山下塾第2弾

山下 輝男

第10回 新リーダー論(民間事故調報告書から危機管理を考える)

1 はじめに

 さる2月28日に公表された所謂民間事故調(福島原発事故独立検証委員会、北澤宏一委員長)の「調査・検証報告書」(以下報告書と云う。)を、早速入手して読了したが、これが中々面白い。
同報告書191pに、「この国にはやっぱり神様がついていると心から思った。」と官邸中枢スタッフが述べたと記載されているが、本報告書を読むとその感を強くする。危機の連続状況の中で良く持ち堪えたものである。

一歩間違えば、日本は壊滅状態に陥っていたかも知れない。
危機管理に関しては、「稚拙で泥縄的な危機管理であった。 」と総括している。マスコミ各社の論説も、厳しく批判しているが、果たして断罪するだけで良いのであろうか?

本報告書から我々は何を汲み取るべきなのだろうか。
危機管理という観点から、本報告書を参照にし、リーダーやそのスタッフの在り様、トップリーダーと現場との関係、トップリーダーの識能等に再整理して危機管理の在り方について卑見を述べたい。

2 報告書で指摘された官邸中枢の危機対応の問題点

 報告書第2章第2節「官邸による現場介入への評価 」、第3節「官邸の初動対応の背景と課題の中項目は次のようになっている。

 第2節 1 オンサイト(発電所内)のアクシデント・マネージメントへの官邸の直接介入
      2 官邸による現場関与の主要事例とその影響
 第3節 1 マニュアルの想定不備と官邸側における周知不足
      2 東京電力及び保安院に対する官邸中枢チームの不信感
      3 原子力災害の拡大に関する官邸中枢の危機感
      4 菅首相のマネージメント・スタイルの影響
      5 官僚機構の関与の薄さ
      6 政治家の専門家に対する不信感
      7 官邸・東京電力・現場を巡る指示系統の流れ

 賢明なる読者諸氏におかれては、上記の項目を御覧頂ければ、その内容についてある程度想像できるであろう。

 
 
3 現場と司令部の関係

(1)福島原発事故における「司令部と現場の関係」の実態(94P~98p)
   政府の原子力災害対策マニュアルでは、緊急事態における役割分担を次のように規定している。

①オンサイトの緊急事態対策は原子力事業者、今回のケースでは東京電力

②オフサイト(発電所外)での緊急事態対策は、オフサイトセンターに設けられた原子力災害対策協議会が主導的に対応し、重 要事項については官邸の原子力災害対策本部の判断を仰ぐこととされている。

③官邸の役割は原則として・原子力緊急事態宣言の判断や関係機関への連絡 ・公衆への情報提供 ・放射性物質拡散状況の把握 ・指定行政機関の応急対策の指示 の4分野に限定されている 。

 これは、技術的専門性が必要であり且つ緊急性が高い事に因るものであり、当然である。然しながら、官邸は、実際には①電源車の手配(11日) ②1号機ベント(11日夜から12日早朝) ③1号機への海水注入(12日夕方) ④3号機の注水変更(13日) ⑤東京電力の撤退判断(14日夜から15日朝) ⑥使用済み燃料プールへの注水作業(17日以降)等に積極的に関与し、有効だったとは言い難く、殆どの場合全く影響を与えていないか無用な混乱やストレスを引き起こし状況を悪化させるリスクを高めていた と辛辣だ。

 司令部と第一線部隊という関係で見逃す訳にはいかない問題がある。
福島原発事故の初期段階におけるアクシデント・マニュアルを巡っては、一度ならず、東京電力(吉田所長を長とする発電所対策本部)が、官邸の指示・意向と異なる対応を遂行した状況が確認された。

その具体的な事例として3点列挙されている。
①12日朝、大臣のベント命令、首相の現地視察時のベントの早期実施要請にも関わらず、住民避難が完了していないとして、避難完了までベントを実施しないと判断したこと ②東電本店から首相の承認が得られるまで1号機への海水注入を停止するよう求められたにも拘らず、独断で継続した事例 ③3月14日、2号機のベントラインの確保と2号機への注水のどちらを優先して行うかの判断を求められた場面において、官邸の指示と違う判断を行うことを本店に打診していた事実  等である。

