翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

P‐3C (2)

 平成二年(一九九〇年)夏、P‐3C への機種転換講習の受講を命じられる。驚いた。嬉しい驚きである。だから「寝耳に水」ではなくて「棚からボタ餅」のたぐいである。
 P‐3に転換するということは、その先にP‐3部隊勤務が待っているということである。
 副長はもう二回経験した。航空隊副長を二つというのさえ稀有のことだから、もう一回ということはあり得ない。とすれば多分、航空隊司令、六一空でのYSが最後の搭乗配置と思っていたのが、前方にもう一つ明るい灯が見えて来た。
 P‐3C転換講習は、ここ厚木の五一空で行なっている。私がかつて安全指導班長として勤務した部隊である。(この翌年からは下総の第二〇六教育航空隊で実施されるようになった)早速に座学が始まる。
 P‐3Cは、押しも押されもしない世界最新鋭の対潜哨戒機であるが、エンジンや機体構造そのものは新しくない。なにしろ私が派米訓練に参加した際、すでにハワイの部隊に配属されていた。もちろん初期の型であるが、それにしても二十数年前の話である。長年使い込んできたぶん、完成度が高く機構もわかりやすい。
 ただ、問題はこちらの頭で、構造や作動の仕組みなどはきわめて呑み込みが良い(と自分ではそう思う)のであるが、そこに出てくる数字、それに機構の名称など丸覚えしなければいけないものは、まるで駄目である。覚えるのは、早い。が、忘れるのも早い。ようし覚えたぞ、と思っても翌日になるとすっかり忘れている。
「最年長記録ですね」
 誰かが言った。
 ……おおきなお世話だ。
 いままでのP‐3転換講習受講者のうちで最高齢なんだそうである。この十二月に五〇歳の大台に乗る私が、以前の記録保持者を二歳ほど上回ったとのこと。そんなことどうでもいいが、年齢そのものより、現実には記憶力の減退の方が深刻である。
 覚えては忘れ、再度入力してはまた忘れ、またまた入力の繰り返しである。ま、そのつど多少とも分止まりは良くなるのが救いである。

 P‐3の機体の原形は、ロッキード・エレクトラという旅客機である。外形寸法は翼幅約二〇メートル、全長約二七メートルで、P‐2Jより長さが数メートル長いだけであるが、内部は格段に広い。胴体の大さがまるで違うのである。
 その中にオペレーター席が並び、コンピュータはじめ各種の機器を収めたラックが並んでいる。
 コックピットも広い。両操縦席の後方には、中央にFE (フライト・エンジニア:機上整備員)席があるほか、詰め込めば一〇人も立てようかという空間がある。
 エンジンは、四九一〇馬力のターボプロップ・エンジンが四基、パワーレバーを操作すれば、加速感・減速感を直接身体に感じるほどに強力である。四基のうち二基までが停止しても、余裕十分で飛行できる。
 それもあって、飛行距離よりも長時間の滞空が必要な哨戒飛行では、燃料節約のために意図的に一基を停止して三発飛行をする。これをロイター(LOITER=語意は道草を食う、のらりくらり暮らす)飛行という。
 戦術飛行での旋回は見張りの関係上、メインパイロツトの側つまり左旋回が原則なので、操縦しやすいように、停止するのは通常左端のエンジンである。むろん目標を探知した場合は、大急ぎで再起動して高速飛行に移るのである。
 P‐3Cで対潜戦を実施するときの操縦は、P‐2Jに比べて肉体的にはずっと楽である。
 第一に、操縦装置が油圧式なので軽く、操縦桿にかかる力が速度や姿勢によって変化しないことである。ただし入力操縦に切り換えると、舵を軽くするため操舵角度が半分になるようになっているものの、おそろしく重い。コパイロットに加勢を頼みたくなる。当然、操舵角度を小さくしたことで効きも悪い。油圧系統の故障が起こらないことを祈るばかりである。
 第二に、与圧装置のおかげで高度を上下しても機内の気圧の変化がない。気圧の変化は、自覚症状としてはときに耳にツンとくるぐらいのものであるが、大気中の酸素濃度の問題もあって疲労度は格段に違う。
 第三に、オートパイロットが時代物ながらなかなかのスグレ物なのである。このオートパイロットは、端的に言えば姿勢と高度を一定に保てる、というだけのものである。パイロットが操縦桿を操って飛行姿勢をセットする、そこで手を離せば(力を抜けば)そのままの姿勢、高度を保ってくれる。
 たとえば旋回では、所望のバンク角にセットしてやるだけで、あとはオートパイロットが完璧に高度を保ちつつ旋回を続けるというわけである。
 自動的にパワーを調節しながら、計器着陸装置の電波に沿って進入し、着陸までやってのける機能のある民間旅客機のそれに比べると、時代遅れもいいところであるが、旋回や高度変換を頻繁に繰り返す戦術飛行の場面ではむしろ使いやすい。
 戦術場面での判断、飛行要領も段違いと言っていいほど楽になっている。P‐2Jでは海面の発煙筒の配列を確認しながらのパズル解きが必要であったが、P‐3Cではコックピットのディスプレイ上で一目瞭然である。
 さらには、ある点に飛行しようとするときは、旋回に必要なバンク角まで飛行計器上に示してくれる。パイロツトはこれに合わせて操縦すれば、確実に目的の地点上空に達することができる。
 では、デイスプレイの表示や、計器上の指示に合わせて操縦するだけでいいかと言えば、そうでもない。その次にどこへ向かうか、そのまた次は、と目先を利かせてそれなりのコースどりが必要になる。スキーのスラロームと同様、コースどりがまずいと時間を大きくロスしてしまい、戦術の失敗につながりかねないのである。