特定非営利活動法人 平和と安全ネットワーク

 
 
 
 
 
 


 皆さん今日は。「ジェネラル・オカモトの小部屋」第6回目の配信です。このシリーズも終わりに近づいてきましたが、ここで少し時間を戴いて、まず、閑話休題とさせてください。

昔の日本人は、国防をどのように考えていたかということです。とはいっても、日本という国が地球上の物理的位置が変化することはなく、天象・気象の変化はそれほど過激ではなく緩慢であり、昔と現在に大きな変化はありません。
時に地震・洪水・火山噴火などの自然災害が住民を悩ませ、飢饉が起きたり、イナゴの大群にせっかくの収穫を台なしにされたりして、その人生に多大な影響を与えたこともありましょう。
しかし「人は環境の子」といわれますが、地球環境から形成される「風土」といったようなものは時代の変遷には左右されずに、独特な形態を残しつつ、子孫に伝わっていくのでしょう。
こうした地政学的な要因や天象・気象に起因する変化は、大局的見地からすれば大きな変化の要因とはなりませんが、人、他人・隣人、他国の存在が、すなわち、人間の歴史的な歩みの中で、隣人や他国から受ける影響ほど、大きな影響を与える要因はないということです。

『天・地・人』という言葉がありますが、こうしてみると『人』のファクターが一番変化をもたらすものであることは、ご理解していただけると思います。
さは、さりながら、国家の地球上の位置、『地政学的位置』の違いが、国家の命運に大きく影響を与えることも事実です。たとえばイギリスと日本です。この二つの国は、ユーラシア大陸の東と西に位置し、イギリスには北海が、日本には日本海が、ユーラシア大陸からの適度な離隔を造り出しているわけです。
同じ北半球の温暖帯に位置して、天象・気象の要素からは大きな差異はないイギリスと日本の相違は、ユーラシア大陸の西部及び東部に存在する他の国家、それら国家の形成する歴史と文明の発展の相違です。
その歴史と文明の相違が諸国の相違を浮かび上がらせるし、日本とイギリスの相違となります。

端的に申せば、フランス・ドイツは大陸国家であるし、イギリスは海洋国家であるということなのであり、中国と韓国は大陸国家であるが、日本は海洋国家であるということなのです。
地続きのフランス・ドイツは、大変な努力と資産とマンパワー(人力)を国家防衛に振り向け、国防を全うしようとする。中国と韓国にも同じことが言えます。
これを現在に照らせば、フランスもイギリスも総人口は6100万人ほどですが、それぞれの防衛に割くマンパワーは、フランスが総人口の0.70%、43万人ですが、イギリスは総人口の0.32%19万人となっていることがその論拠となります。
この二つの国、フランスとイギリスは、既に冷戦が終結した、従って、喫緊の現実的脅威が存在しない欧州に存在している国であっても、これだけの相違があり、このような現状にあるということをご理解いただきたいのです。

翻ってユーラシア大陸の東側の状況はどのようになっているのか。
その例に韓国と台湾を挙げて見ましょう。まず北朝鮮という独裁国家と隣接している韓国ですが、総人口4800万人に対して75万人のマンパワーを国防に割いております。
他方、台湾海峡が存在して中国とは海を隔てて離隔しているものの、北海や日本海とは違ってあまりにもその離隔が少なく、大陸国家の特徴を併せ持つ台湾は、初級段階とはいえ社会主義国家の中国と隣接しているため、総人口2300万人に対して33.5万人の軍隊・準軍隊を擁しております。
こうしてみると、やはりユーラシア大陸の東側には、未だに冷戦構造の残滓が存在している、あるいは、冷戦が持続しているといえるようです。

いよいよ我が国の場合です。我が国の現状に入る前に、明治維新前後の日本人は国防・国家戦略をどのように考えていたのでしょうか。
これを考察するに当たり、日本は太古の昔から海洋国家であることが基本ですが、太古から振り返らずに江戸時代末期をその基点として設定すれば、まず吉田松陰は、このような地政学的特徴と当時の列国の状況を分析・把握しつつ、「我が国は、とりやすい朝鮮、満洲、シナを従えるべき・・・」云々という説を唱えたりしていました。
次に薩摩藩主・島津斉彬は、オランダ語や中国語に堪能で、海外の情勢にも多大な関心を持ち、また、多くの情報も持ち合わせていましたが、「清国(中国)は、長髪賊(太平天国の乱)のためにその国土の大半を失い、国家としてはほとんど滅亡しようとしている。
おそらく将来は、外国の分け取りになるであろう。
日本はこの外国の属領になるであろう中国大陸から大きな脅威を受けざるを得ず、日本防衛のためにはすすんで中国大陸を囲む形をとらざるを得ない。
そのためには山陽山陰の大名に対してはオーストラリアを制せしめよ。
九州の大名には東南アジアを押さえしめ、東北の大名には沿海州から満洲へ入らしめよ・・・」といっておりました。さらに、肥前佐賀藩主・鍋島閑叟の意見は、「九州の大名は西から来る外国の侵略から日本を守らねばならない。
このため国内防衛に任じ、東北の大名をして沿海州、満洲を押さえしめるがよい。そのためには首都をおもいきって秋田あたりにおく必要がある・・・」と主張しておりました。