(2)作戦行動における司令部と第一線部隊の関係

 今回の福島原発事故対処は、戦術行動で言えば、『不期遭遇戦』であるとも云える。
全く予想していない時期と場所において兵力不明の敵と不意に遭遇するようなケースの戦いを遭遇戦と云い、相当の練度の高い司令部と精強な部隊なくして戦いに勝利することは叶わない。
状況は時々刻々と流動する。敵情や地形をしっかり把握して対処方針をじっくり検討すると云うような悠長なことはやってはおれない。今般の原発事故は正にそういう状況だったのである。

 不期遭遇戦においては、第一線部隊は、任務(今回の事故ではマニュアルに規定された役割が該当しよう。)を基礎とし、最も状況に即した対処行動をとることが必要である。
上級指揮官は第一線部隊の状況を確認しつつ、全般戦局を我に有利にするための方策を確立してその実行を命ずる。
且つ又、隷下各部隊の自主積極性を助長しつつ、必要により、必要なサポートを行うこととなろう。

上級指揮官が第一線部隊の行動を一々指図することは状況にそぐわないばかりか悪影響をもたらすことは必定であり、今回の福島原発事故でも言える。

 オンサイトがやるべきことを実施していないと云うならば兎も角、やるべきことをそれこそ命がけで悪戦苦闘して実行しつつあるのである。
官邸中枢がやるべきことはマニュアルに示されたこと以外で言えば、オンサイトが何か困っていないのか、サポートするにはどうすれば良いのか等であり、東電本店と協議し或いは状況を確認して対応すべきなのである。
とても大所高所から何かを判断していたとは思えない。

官邸中枢チームの政治家が「一つのボールに集中し過ぎた」と述べた とされているが正に小隊長か班長級が大作戦を指揮しているようなものだ。指揮しているとはとても言えない。

 最も、官邸ばかりを責めるのも酷な面があるとも云える。確かに原発プラントや発電所自体の対処状況が不明、その企図すらも明確に解らないのだから、止むを得ず前のめりになっていったのだろう。
その背景を報告書は第3節に詳述しているが紙面の関係で割愛する。(項目は上述2項に記載してある。)

 発電所所長の命令指示違反は明らかである。基本的にはこのような重大な問題を見逃してはならない。
軽々しく現場の判断を重んじ、敢えて命令違反と解っていても実行せざるを得ない場合が絶対ないのだろうか?「君命に受けざることあり」とも言われるが、そういうことが絶対あってはならないか?

状況を知り得ない上級司令部の判断よりも現場の判断が重視される場面もあり得るはずだ。
大事なことは隷下部隊をして命令違反をさせない体制、環境を整えるべきだ。そして命令を受ける暇がない場合の対応についても明確に示しておくべきだ。

最も、そもそも官邸が要らざる容喙をするからこのような事態が起きたのであり、官邸こそ責められるべきだとの論もあろう。それでも違法・不法な命令・指示でない限り服従すべきだろう。
この様な状況が惹起しないように隷下との指揮・連絡が絶対に確保され、且つ双方の意思疎通が不可欠である。

4 指揮官と幕僚(スタッフ)の関係

(1)官邸中枢とそれを支える幕僚組織の実態(84p~95p)

 官邸中枢メンバー等は、震災直後の段階から、本来現場対応に一次的に当たるべき東京電力及び保安院に強い不信感を抱いていたことが認められると判定し、 ①その不信感は、東京電力に対しては11日夜の段階で既に始まっているとしている。
官邸に詰めている東電のスタッフからも芳しい回答が得られず、不信感が増幅したようだ。
②本来政府の原子力災害対策本部の本部事務局となるべき保安院に対する評価も極めて厳しい。
本来経産省内に設けられるべき事務局機能が官邸とに分立したこともあり、そもそも経産省内に設けることが良かったのかとの意見もある。
保安院(事務局)は、情報収集すべきであった保安検査官の退避もあり、情報収集もままならず、院長等と分立させられたこともあり、幕僚組織として何ら有効な対処に関わる行動方針を提示できなかった。

