山下塾第5弾

山下 輝男

第四話「エボラ出血熱と自衛隊:何が出来るか」

 本話は、さる11月19日綜友会医学研究所(所長木村もりよ氏)主催の緊急セミナー「エボラ出血熱リスクと日本の危機管理体制」を聴講し、それに触発されて、認めたものである。
 西アフリカで、エボラ出血熱が猖獗を極めており、欧米においても感染・死亡者が発生し、国際社会の重大な関心事項となっている。我が国におけるエボラウィル対策を管見し、危機管理上の課題を摘出する。国内対策や国際協力と云う観点から、自衛隊に何が出来るのかを考察してみる。感染症対策は、バイオテロ対策でもあり、我が国のバイオテロ対策も、対策先進国米国から学んで、所要の態勢を採る必要があろう。自衛隊が感染症対策等で出来ることは少ないが、今後国内外において所要の貢献を行うことを求められることになるのではなかろうか。


1 エボラ出血熱の脅威

(1)概要
 エボラ出血熱(エボラウイルス病)は、フィロウイルス科エボラウイルス属のウイルスを病原体とする急性ウイルス性感染症。出血熱の一つ。ヒトにも感染し、50-80%という死亡率を持つ種類も存在する。人類が発見したウイルスの内で最も危険なウイルスの1つである。
「エボラ」の名は、発病者が出た地域に流れるエボラ川から命名されたエボラウイルスは大きさが80 – 800 nmの細長いRNAウイルスであり、ひも状、U字型、ぜんまい型など形は決まっておらず多種多様である。

 初めてこのウイルスが発見されたのは1976年6月。スーダン(現:南スーダン)のヌザラという町で、倉庫番を仕事にしている男性が急に39度の高熱と頭や腹部の痛みを感じて入院、その後消化器や鼻から激しく出血して死亡した。その後、その男性の近くにいた2人も同様に発症して、それを発端に血液や医療器具を通して感染が広がった。最終的にヌザラでの被害は、感染者数284人、死亡者数151人と言うものだった。
 体細胞の構成要素であるタンパク質を分解することでほぼ最悪と言える毒性を発揮する。そのため、エボラウイルスはWHOのリスクグループ4の病原体に指定されており、バイオセーフティーレベル(BSL)は最高度の4が要求される。
・致死率は50 – 90%と非常に高い。(今回の流行での致死率:70%(WHO)) (天然痘:40%)
・潜伏期間は、2~21日(通常7日程度)
・症状は、突然の発熱、頭痛、倦怠感、筋肉痛、咽頭痛等を呈する。次いで、嘔吐、下痢や内臓機能の低下がみられ、さらに進行すると、身体の様々な部分から出血(吐血、下血)等の症状が出現し、多くは死に至る。
・インフルエンザとの鑑別が困難
・ウィルスの感染経路:接触感染と云われるが、飛沫感染の可能性も示唆されている。エボラウイルスに感染した動物(オオコウモリ等)、その死体や生肉への接触、その生 肉を食すことによっても感染が成立
・アルコールや石鹸による消毒が可能、次亜塩素酸も有効
・100%有効な治療薬、ワクチンを含む予防手段は未確立
・流行:アフリカ大陸で、10回突発的に発生


(2)エボラ出血熱の脅威
 ア 感染症としての脅威
 人類の歴史は、様々な感染症との戦いの連続であったと云われる。原因も治療も十分に確立されていなかった時代には、感染症のパンデミックは歴史を変えるほどの影響を及ぼした。19世紀後半以降は、感染症による死亡者は激減したが、1970年頃より、以前には知られてなかった新たな感染症である「新興感染症」や、過去に流行した感染症で一時は発生数が減少したものの再び出現した感染症「再興感染症」が問題となっている。発展途上国ばかりでなく先進国においても、脅威である。
 大航海時代にアメリカ大陸で発生した天然痘の大疫禍が特に有名である。「新大陸」を求めて探検・入植してきた西洋人の多くは天然痘ウィルスの保菌者であり、一方アメリカ大陸には当時まだ天然痘は存在せず、現地の人は天然痘に対して一切の免疫を持たなかった。その結果、現地で天然痘が大流行した。(1520年 コルテスが、天然痘を患っていた奴隷の衣類を和睦のしるしにアステカ人に送り、感染させる。1532年 ピサロが、インカ人に天然痘と麻疹を持込、全滅させた。)
 14世紀には、黒死病と呼ばれるペストが大流行し、当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2に当たる、約2,000万から3,000万人が死亡したと推定されている。新型インフルエンザのスペイン風邪の大流行(1918)やアジア風邪(1957)も多数の死者が出た。
 多くの先進国にとって、感染症は過去に制圧されたものと考えられていたが、今般のエボラ出血熱の流行は先進国もその脅威から逃れることが出来ないということを示している。

