛艦隊司令部作戦室にあつて、隷下部隊の訓練、行動、行事などの予定、実施状況を、電報や文書、電話での回頭連絡などで把握するのが仕事である。
 毎朝行なわれるオペレーション(幕僚による指揮官に対する各種報告、指揮官からの指示示達、幕僚打ち合わせなどを実施する)までに、夜間入電した行動予定電報などに目を通し、内容を整理しておかなければならないので、朝の出勤は早い。朝の七時から八時過ぎまでの時間は、目の回る忙しさである。班員は、私の他に幹部が一名、海曹、海士が合わせて一〇人ほどで、皆艦艇関係の特技員である。
 開所したばかりのSFシステムの運用法の確立も急務である。コンピユータのコの字も知らなかった人間には、わからないことだらけで、そこらにいる人間を誰彼なくつかまえては、「こりやなんだ、あれはどうやるんだ」と聞きまくっているうちにおぼろげながらわかってくる。
 こういった業務は、忙しくはあるが毎日のことでさしたることもないが、災害や事故など不測の事態が発生したときのさばき具合で評価が決まる。勝負どころなのである。
「被害は? 現場部隊の状況は? 気象状況は? 応援部隊をどうする? 海上保安庁、警察の動向は?」など、部隊を指揮するに必要な情報資料をあらゆる手段で掻き集め、整理しておく。司令官、幕僚の口から出るであろう質問、疑間を先取りして動かねばならない。
 部隊の動きが大量、複雑になる演習期間も、作戦室は猛烈な忙しさになる。あちこちの部隊からの応援をもらって、作業分担を割り振り、何度かリハーサルもやって、演習開始に備える。ところがいざ始まってみると、あちこちに抜けがでる、間違いが起こる。その度にあちらに走りこちらに走りして、ほころびを直して回る。 一時間、二時間のコマ切れ睡眠を一日やっと二、三回。ようやく皆の動きがスムーズになった頃には、演習は終わりに近づいている。