③タテの多層化による不信感・混乱の拡大と題して、報告書では、官邸の東電や保安院に対する不信感の最大の要因となったのが、危機感に駆られる官邸中枢が、これらの組織を通じて事故現場の様子をタイムリーに把握するのに多大な時間と労力を要したことと述べている。具体的にはサイト情報の伝達報告経路が複雑化・多層化を生じたことや、官邸中枢チームが危機管理センターから離れた官邸5階に移動したことによる更なる情報収集プロセス多層化に拍車をかけた と指摘している。

(2)幕僚(組織)の在り方

 不安院とも揶揄された保安院の実態、本来であれば現地に進出し戦闘指導に当たるべき現地対策本部(オフサイトセンター)の全くの機能喪失、東電本店の余りにも貧弱な官邸への状況報告の質や量等を考慮すれば、ある意味では官邸中枢に対して同情を禁じ得ない。

であるならば、この貧弱な体制を如何に立て直すかが喫緊の課題であった筈だ。
その対策が東電本店との、正に想定外の統合対策本部の設置であったのはある意味頷けないではないが、東電本店と官邸の役割は違うはずだし、如何に情報を共有し、意思疎通を図るかに努力すべきだったのではないか。また、情報の集約されている危機管理センターからの離隔し、事務局たる保安院の補佐も困難な官邸5階に閉じ籠ったのは危機管理上責任放棄である。だから、内閣参与を多数任命しなければならなかったのであろう。

 政治主導を標榜していた民主党だったが故に、官僚機構に不信感があったのかも知れない等と勘ぐってしまう。然し、既存の組織を使わずに対処行動がとれる筈もなく、その強化・態勢立て直しを優先させるべきだったはずだ。
指揮官とその幕僚間の信頼感がないというのは不幸であり、これではただでさえ厳しい作戦指導を実施し得る筈もない。

 一方、幕僚組織たる保安院や、中間司令部であり、ある意味では補佐組織とも云える東電本店の何となく消極的な対応にも違和感を覚える。
国難である。職を賭してでも、相手がイラ○と誹謗される指揮官であっても云うべきことは言うべきではなかったか。
そのような雰囲気というか対応を促すのは官邸中枢に詰めていた政治家諸氏の任務ではないのか。
平時の能吏、乱世の英雄という言葉があるが、今次原発事故に携わった幕僚組織は平時の能吏ですらなかったのかも知れない。
怒られるから、信頼されていないからと避け続けたのでは不信感のスパイラルから逃れられない。

 官邸中枢の幕僚組織に対する不信感増幅の主たる要因は、彼らスタッフが適時適切に必要な情報を収集し、報告しなかったからである。
異常事態発生直後に必要な情報を収集することが出来なかったのはある意味止むを得ないが、その状態を何時までも放置していたのは理解に苦しむ。対処法はあった筈だ。
 
5 トップリーダーの資質等

(1)報告書に見る菅首相のマネージメント・スタイルの影響(108p~112p)

 報告書は、「福島原発事故後の初期対応において、菅首相の個人的資質に基づくマネージメント手法が、現場のアクシデント・マネージメントへの積極的な関与に一定の影響を及ぼしていたと考えられる。
判断の厳しい局面で、菅首相の行動力と決断力が頼りになったと評価する関係者もいる一方、菅首相の個性が政府全体の危機対応の観点からは混乱や摩擦の原因ともなったとの見方もある とその功罪を述べ、①トップダウン型のマネージメント・スタイル ②強い個性 ③ライン情報に対する不信とスタッフ(個人的アドバイザーとの意味)に対する依存を挙げて分析している。細部は割愛する。

