「東日本大震災出動即応予備自衛官・
予備自衛官アンケート集」

第11施設群第378施設中隊
 即応予備陸曹長
 牧野 秀美

1 経歴(自衛隊での勤務及び退職後の勤務状況等を含む。)や即応予備自衛官を希望された動機を教えて下さい。

自衛隊には、昭和55年3月に入隊。神町駐屯地で前期・後期教育を受けた後、第6施設大隊(神町)に配属され施設手として勤務し、昭和61年3月自衛隊を任期満了退職。その後、(株)山形陸上運送に入社し現在に至ります。
即応予備自衛官を志願した動機は、昔の同僚とまた一緒に勤務したかったからです。

2 大震災発災時はどこで何をしておられましたか?また、その時、災害招集があるかもしれないと思われましたか?

震災時は、山形県内の会社の現場(山形県米沢市内)で荷積み・荷降ろし等の仕事をしていました。
今まで経験したことのない強い揺れを感じ、災害招集はあるかもしれないとは思っていました。

3 災害招集に係る事前調整があったかと思いますが、その時の正直な気持ちを教えてください。

強烈な出来事の後で、あまり記憶にありませんが、事前調整はあったと思います。その時には、やっぱり来たかと思いました。

4 招集に応じるにあたって、会社の上司等には相談されたと思いますが、上司等の反応はいかがでしたか?

会社の仙台営業所も災害にあっていましたが、上司に相談したところ「災害派遣に行ってこい。」と言って送り出してくれました。

5 また、職場の同僚やご家族の方々はどうだったのでしょうか?

職場の同僚達からは、「この事態におまえが行かないなら誰が行く。気を付けて行ってこい。」と言われて送り出してもらいました。

6 長期間不在にされることによる問題点等は、どのようにして解決されましたか?

家族及び会社の方ともよく話し合って行ったため、特に問題はありませんでした。

7 どこで、どのような災害救援活動に従事されましたか?

3月30日~4月5日の出頭時は、宮城県東松島の矢本町赤井小学校でバケットローダーに乗って校庭のヘドロの除去及び物資輸送を行いました。
4月27日~5月3日の出頭時は、福島原発30km圏内の福島県原町でマスク等を着用しての瓦礫撤去作業を行いました。

8 いろいろなご苦労があったものと思いますが、差し支えない範囲でお話いただけますか?

3月30日~4月5日の出頭時、鷹来の森運動公園で自衛隊の天幕に寝泊まりしていましたが、朝晩の冷え込みがすごく大変でした。また、食事も毎日乾パン・缶詰ばかりで体が大変でした。

9 現役の隊員諸官と一緒または近くで活動されたと思いますが、現役隊員諸官との連携はどうでしたか?

同じ班の班長と班員は密に連携が取れていたと思います。

10 即応予備自衛官としての招集訓練の成果はありましたか?同じ即応予備自衛官の仲間との協同連携はどうでしたか?

この度の災害派遣は、現職の時も出動したことがなかったので、自分にとって色々と為になることがあり、成果は多かったと思います。
また、いつも一緒に訓練している仲間なので、即応予備自衛官同士の連携は最高に良かったと思います。

11 さて、任務を終了して本来業務に戻られた訳ですが、周囲の方々の反応はどうでしたか?派遣前と派遣後でご自身が変わったと感じられたでしょうか?

任務を終了し戻った時、近所の人及び家族・会社関係の人達から「大変ご苦労様でした。」と労いの言葉をかけてもらいました。充実感が沸いたとともに、人間として一回り成長できたと思います。

12 将来同じような大規模災害が起きた場合、次回も出頭に応じられますか?

次回も出頭したいと思います。

13 被災された方々へのメッセージをお願い致します。

明日は必ず来ます。希望を持って頑張って下さい。