山下塾第5弾

山下 輝男

第十四話「防衛力整備の考え方の変遷」

 防衛力整備は対象の見積もられる脅威の質と量に対応し得ることを基本として行うべきであるが、財政状況、国内政治状況、国民の意思によって、必ずしもその通りになる訳ではない。自衛隊の揺籃期の防衛力の拡大の懸念を払拭するための基盤的防衛力整備構想が長らく自衛隊の防衛力整備を規定してきた。その後、国際情勢の激変に伴い、動的防衛力ついで統合機動防衛力構想へと変化した。本話では、その変遷を概観したい。



1 51大綱以前の防衛力整備

(1)概要
 基盤的防衛力構想を導入した51大綱策定前は、57(昭和32)年5月に閣議決定された「国防の基本方針」の下、3年又は5年を対象期間とする防衛力整備計画が4次にわたって策定され、計画期間中の整備方針、主要整備内容、整備数量などが示された。
 第1次防衛力整備計画は、昭和33年度から同35年度までの3か年計画として、国力国情に応じた必要最小限度の自衛力を整備するためのものとして策定された。昭和36年度以降については、第2次~第4次防衛力整備計画が、それぞれ5か年計画で策定され、そこにおいては、通常兵器による局地戦以下の侵略に有効に対処することが防衛力整備の目標とされた。
 断っておくが、所要防衛力構想と明示された整備目標が存在したわけではない。

(2)各防の整備方針・目標
  1次防:骨幹防衛力の整備、陸自:18万人、予備自1.5万人、海自:艦艇12.4万トン
      空自:航空機約1,300機
  2次防:通常兵器による局地戦以下の侵略に有効に対処
      陸自:定員18万人、予備自3万人、師団制への移行、戦略単位13個部隊へ
      海自:艦艇14万トン、潜水艦部隊・対潜哨戒機部隊増強
      空自:SAM部隊4個隊、航空機約1000機
  3次防:通常兵器による局地戦以下の侵略に最も有効に対処(太字は3次防との差異)
      陸自:大・中ヘリ83機、戦車280両等
      海自:ヘリ搭載護衛艦2隻、その他護衛艦15隻、対潜ヘリ40機等
      空自:ナイキJ5個部隊整備
  4次防:3次防に同じ
      陸自:定員18万人、予備自3.9万人、ホーク4個部隊等
      海自:各種護衛艦16隻、潜水艦の整備、作戦用航空機92機
      空自:F-4E46機等

(3)防衛費増大への批判等
 第2次防衛力整備計画で総額1兆1,635億円、第3次防衛力整備計画で2兆3,400億円、第4次防衛力整備計画で4兆6,300億円のペースで、防衛費が増大し続けることに不安感が表明され、自衛隊内部でも正面装備優先で後方装備の遅れを指摘する声もあり、折しも、オイルショックやインフレーションによる大不況の影響を受け、1976年(昭和51年)度予算時点での計画の未達成が確実であり、従来の防衛力整備計画では長期的見通しも立てられなくなった。


2 基盤的防衛力構想

(1)背景等
「基盤的防衛力構想」は、冷戦時代のデタント期、オイルショックによる物価高騰、防衛力増強に対する国民の歯止めを求める声等の状況下で、「4次防」までの所謂「脅威対応論」や「所要防衛力論」に代わり考え出されたものである。
 即ち、51 大綱以前の防衛力整備では、数度にわたる計画を実施するも、防衛庁・自衛隊が期待する防衛力の水準に達しない状況が続いてきた。戦後初のマイナス成長を記録するなど経済成長が鈍化し、また防衛力の限界を求める声が国内外で高まったため、水準達成はさらに遠ざかることが予想された。そこで、51 大綱では防衛力整備の目標自体を下げることにより、その水準を達成する可能性を高め、財政状況と国内外や自衛隊内部の声に配慮しようとしたとも云える。目標を下げるという苦肉の策が基盤的防衛力構想であったとも云えると指摘されている。
 日本の軍拡を懸念する国内外の世論に対して、日本の防衛政策の抑制的側面が強調した結果でもある。

(2)構想の概要
 基盤的防衛力構想の内容は、1977年版「日本の防衛」に詳述されており、その基本的な考え方は、内外諸情勢が当分の間大きく変化しないとの前提に立てば、
 ①防衛上必要な各種の機能を備え、後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有することを主眼とし、
 ②これをもって平時において十分な警戒態勢をとりうるとともに、限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処することができ、
 ③更に、情勢に重要な変化が生じ、新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには、円滑にこれに移行し得るよう配意されたものとする。(エクスパンション論)
 というものである。
「基盤的防衛力構想」は、我が国に対する顕在的な侵略脅威はない、米ソのデタント状況、日米安保体制が有効に機能しているという条件下では、機能・配置において欠落のない基盤的なものを保有し、体制・装備も量より質に重点を置き、万一、侵略事態が発生したら防衛力の拡充を行い、その間のリスクは政治が持つものとされた。

(3)本構想に基づく防衛力整備の概要
 基盤的防衛力整備構想は、51大綱(S51/10/29策定)、07大綱(H7/11/28策定)そして16大綱(H16/12/10策定)と実に30年余りに亘って我が国の防衛力整備の構想となった。
 この間、国際情勢等の変化等に応じて、本構想を基本的に継承(07大綱)、有効な部分は継承(16大綱)と、基盤的防衛力構想の取り扱いも変化してきた。


