「東日本大震災出動即応予備自衛官・
予備自衛官アンケート集」

第38普通科連隊第1中隊
 即応予備准陸尉
 小島 浩昭

1 経歴(自衛隊での勤務及び退職後の勤務状況等を含む。)や即応予備自衛官を希望された動機を教えて下さい。

自衛隊での経歴は、昭和54年4月第1教育連隊(多賀城)に入隊し、同年6月第22普通科連隊(多賀城)で教育を受け、同年9月第22普通科連隊第4中隊に配属、平成5年第4普通科連隊第3中隊(帯広)に配属になり、平成8年3月1等陸曹で依願退職しました。
退職後は、運転代行社の事務兼ドライバーとして仕事をしています。
即応予備自衛官は、自衛隊に少しでも貢献したくて希望しました。

2 大震災発災時はどこで何をしておられましたか?また、その時、災害招集があるかもしれないと思われましたか?

その日は、次男の卒業式を終えて自宅で休んでいました。
地震直後は家のことや家族のことでパニックになっていましたが、翌日多賀城駐屯地に自ら行き状況を確認しました。

3 災害招集に係る事前調整があったかと思いますが、その時の正直な気持ちを教えてください。

会社は自宅待機状態でしたので調整はスムーズに進み、災害招集に参加できました。

4 招集に応じるにあたって、会社の上司等には相談されたと思いますが、上司等の反応はいかがでしたか?

会社の社長は元自衛官ということで理解があり、問題はありませんでした。

5 また、職場の同僚やご家族の方々はどうだったのでしょうか?

職場には2名の即応予備自衛官がいまして、同僚からも応援されながら災害招集に臨みました。
家族は心配そうでしたが、説明し納得させた上で災害招集に行きました。

6 長期間不在にされることによる問題点等は、どのようにして解決されましたか?

家族、親戚、会社の方に協力していただき乗り越えることができました。

7 どこで、どのような災害救援活動に従事されましたか?

東松島市の体育館で物資の積み降ろし等と被災地域の食料の配給を、また東松島市野蒜地区で行方不明者の捜索を行いました。

8 いろいろなご苦労があったものと思いますが、差し支えない範囲でお話いただけますか?

体力面やメンタル的な面で疲労が蓄積しストレスが溜まりました。

9 現役の隊員諸官と一緒または近くで活動されたと思いますが、現役隊員諸官との連携はどうでしたか?

常備自衛官と即応予備自衛官の連携は良好でした。他部隊の現役自衛官が、即応予備自衛官を現職隊員と間違える位に溶け込んでいました。

10 即応予備自衛官としての招集訓練の成果はありましたか?同じ即応予備自衛官の仲間との協同連携はどうでしたか?

予備自衛官でも任務達成できるという実感があり、自信になったと思います。また、即応予備自衛官の仲間との絆が深まったと思います。

11 今回の派遣を通じて被災地の方々との交流もあり、それが絆となって続いているということもあるのではないかと思いますが、そのような交流はあったのでしょうか?

自分達は捜索が主な任務だったので、被災地域の方との交流は特にありませんでした。

12 さて、任務を終了して本来業務に戻られた訳ですが、周囲の方々の反応はどうでしたか?派遣前と派遣後でご自身が変わったと感じられたでしょうか?

周囲の方からは「お疲れ様でした」「大変だったでしょう」と労いの声をいただき、また「自衛隊さんがいたから助かりました。本当に感謝しています」という声が多数聞こえてきました。
お役に立てたことに、逆に感謝しております。

13 将来同じような大規模災害が起きた場合、次回も出頭に応じられますか?

はい。進んで出頭いたします。

14 被災された方々へのメッセージをお願い致します。

今はまだ様々な悩みで苦しんでおられる方が多数いますが、一人で悩まず誰かに相談して下さい。
日本はひとつです。共に助け合い頑張りましょう。