 イ 経済的な脅威
 米国CDCの西アフリカにおける感染者等の見積もり試算を元に推計された治療費は2016年度末までに約7000億円であり、世銀レポートでは最悪の場合2015年末までに3.5兆円の経済損失である。

 ウ 安全保障上の脅威
 元ソ連生物兵器製造組織最高責任者のケン・アベリック氏は、その著書の中で、「人と人が直接接触しなくとも感染させることが出来る」ウィルスだと述べている。飛沫感染の可能性があり、且つ治療法・予防法がないのであれば、バイオテロの手段として使用されないという保証はない。
 因みに、1980年に根絶宣言された天然痘も安全保障上の脅威である。
 生物兵器については、生物兵器禁止条約があるが、実態はどうなのであろうか?例えば北朝鮮について、韓国の「2012国防白書」は、「北朝鮮は炭疽菌、天然痘、ペスト、コレラ、出血熱など様々な種類の生物兵器を独自に培養し、生産しうる能力を保有していると推定される」と指摘している。


2 西アフリカでの流行と世界の対応状況等

(1)西アフリカでの流行
 ギニアをはじめとする西アフリカにて2013年12月頃から流行し始め、過去最大の流行規模で、11月14日現在、WHOの報告によれば、14,098人の患者が発生し、5160人が死亡している。流行は森林隣接地帯が中心であり、この地域の葬儀で死者に触れる習慣が流行を加速させているとの指摘もあり、また、コウモリやサルなどの野生動物を食べる習慣がリスクを高めているとの推測もある。
 エボラ出血熱の感染者数・死亡者数ともに過去最多に達し、2014年11月時点でも指数関数的に増加中である。また、西アフリカにおける初めての流行、および史上初めての首都での流行となった。

 
国名感染者数死者数
リベリア68782836
シエラレオネ55861498
ギニア19191166
ナイジェリア208
セネガル10
マリ65
米国41
スペイン10
ドイツ11

(2)各国等の対応
 WHO、アメリカ疾病予防管理センター (CDC) 、欧州委員会 (EU) 、西アフリカ諸国経済共同体 (ECOWAS) 、国境なき医師団 (MSF) 、平和部隊、赤十字社 (IFRC) などが乗り出し、各種基金や人的支援を行っている。
 患者は急増し、アメリカ人の感染・死亡と同国医療従事者の感染があり、アメリカ途上国支援団体の平和部隊はボランティアの撤退を決め、CDCが渡航自粛勧告を行った。
 2014年8月8日、WHOは西アフリカにおけるエボラ出血熱の流行が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると宣言した。
〇米軍の対応
 ①米軍3,000人を西アフリカに派遣
 治療施設の設置(100床、17施設)や医療従事者の育成等、1年程度の派遣期間
 治療には参加せず、後方支援に徹する方針。
 ②米国の国内対策:民間医療部門支援即応部隊の創設
 国防長官が10月20日指示。医師5名、看護師20名、訓練専門家5名からなる特別医療班、命令後72時間内に出動可能な態勢
 厚生省の要望により創設
〇日本の対応等
 ①リベリア大統領、自衛隊などからなる緊急医療隊の派遣要請(9月10日付安倍首相への書簡)
 ②アフリカを担当する米アフリカ軍(AFRICOM)司令部(独シュツットガルト)への連絡要員(3等空佐)を10月21日以降派遣(追加要員も検討中)
 エボラ出血熱への対応に関する、我が国と米国が行う様々な連携を強化していく上で必要となる連絡・調整や、米軍をはじめとする各国の活動状況等についての情報収集等の実施
 ③財政的援助
 緊急無償資金協力(52万ドル、150万ドル、更に4000万ドルを表明)
 ④サーモグラフィーによる入国者の検査
 ⑤JICA駐在員の隣接国への一時的撤退(8月11日)
 ⑥渡航延期勧告、退避検討勧告の発出(8月8日)
 ⑦関係閣僚会議(10月28日)、関係省庁対策会議等の開催(11月5日)、厚労省の指示、情報公開等、検疫体制、初動検査・治療体制及び感染拡大の防止策等を指示等
 ⑧西アフリカのリベリア、ギニアの両国駐日大使が11月21日、東京都の日本記者クラブで記者会見し、日本政府などに支援を訴えた。
 ⑨11月23日、日本・中国・韓国の3か国の保健大臣会合で共同声明を発表し、3か国が一致して国際的な取り組みに貢献していくことを確認した。


