「東日本大震災出動即応予備自衛官・
予備自衛官アンケート集」

第38普通科連隊第4中隊
 即応予備2曹
 笹森 照喜

1 経歴(自衛隊での勤務及び退職後の勤務状況等を含む。)や即応予備自衛官を希望された動機を教えて下さい。

昭和62年入隊、同年9月第39普通科連隊第4中隊(弘前)に配属となり、平成6年からは第2中隊で平成9年3月まで勤務しました。この間、小銃手、機関銃手、操縦手等として勤務しました。
 現在は、青森県りんごジュース株式会社に勤務し、製造、梱包等の業務に携わっています。
 即応予備自衛官は、同期もやっていたことから志願しました。

2 大震災発災時はどこで何をしておられましたか?また、その時、災害招集があるかもしれないと思われましたか?

会社で製造作業中でしたが、災害招集がかかるとは思いませんでした。

3 災害招集に係る事前調整があったかと思いますが、その時の正直な気持ちを教えてください。

当初、地方協力本部から連絡があり、後に中隊から調整がかかったことから、即応予備自衛官が必要とされたと思いました。

4 招集に応じるにあたって、会社の上司等には相談されたと思いますが、上司等の反応はいかがでしたか?

会社にも理解を頂き、特別休暇にしてもらう等、後押しをしてくれました。

5 また、職場の同僚やご家族の方々はどうだったのでしょうか?

自分で決めたことなので相談はしませんでしたが、父親は「国のためにやってこい」と言い、職場の上司、同僚も同じく励ましてくれました。

6 長期間不在にされることによる問題点等は、どのようにして解決されましたか?

特に問題はありませんでした。
出頭前に身の回りの整頓等をしただけです。

7 どこで、どのような災害救援活動に従事されましたか?

生活支援(泉区)、瓦礫除去・捜索活動(七ヶ浜・東松島市)、物資輸送(石巻市)を実施しました。

8 いろいろなご苦労があったものと思いますが、差し支えない範囲でお話いただけますか?

隊舎のトイレが使用できず、5階の居室から屋外まで行かなければならなかったことと、昼食が缶詰等だったことがつらかったです。

9 現役の隊員諸官と一緒または近くで活動されたと思いますが、現役隊員諸官との連携はどうでしたか?

いつも一緒に訓練している第4中隊の隊員同士であったので、特に心配はありませんでした。

10 即応予備自衛官としての招集訓練の成果はありましたか?同じ即応予備自衛官の仲間との協同連携はどうでしたか?

普段の招集訓練で基本的な部隊行動等を訓練していたことで、成果があったと思います。
災害招集間も、招集訓練での即応予備自衛官同士の仲間として、協同連携ができました。

11 さて、任務を終了して本来業務に戻られた訳ですが、周囲の方々の反応はどうでしたか?派遣前と派遣後でご自身が変わったと感じられたでしょうか?

周囲の方々から、災害派遣活動について「国又は会社の為によく活動した」と言われました。
自身では派遣前・派遣後も変わったと感じておりません。

12 将来同じような大規模災害が起きた場合、次回も出頭に応じられますか?

起きた場合、出頭します。
同じような災害が起きないことを願っています。

13 被災された方々へのメッセージをお願い致します。

あきらめないで
いつもどおりに