(2)トップマネージメントのタイプと功罪

 トップマネージメントには、云わばトップダウンとボトムアップの二通りのタイプがある。
云うまでもなく、緊急事態にはトップダウン的に対処するのがベターであるが、それには条件がある。トップが状況を正確に把握していること、対応に必要かつ十分な識能を有していることの条件が満たされるべきだが、今般の事例ではこの二つとも満たしていない。
   首相がトップダウンと云う形式に余りにも拘り過ぎたともいえ、それ故に眼前の些末な事象対応に一国の宰相が携帯電話で指示確認する等という醜態を晒したのである。
   小生が部隊指揮官を務めている時に常に意識していたことは、「大局観」であり、「状況判断の基本的要件」(「任務を基礎とし、何時、何を決心すべきかを至当に判断すること
を云う。)であった。
   複雑かつ重大・緊急な事態への対応であればあるほど、個人のみで対応することは不可能である。機動的なスタッフの補佐なしに対応出来る筈もなく、トップダウンを曲解していたのではないかとの疑いたくなる。一国の宰相の指揮は第一線部隊指揮官の指揮とは違う。

(3)トップマネージメントの在り方

 英国のチャーチル首相は、第二次大戦を陸軍参謀総長アランブルック陸軍大将の適切な補佐を得て戦い抜いたのであるが、リデルハート著第二次大戦史にあった逸話が今でも記憶に残っている。
チャーチルは首相として戦況も知りたい、事後の作戦方針についても協議したいのだが、参謀総長が首相のもとに来ない。彼は多分苛立っていたのだろうが、それでも、必要があれば彼(アランブルック将軍)は報告に来るはずだと待っていたと云う。
部下との強い信頼感があるからこそでもあるのだろうが、じっと待つことも必要なのだ。

 日露戦争時の満州総軍司令官の選任にあたり明治天皇は、人徳と人望に優れた大山巌大将に決定したといわれる。
細かいことは総参謀長の児玉源太郎に任せ「なんじゃ、賑やかじゃのう。今日もどこかで戦でごわすか」と嘯いたという。
その実、色々な事を掌握していたとも言われる。
大人の風格が漂い、指揮官の理想像と讃えられたのも頷ける。この大山の統率力が日本陸軍勝利の要因であり強さでもあった。

 トップが為すべきことは、方針や方向性を示し、その実行を監督し、問題やネックがあればその是正を図り、もって任務の達成を期すことにある。

 何でも知りたがるのは禁物だ。何を判断するのか、その為のキーとなる情報は何かを明確にして、その収集を厳しく要求すればいい。自ら収集するなとは言わないが、それよりも重要なことがある筈だ。
何を判断すべきか、その軽重緩急を弁えねばならぬ。
そして状況判断は常に継続していなければならない。

 隷下部隊等の対応が指揮官の意図と異なるのであれば、指揮系統を経て是正を命じればいい。
基本的には、中間結節を飛び越えての指揮命令はすべきではない。隷下部隊の状況を如何に掌握するかがポイントである。その掌握の上に戦闘指導が為されるべきだ。

 今回の官邸中枢の対応は指揮命令の基本を逸脱しているとしか思えない。

6 スタッフ(幕僚)活動の基本

(1)報告書に見る幕僚組織の実態:官僚機構の関与の薄さ

 表題について、報告書は「政府の福島原発対応の初期段階において、保安院を中心とする霞が関の官僚機構の対応は総じて、事後的・受身なものであり、その存在は希薄だったと結論付けている。官僚側から能動的に有効な対応策が提案された事例は少なく、重要な意思決定の場面では「あとは政務で決める」とされ、官僚は除外されたと記載されている。

 法制上、緊急事態に対する事務方の責任者は、内閣官房副長官、内閣危機管理監及び安全保障・危機管理担当の官房副長官補の3人であるとされるが、今回は大規模な複合災害だったために、危機管理監のみが原発担当とされ、他の二人は地震・津波対応担当とされた。

原発担当であった危機管理監も、官邸5階における意思決定に関する会議参加は限定的であったという。

 また、保安院が果たした役割については、政務側からの評価が低いと述べる形で、それを肯定していると思える。保安院のトップツーに対する評価は取分け手厳しい。

(2)幕僚活動如何にあるべきか

 緊急事態対応の事務方3人の内1名のみで原発対処を担当させた事が果たして良かったのだろうか?原発対応と地震・津波対応の双方の緊急度・重要度を考えれば逆の体制にすべきではなかったか。