3 我が国のエボラ出血熱に関わる危機管理上の課題等

(1)法体系上の問題
 我が国で発生するであろう感染症は、国内発生型ではなく、外国からの流入であろう。如何に水際で阻止するかの観点から検疫法があり、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の二本建てである。
 木村先生が指摘されておられるように、このような法体系の仕組みは効率的ではない。方や検疫所が活動主体であり、一方は地方自治体が対応主体となっている。
 極めて重篤な感染症の発生が予測される場合に、水際対策は勿論、国内対策をも包含した法律が必要である。
 また、感染症対策を主導するのは、内閣官房インフルエンザ等対策室となっており、国の防衛に関する事態ではないので、内閣危機管理監が司令塔の役割を担う。
 内閣危機管理監は各省庁に対して総合調整を行い、実行は各省庁が行うこととなっている。総合調整権限は強制力なく、実効性に乏しいと考えるが、どうだろう。
 危機管理対処においては、危機対処を具体的に担う実動部隊が必要であるが、感染症対策において、機能的・具体的な実動部隊が存在するのか、あったとして、それらに対する指揮命令権はどうなっているのか、実効性があるのかどうか疑わしい。
 また、感染症のパンデミックの恐れがある事態は、国家の非常事態であるが、非常時には非常時のやり方がある筈であり、我が国にはそのような非常事態にかかる法律が存在しない。


(2)不測事態への対策
 水際対策は重要であり、その為の更なる態勢整備も必要であるが、水際対策だけで十分であるとは言い難い。水際対策は、港・空港での検疫と感染者の停留措置等であるが、2009年のA型H1N1亜型インフルエンザ(09Aインフルエンザ)発生時にも完璧に水際で阻止出来た訳ではなかった。
 如何なる対策とて、完全は有り得ないのであり、「最悪の事態に備える」という危機管理の要諦に鑑み、国内でエボラ出血熱等の感染症が発生し、それが流行する可能性もあることを視野に入れた所要の態勢を構築すべきである。
 エボラウィルス感染症を受け入れられる医療機関は全国で45、総ベッド数80であり、医療スタッフも不足している。最悪の事態を想定したくないのではなく、最悪に備えるべきなのだ。
 東京検疫所の佐々木医師にお伺いしたところ、感染患者(疑いも)を輸送する場合、民間業者に頼らざるを得ないという。救急車を使った場合、除染その他等で、暫く当該車両を使えなくなるので、問題が生じるという。


(3)研究と対処準備
 エボラ出血熱のウィルス解析のためには、BSL(バイオ・セキュリティ・レベル)4の施設が必要である。『BSL4』の実験室は、国内では国立感染症研究所(武蔵村山市)と理研(つくば市)の2カ所にあるが、地元住民の反対があり20年以上BSL4としては運用されていない。日本の研究者は、わざわざ海外のBSL4施設まで出向き、そこを間借りしてウィルス研究を続けているという。だが、2001年の米国同時多発テロ以降、各国とも自国の研究を優先し、それもままならない状況のようだ。
 地元住民の理解を得て、早期に稼働させて研究・解析が為されねばならない。治療薬の開発やワクチン製造に早期に手がけなければ、将来に禍根を残すことになり兼ねない。
 治療等に当たる要員に対する教育訓練も必要だ。如何なる教育訓練を行うべきなのか、誰が担当するのか等早急に結論を得て、準備に着手して頂きたいものだ。


(4)初動対処上の問題
 ア 初動対処支援即応部隊の編制
 危機管理における初動対処の重要性は、言うまでもない。感染の初期において、如何にしてそれを封じ込めるかがポイントである。国内における治療キャパシティは限定的である。また、法的責任は地方自治体にあるが、能力上問題があるとすれば、それを如何にしてカバーするかが重要である。米軍の国内特別医療班設置は示唆的である。また、災害時にはDMAT(Disaster Medical Assistance Team)が編成され、被災地に派遣されるが、同様なシステムも必要だろう。何所に編成するのが効果的かどうかの検討が必要だ。
 イ 封じ込めのためには、原則的には、エボラ出血熱感染者を隔離し、関係地域を封鎖することが必要である。然しながら、人権上の問題もあるので、我が国として如何なるポリシーで対処するのかを早急に検討・確立する必要があろう。