19世紀の半ば、すなわち明治維新前後は、地球上に植民地主義・帝国主義が横溢しており、現在の人類の価値観とは全く相容れないものでしたので、一概にその国家戦略の優良・劣悪を評してはいけないと考えますが、一方でイギリスのサッチャー首相(当時)などは、1988年という現代であっても、「西洋人が世界の多くの土地を植民地化したのはすばらしい勇気と才覚の物語でした・・・」と評価し、当時の欧米列強が進めた植民地主義・帝国主義をすべて肯定し、反省の弁は全く示されなかったことを、驚きとともに記憶しております。
アヘンという麻薬を清国に持ち込みシナ人をアヘン漬けにし、アヘン戦争を起こし、少しずつ清国を侵食したイギリスの19世紀初頭の行為をこのように肯定するのが、その国の為政者の姿であるということなのでしょう。もし現在の世界でこのような価値観を振り回していたら、国家の力を背景にして麻薬の密売を行うテロ国家とでも評されていたのではないかと考えます。

このように、時の国際社会が常識としていたことが現在では否定され、新たな哲学が標榜され、今では植民地主義を肯定するような国家は存在しませんが、それでも『自由と民主主義、人権の尊重、市場経済の容認』といった価値観でさえ、世界人類共通の価値観とはならず、民主主義の方法論においてもそれぞれの特徴を容認すべきであるといったロシアの考え方もあるわけです。
したがって、現在の個々の人間が有する価値観で、近代の歴史を判断することは時として危険なこととなることなのかもしれません。しかし、現代の目で歴史を評価することから、教訓が生まれてくることも事実です。これが「愚者は経験から学ぶが、賢者は歴史から学ぶ」ということに他ならないのです。

さて、閑話休題を終わりにして、話を本題に戻しましょう。我が国は第二次世界大戦後、―当時の日本人は大東亜戦争と唱えておりましたが―、その世界大戦後は、国防・国家戦略を国連第一主義とし、その基本方針を次のように定めました。すなわち、

@ 国際連合の活動を支持し、国際間の協調をはかり、世界平和の実現を期する。
A 民政を安定し、愛国心を高揚し、国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する。
B 国力国情に応じ自衛のため必要な限度において、効率的な防衛力を漸進的に整備する。
C 外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する。

このような基本方針がもたらした我が国の国防の現実は次のとおりです。
まず、地政学的に共通項が多いイギリスと比較して国防に当てる国家としてのマンパワーは、総人口に対してイギリスの例ですれば日本は少なくとも44~5万人程度を割くべきところ、現在、自衛隊や海上保安庁の勢力をプラスしても25万人程度です。
まして、ユーラシア大陸東側に存在する脅威を考慮する韓国や台湾と比較すれば、60~70万人は必要であると考えても合理的であると考えるのですが、現実はこれを大きく下回っています。これが国力国情に応じ、自衛のために必要な限度を基準に構築した日本の防衛力です。
そして自力防衛に満たない分は、その努力の代わりに我が国は、米国に対して平時から施設・区域を提供することと、在日米軍への思いやり予算の充当により、我が国の国家防衛を肩代わりしてもらっているのです。
次ページに示しました図は、日本に所在する在日米軍の配置ですが、これと並行して我が国は、思いやり予算を1978年からこれまでの累計5兆5600億円を支払っているということです。(平成21年8月6日付  読売新聞朝刊 参照)換言すれば、こうした手当てによって、若い世代の自衛隊への20数万人の就職機会を制限し、内需拡大の機会を逃がしているのです。このことは、すでに第5回目の配信で指摘したところです。

