「東日本大震災出動即応予備自衛官・
予備自衛官アンケート集」

第10施設群第385施設中隊
 即応予備2曹
 播間 学

1 経歴(自衛隊での勤務及び退職後の勤務状況等を含む。)や即応予備自衛官を希望された動機を教えて下さい。

自衛隊に昭和62年4月に入隊し、第1教育連隊(多賀城)及び第11施設群(福島)で教育を受けた後、第11施設群第301地区施設隊(秋田)に配属され、2任期満了し退職。その後、運転手を7年経験した後、大滝建設(株)に入社し現在に至ります。
即応予備自衛官を志願した動機は、もう一度初心に戻り自衛隊の訓練をしてみたかったからです。

2 大震災発災時はどこで何をしておられましたか?また、その時、災害招集があるかもしれないと思われましたか?

震災時は秋田県内の作業現場でダンプに乗り残土運搬をしていました。最初の強い揺れは自分の体調不良のせいだと思いましたが、2回目の揺れが来たとき地震だと気づき恐怖に襲われました。ラジオで状況を聞いていると被害が甚大で広範囲だったので、これは即応予備自衛官にも災害招集がかかるなと思いました。

3 災害招集に係る事前調整があったかと思いますが、その時の正直な気持ちを教えてください。

震災発生後1週間位してから携帯電話に「災害派遣の招集日が決定したので出頭できるか」という確認の電話がありました。「参加します」と伝えましたが、被災地の現状をテレビで確認して、恐怖を感じました。

4 招集に応じるにあたって、会社の上司等には相談されたと思いますが、上司等の反応はいかがでしたか?

災害招集がかかったので出頭したいと社長に相談したところ、「即応予備自衛官のお前が行かなくてどうする。被災地で少しでも力になってこい。」と言って送り出してくれました。

5 また、職場の同僚やご家族の方々はどうだったのでしょうか?

職場の同僚達からは、「自衛官のお前が災害派遣に行かなくては駄目なんじゃないの」と言われました。
妻から、「怪我だけしないように頑張ってきて」と言われ、娘達からは、「本当に災害派遣に行くの」と涙目になりながら言われました。

6 長期間不在にされることによる問題点等は、どのようにして解決されましたか?

問題点等は特にありませんでした。

7 どこで、どのような災害救援活動に従事されましたか?

3月23日~3月29日の出頭では、初日に宮城県女川町において被災地の偵察を行い、翌日からは宮城県石巻市渡波地区の道路啓開作業を行いました。
4月6日~4月19日の出頭では、石巻市門脇地区でグラップル操縦手として瓦礫の除去及びダンプへの積み込みを行いました。
4月20日~4月26日の出頭では、石巻市中瀬地区でグラップル操縦手として瓦礫の除去及びダンプへの積み込みを行いました。

8 いろいろなご苦労があったものと思いますが、差し支えない範囲でお話いただけますか?

派遣活動中、石巻総合運動公園を宿営地として天幕で寝泊りしていましたが、朝晩の寒さが大変身にこたえました。
また、3月23日~3月29日の出頭では、毎食乾パンと缶詰だったので、栄養が偏って後半は体がきつくなってきました。
4月13日~4月19日の出頭のときには、活動していた石巻市内で魚加工工場から流出していた魚が腐り始めていて、臭いに耐えながらの作業がつらかったです。

9 現役の隊員諸官と一緒または近くで活動されたと思いますが、現役隊員諸官との連携はどうでしたか?

3月23日~3月29日の出頭時の渡波地区での手作業による道路啓開作業は、現職の命令指示を確認しながらの作業であり、話し合いもしていたことからスムーズな連携が取れていたように思います。
4月6日以降の出頭では、グラップル操縦手として、毎朝現職とのミーティングをしっかりと行い、また、現地での作業確認を行っており連携が取れていたので作業も順調に進みました。

10 即応予備自衛官としての招集訓練の成果はありましたか?同じ即応予備自衛官の仲間との協同連携はどうでしたか?

7月から招集訓練が再開されましたが、災害派遣をとおして即応予備自衛官同士の絆が深まりました。
派遣活動中の即応予備自衛官同士の連携は取れていたと思います。

11 さて、任務を終了して本来業務に戻られた訳ですが、周囲の方々の反応はどうでしたか?派遣前と派遣後でご自身が変わったと感じられたでしょうか?

職場に戻った時には、同僚達から「どこで何をしてきたのか?どんな状況だったのか?」など色々と聞かれました。
派遣前は、任務達成できるか不安でしたが、派遣後は任務達成できた安堵感もあり、また、前以上に責任感のある人間に成長できたと思います。

12 将来同じような大規模災害が起きた場合、次回も出頭に応じられますか?

今回のような災規模災害が起きて出頭命令が来た場合は、出頭したいと思います。

13 被災された方々へのメッセージをお願い致します。

復旧・復興には、まだ何年もかかると思いますが、「がんばろう東北!」を合言葉に頑張ってもらいたいと思います。
被災された方々が日も早く復旧復興できることをお祈りいたします。