(5)国際協力について
 安倍首相が掲げる積極平和主義もあるが、我が国に対する諸外国の期待には大きいものがあるのではないだろうか?財政的支援のみならず、人的支援も期待されている。
 極めて致死率が高く、医療従事者も感染するという事態も起きており、そのような厳しい状況下で、医療従事者等を派遣することには、厳しいものがあるだろう。少なくとも、そのような医療チームを派遣するとすれば当然しっかりしたバックアップの態勢を採る必要がある。
 そのような任務を実施し得る組織は、自衛隊を置いて他になかろう。自衛隊は、PKO活動や国際緊急援助活動において、救護所を開設・運営したが、それを可能ならしめた後方支援体制が充実していた。救護所・治療施設等の開設・運営、医療従事者に対する管理支援、所要の人員・物資の輸送等、防疫消毒作業等は実施可能ではないだろうか?
 然しながら、猖獗を極めるエボラの発生地域に派遣するには、事前の周到な準備と資機材の準備や訓練が重要だ。
 また、自衛隊の派遣が長期化すれば、通常の隊務運営にも支障が出るのは必然であり、それらに対する手当ても重要だ。


(6)防衛省の感染症対策
 ア 感染症対策
 防衛省新型インフルエンザ対策においては、次のように示されており、エボラ出血熱対策にも適用されよう。
 ①新型インフルエンザ発生時における邦人帰国のための自衛隊機・艦船等の派遣
 ②検疫体制を強化するための自衛隊医官等の協力
 ③パンデミック時等の医療提供における自衛隊病院及び医官等の活用
 自衛隊病院は、新型インフルエンザ感染患者を取り扱うことができる病床(第一種感染症病床等)を保有しておらず、パンデミック初期において、自衛隊病院等への患者受け入れが求められることはないと考えられている。
 他方、パンデミックの規模が大きくなり、市中の一般病院の第一種感染症病床では収容しきれなくなった際には、第二種感染症病床、結核病床、通常病床、公民館等への収容もあり得るとされており、このような段階においては、自衛隊病院等の活用があり得よう。
 ④パンデミック時等の食料・生活必需品の運搬等

 イ 感染症研究
 防衛医大に感染症疫学対策研究官が設置され、次のような研究を行っている。
 ①国内外の感染症流行状況等に関する情報を収集・分析し、防衛省・自衛隊の活動を支援
 ②感染症危機管理事態が発生した場合には、実地疫学調査等を行い感染制御に関する提言


(7)テロの脅威
「1(2)ウ項 安全保障上の脅威」で述べた通り、エボラ出血熱ウィルスはバイオテロに使用される可能性があり、使用された場合、その致死率の高さ、予防・治療法の欠如から、甚大なる被害が予測される。
 バイオテロに使用される可能性のある生物剤について、1972年の生物兵器禁止条約の規制対象微生物29種、毒素2種、CDCは2000年優先順位を感染性・伝染性、致死率及び認知度等により3段階に区分、WHOは2004年微生物11種、毒素4種をリストアップしている。生物兵器に使用されるおそれのある感染症には、炭疽やペストなどの細菌感染症、リケッチア感染症、天然痘やエボラ出血熱等のウィルス感染症、毒素があると云われる。
 CDCによる生物テロに使用可能な生物剤のカテゴリーAには、エボラ出血熱も列挙されている。
 自然感染と人為的感染特に悪意に満ちた人為的感染との区別は困難であり、テロとの認定には時間を要する。


4 テロへの対応

 平成14年に「生物兵器対処にかかる基本的考え方」が策定され、防衛出動に至らない生物テロの事態には、第一義的には、警察・消防機関及び厚労省が主体となって対応するが、自衛隊も必要により、災害派遣等及び治安出動により対応することとなっている。
 災害派遣等では官庁間協力による緊急輸送、防護措置を取っての患者搬送、消毒、医療活動があるが、どれほどの防護措置が可能かによって実施できる内容は異なる。
 厚労省等による患者への対応のレベルを超える場合には、情報提供や教育訓練、防護衣・検知器材等の装備配備、患者搬送、治療施設及び医療の提供、予防薬・治療薬の輸送・配布、検知、拡大防止、及び除染をするが、必要かつ十分な態勢が整っているか、未だその途上にあるのではないだろうか?
 速やかに、所要の態勢整備を行うことが、抑止にもなり、いざという場合に対応できる。基盤整備には、検知及びサーベイランス、同定(生物剤の種類の確定)、防護、予防、診断・治療、除染等多岐な分野がある。


 感染症や生物兵器に対する態勢は、国家としても、自衛隊としても、十分であるとは言い難い。恐れるだけではなく、エボラ出血熱等の感染症に正面から向かい合い、所要の態勢を速やかに構築する必要がある。感染症対策にかかる抜本的な態勢整備を行い、その中で、自衛隊が果たすべき役割が明確にされねばならない。
 テロや感染症のパンデミック事態を対岸の火事視してはならない。

(了)