翔べ!海上自衛隊航空学生 - パイロット人生38年の航跡 -

岡崎 拓生

T-5 (3)

 平成七年十二月のある日、昼食どき。
 隊内放送のブザーが鳴って、一機のT‐5が、脚下げ操作をしても指示灯が点灯しないため、帰投する旨の緊急放送がかかった。
 が、誰も慌てない。なぜなら、T‐5の脚位置の指示不良は、しょっちゅうというほどではないが、ときどき発生するし、それがまず例外なく(これまでは)回路の接触不良による誤指示である。
 脚が下りたかどうかを確認する手段はいくつかある。一つは脚位置指示灯で、下りているときは前、右、左とそれぞれの脚に相当するグリーンランプが点灯する。また脚操作レバーの頭にもランプが付いていて、脚が上げか下げの固定位置をわずかでも外れると点灯する。
 さらにもう一つ、脚を出し忘れて着陸するのを防ぐために、脚が下りていない状態でパワーをある程度まで絞ると警報が鳴るようになっている。
 どれかがNOの表示をしても、他の二つがYESを示していれば、まず下りていると思って間違いない。それでも、他の飛行機を編隊列機の位置につけて確認させ、さらに低空を飛行させて地上から脚が間違いなく出ていることを確認し、万一に備えて救難ヘリ、消防車を前進待機させた上で着陸させる。この手順は確立されていて、私の出る幕はない。つまり、なんてことはないのである。
 気にもせず食事を続けているところへ、教官の一人が駆け込んで来た。
「今度のはホンモノです。主脚の一方が半分下りかけた状態のままです」
 返事より先に箸を放り出して立ち上がる。
 飛行指揮所に戻ってみると、くだんのT-5はすでに上空に戻って旋回中である。窓から首を伸ばして見上げると、なるほど前脚と左の主脚は通常に出ているが、右の主脚は半ば下りかけた状態のままである。
 燃料はまだ二時間分もある。ほどんど燃料を使い切って着陸するのが望ましいので、胴体着陸になるかどうかはともかく、時間はまだたっぷりある。
 降下状態から引き起こして重力を掛けてみる、機体を横滑りさせてみるなど、脚を下ろすためのあの手この手を命じておいて、下での対応を検討する。
 胴体着陸ということになっても、パイロットはベテラン教官の伊戸秀信三佐(航学一六期)、私もかつてYS部隊で一緒に勤務したことがあり、ウデは太鼓判を押した折り紙つき、まったく心配する必要はない。機体はまず相当に損傷するだろうがこれは仕方のないことで、一番怖いのは火が出ることである。爆発的な火災でも起きたら、乗員の命も危ない。
 運航隊長、地上救難班長と協議する。
「以前は泡沫消火剤を使ってましたから、こんな場合には滑走路に撒いたのですが、今では消火剤はすべて軽水(ライトウォーター)です。上の方針では撒かない、ということになっています」
「効果がないということだろうか」
「そういうことらしいんですが……」
「が、なんだい」
「ないことはないと思います。それなりの効果はあるはずです」
「じゃ、頼もう。接地帯から滑走路の半分くらいまで。いや、もっと早く止まるだろうから三分の一の四〇〇メートルでいい。頼みます」
 群司令に承認をもらって、作業にかかってもらう。
 その間にもT‐5は脚出しのための努力をしているが、まったく効果がない。仕方がないので、胴体着陸させることに踏み切る。いったん脚上げとして一度だけ下げ操作を試み、状態が同じなら再度脚上げして、そのまま着陸するよう指示を出す。
 これは脚下げにならない状態での操作としてはセオリーを外れている。このような場合、いったん上げるとそのまま下がらなくなる場合もあるので、上げ操作はしないことになっている。
 ただこの場合、上げ下げ操作をしたところでこれ以上悪くはならない。もし脚上げ操作ができるなら、半端な状態よりもあっさり全部の脚を上げたままの方が操作はやりやすかろう、というのが私の考えである。
 それにこれまでに私が見聞きしたいくつかの胴体着陸では、いずれも滑走路から飛び出すこともなく死傷者も出ていない。火災さえ発生しなければ搭乗員は間違いなく安全である。
 それにひきかえ、主脚が一方しか出ていない状態の着陸では、速力が減って脚の出ていない方の翼端が接地したときの動きが測り難い。大きく振り回されたり、場合によっては転覆する事態もあり得るのではないか。そうなれば搭乗員に死傷の出る可能性もある。
 滑走路では、消火剤の散布が進みつつある。行ってみると、簡単に流れてしまうかと心配していた消火剤が滑走路上一面に水膜を張っており、泡沫消火剤ほどではないがかなりの泡もある。接地時の火花の発生を抑える効果は十分にありそうである。
 飛行指揮所に戻る。飛行機の方は、結局上げ操作では全脚とも上がったものの、下げ操作では以前と同じ状態にしかならなかったため、再び上げ操作をして現在は脚上げの状態で飛行中である。
 消火剤の散布も終わった。飛行機も燃料をほぼ使い切った。進入開始の指示を出す。
 一度目はリハーサル。いつもより低いパスで進入してくる。ようし、その調子で本番行こう。いよいよ進入にかかる。エプロンでは隊員が総出で見守っている。
 滑走路上わずか一、ニメートルの高度でエンジン停止。プロペラの回転がスッと止まったと同時に接地。プロペラは先端が地表に触れたか触れないかで、計算したように逆Yの形で止まり、機体はそのまま数十メートル滑走して停止した。
 見事の一語に尽きる胴体着陸、期せずして見守っていた隊員から拍手が起こる。
 この一部始終を撮影したビデオは全国のテレビに放映され、事故そのものより胴体着陸の見事さが話題を呼んだ。
 機体の損傷も最小限、特別修理の結果、後日戦列に復帰した。当初はこの機体で飛行するのを気にしたパイロットもいたようであるが、そのうち誰も気にしなくなった。