 我が国の官僚は優秀だったはずだ。斯様な緊急事態に手を拱いて政務の指示を待っていたというのでは余りにも情けない。
幕僚活動は、指揮官の指針を根拠として活動するものではあるが、その指針が示されないのであれば、かくかく実施したいと指針を指揮官から貰わねばならない。それ位の気迫が欲しい。

 幕僚活動は指揮官の意を我が意とし、その活動の要則は、並行性、先行性、完全性、適時性であると教育を受けてきた身としては、国家中枢組織の対応は寂しい限りである。
危機管理の一端を担うべき組織にある者に対しては、危機管理や幕僚活動の基本をしっかりと叩き込むことが必要であろう。

 仮にトップツーが頼りないとしても、当該組織には使える官僚はいる筈だ。それを使うのが筋だろう。既存の組織を如何に活用するかが重要だ。

7 トップリーダーの具備すべき識能

(1)官邸中枢における原子力災害対応に関する認識不足(報告書100p~101p)

 報告書では、同マニュアルの想定不備に加え、これを使う側の官邸中枢には災害対応法制に関する基本認識が不足していた。統合対策本部設置まで首相には原子力災害時のマニュアルや関連法制の基本について事務的な説明は一度もなく、これは官邸中枢メンバーも同様の状況であった。

また、官邸中枢チームには、菅政権発足半年の間に、防災関係のレクチャーを受けたことがない(または少なくとも記憶していない)者や原子力安全・保安院の役割についても震災後初めて知った者なども含まれていた。政治家から説明を求めた形跡もなく、政治家をサポートする事務体制が脆弱であった様子が浮かび上がる としている。

 仮に、原子力災害マニュアルの想定そのものが十分でなかったとしても、基本的な制度認識なくして想定外の事態に対する適切な臨機応変な対応を期待するのは困難である 。

(2)政治家等に対する危機対応訓練の実施

 国家緊急事態が想定内で収まれば万々歳であるが、多分そうはならないであろう。
各種想定を準備しておいてもそれで万全ということはない。
マニュアルはそれを熟知して、そしてその上で、それを越えなければならないものである。守・破・離の離の境地に至らねばならぬ。それが出来るためには相応所要の教育や訓練が必要である。

 国家緊急事態に対応することが予期される政治家諸氏に対する所要の教育・訓練が計画されるべきだ。
先ずはマニュアル通りの訓練を、次いで想定外が続出するブラインド訓練が行われて然るべきだ。
それを計画実施するのは内閣官房を置いて他にはなかろう。

8 終りに

 昨秋以降、リーダーシップに関する本が何冊か上梓された。
これも、今般の大震災特に福島原発事故対処に関する政治家の危機管理対応の問題点への解決策を提示しようという趣旨であり、そういうものが求められているのだ。

 国家や組織のリーダーの在り様を今一度考えてみるべきだ。危機時におけるリーダーシップのあり方を確立しなければならない。
国家等のエリートを育成する過程でリーダーシップを学ぶことが肝要である。国家の政治エリートが根本を学ばず、政治のノウハウや選挙のハウツーだけを学んでいたのでは税金泥棒である。

 民間事故調の調査・検証報告書では、リスクコミュニケーションについても相当なページを割いて実態を記述し、かかる状況に立ち至った歴史的・構造的要因も分析している。

 敢えて述べれば、トップリーダーチームの国民への周知広報(マニュアルでは公衆への情報提供)、対応に関する事項等、もっと国民を信頼して真実を告げ、国民の信頼をしっかりと繋ぎ止めなければならないと考える。
また、危機管理の掌にある者は、自らが仕掛けた安全神話などに呪縛されてはならない。
冷徹な判断力を持つことが肝要だ。そのようなリーダーの輩出、育成が望まれる。(3月16日脱稿)