各国が保持する軍事力は、特に冷戦構造が崩壊した1991年以降、国際公共財としての活躍が期待されることとなり、わが国においても、防衛庁が防衛省に格上げされた2007年1月に「国際平和協力活動」が自衛隊の主たる任務として位置づけられました。ちなみに防衛白書では、次のような論理構成で、自衛隊に対する新たな任務付与を説明しております。
すなわち平成21年版・防衛白書では、これらの総合的な組み合わせによって国防を全うすることとされているのです。具体的にわかりやすく説明すれば、我が国自身の努力とは、日本国家として、自らのマンパワーや財力・科学技術力をどの程度国家防衛に当てるかというものであり、同盟国との協力がすなわち、在日米軍及び周辺事態以降に展開するであろう前方展開米軍兵力との協力であります。
そして国際社会との協力とは、今般、自衛隊の正規の任務とされた国際平和協力活動を意味するわけなのです。
これを敷衍すれば、第2次世界大戦後すでに64年が過ぎ去り、この間に冷戦構造が崩壊し、世界各国の脅威感も変化し、“各国が保持する軍隊組織は、まさしく国際公共財でもある”という認識が喧伝される中、現在では、我が国もその一員として、自衛隊の役割に国際平和協力活動を本格的に取り込み、その包括的な努力によって我が国の国防を全うしようとする考え方に立ったということでありましょう。
しかし同時に、このことが実際の国際平和協力活動実施上の多くの問題点・課題を日本にもたらしているのです。

まずその一つは、国防の基本方針の第2項、「自衛のため必要な限度において」整備されるべき自衛隊の量的側面で、米国に対する施設・区域の提供と思いやり予算の代わりに自力防衛を果たすために必要なマンパワーの約半分に節約していたという現実から、いまや自衛隊の正規の任務となった国際協力活動への対応に割くべきマンパワーが逼迫してしまい、本来の任務である国家防衛のための訓練量を確保することが困難になりつつあるという状況を作り出してしまっております。
分かりやすく言えば、国際協力活動の実施に加え、トータルなマンパワー不足で、本来主たる任務の筆頭に掲げられる国家防衛のための訓練が十分に出来ない状況にあるということなのです。

その二つ目は、国防の基本方針の第1項に依拠した「国際平和協力活動」への参加です。
すなわち、「国際連合の活動を支持し、国際間の協調をはかり、世界平和の実現を期する」ために、自衛隊は、「国際平和活動」への参加を任務として位置づけられたのであります。
本来、「自衛のための組織」であった軍隊ではない自衛隊が、「国際平和活動」に参加するわけですから、決して世界各国の軍隊のような活動を、わけ隔てなく実施することは出来ないのですが、世界各国は、自衛隊を軍隊と誤解していますから、「自衛隊は臆病な軍隊、臆病な日本人、危険な任務は金で済ませようとする日本人」と、誤解が拡大して行っております。

その三つ目は、自衛隊が世界の常識から大きく外れたところの、「軍隊ではない」のに「軍隊としての活動を期待される」現実です。自衛隊の法的側面から見た問題点は、他の諸国に説明しても、決して理解されません。「そんなことだったら、憲法を変えればよいではないか」と反論されます。

こうした現実にもかかわらず、「・・・軍事行動は最大の環境汚染で、最大の無駄だ。思いやり予算や沖縄の米軍基地はないに越したことはない。本当に必要なのか、今こそ考えるチャンスだ。私は、米中関係と日中関係をしっかり築き上げるならば、アメリカにとっても日本にとっても、米軍基地は不要なものとなる、と思っている。米軍基地に必要なのは移転ではなく、縮小と仕分けなのだ」とする、法政大学教授・田中優子氏のような考え方が示されております。

「百年兵を養うは、これを一日用いんがためなり」とする格言は、もう過去のものであり、現代には通用しないことなのでしょうか。
確かに国防は無駄です。100年間訓練しても使用するのはたった一日であるということなのですから。
しかし、そのような無駄を覚悟しても、国家の防衛は、国家の基本機能であると、著名な社会学者“マックス・ウェーバー”が指摘してきたところです。彼の論理に従えば、その次に出てくるのが福祉国家論で、現在の潮流は、社会セーフティネット論です。

日本は、大東亜戦争で敗戦を喫して以降、「国家」を論ずることさえ忌避されるようになりました。
国歌や国旗についても、不十分な規定が国会によって定められているところです。
「国家の役割」そして「国防の必要性」を、もう一度、本質的に考え直してみるときが来ているのではないでしょうか。

以上 




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