(4)功罪
 30年余りに亘り、我が国の防衛力整備の中核的概念であった基盤的防衛力整備構想は、日本が軍事力を拡大することなく穏健な防衛力整備を進めるというアピール・政治的表明とも受け止められ、国内外から比較的高い支持を得ていたが、幾つかの問題点も指摘されていた。
 ①「日本が力の空白にならない。」と云う論理と、「必要最小限の防衛力の保持」と云う論理が整合なく成立するかについて疑問が呈されていた。
 ②現実を無視した防衛力の整備目標
 周辺国の軍事力を無視した防衛力を保持することは、甚だしく軍事的合理性を欠いている。意図と能力の変数とされる脅威、特に我が国に対する侵攻可能性ある国の能力を見積もらずして、必要な防衛力が算出できるはずがない。現状の防衛力を追認する意図がミエミエである。限定・小規模侵略には独力で対処するとしているが、そうありたいと云うのは理解できるとしても、対象国の能力を無視している。米軍来援までに防衛し得るのかについても疑問がある。
 ③エクスパンドへの期待薄
 情勢が変化した場合には、所要の防衛力に拡大するとの論理だが、そのような具体的な計画が欠如し、またそんなに簡単に緊急造成出来るものではない。所詮は机上の空論に過ぎない。

(5)基盤的防衛力構想の限界
 1989年には冷戦が終結し、その後新たな脅威が現出しても、基盤的防衛力構想を基本的に踏襲するとして、本来本構想が前提とした国際情勢の変化に柔軟に対応していない。即ち、本構想が政治的アピールに過ぎなかったことを如実に示している。


3 動的防衛力構想
(1)策定の経緯等
 ア 政権与党自民党の新大綱に関する提言
 2009年(平成21年)、政権与党の自由民主党が、核実験や弾道ミサイル発射実験を行う北朝鮮、航空母艦建造を行っている軍拡著しい中華人民共和国、軍事力が復調傾向にあるロシアや、増加する国際平和協力任務に、現状の軍縮体制では対応しきれないとして、「平成22年度以降に係る防衛計画の大綱」についての提言案を政府に提出した。提言案には、防衛費縮減の撤回、陸上総隊の新設、武器輸出三原則の見直し、集団的自衛権の解釈変更などが盛り込まれていたが、同年8月の第45回衆議院議員総選挙において自民党が大敗し、民主党政権が誕生した事により頓挫した。
 イ 民主党政権下での大綱策定の混迷と策定
 新政権発足当初の2009年(平成21年)9月、鳩山内閣は防衛大綱の改訂作業に積極姿勢を示し、年内の改定を目指して防衛省内で作業が始まったが、わずか3週間後の同年10月16日に改訂を翌年末まで1年先送りすることを正式決定した。
 2010年(平成22年)2月18日、鳩山首相は自身が主催する「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」の初会合において、新防衛大綱の策定に関し「タブーのない議論をしてほしい」と要望した。北沢防衛相は懇談会において「装備産業の基盤整備をどう図るか議論してほしい」と武器輸出三原則の見直しを要望したことを明らかにし、これが新防衛大綱に反映される予定だったが、同年6月に普天間基地移設問題等の不手際により鳩山内閣が瓦解し、継いだ菅第1次改造内閣も同年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件等での不手際から支持率が急落し、社民党の協力なしには国会運営が不可能になると、社民党に配慮して武器輸出三原則の見直しの防衛大綱への記述は見送られることになった。
 2010年(平成22年)12月17日に安全保障会議ならびに閣議で新大綱が決定し、旧大綱は同年度限りで廃止されることになった。新大綱では、従来の日本列島に均等に防衛力を配備する冷戦型の「基盤的防衛力」の方針が廃止され、新たに南西諸島方面への中国人民解放軍海軍の進出や北朝鮮の弾道ミサイル、国際テロリズムに機動的・実効的に対応できるよう「動的防衛力」の方針が打ち出された。また、武器輸出三原則の見直しの記述の見送りに加えて、自民党提言案にあった陸上総隊の新設と集団的自衛権の解釈変更の記述も見送られた。武器輸出三原則については、2011年(平成23年)12月27日に行われた藤村修官房長官による談話によって緩和された。

(2)策定の背景
 22大綱は、①わが国周辺において、依然として核戦力を含む大規模な軍事力が存在するとともに、多くの国が軍事力を近代化し、また各種の活動を活発化させていること、②軍事科学技術などの飛躍的な発展にともない、兆候が現れてから事態が発生するまでの時間は短縮化する傾向にある中でシームレスに対応する必要があること、③多くの安全保障課題は、国境を越えて広がるため、平素からの各国の連携・協力が重要となっている中で、軍事力の役割が多様化し、平素から常時継続的に軍事力を運用することが一般化しつつあることなどを踏まえ、策定したものである。

(3)動的防衛力の概念導入
 22大綱は、今後の防衛力について、「防衛力の存在」を重視した従来の「基盤的防衛力構想」によることなく、「防衛力の運用」に焦点を当て、与えられた防衛力の役割を効果的に果たすための各種の活動を能動的に行える「動的なもの」としていく必要があるとしている。このため、22大綱では、即応性、機動性、柔軟性、持続性および多目的性を備え、軍事技術水準の動向を踏まえた高度な技術力と情報能力に支えられた「動的防衛力」を構築することとした。

(4)概要等
 一層厳しさを増す安全保障環境に対応するには、適切な規模の防衛力を着実に整備することが必要である。このため、22大綱においては、厳しい財政事情を踏まえ、自衛隊全体にわたる装備・人員・編成・配置などの抜本的見直しによる思い切った効率化・合理化を行った上で、真に必要な機能に資源を選択的に集中する「選択と集中」を行い、防衛力の構造的な改革を図り、限られた資源でより多くの成果を達成するとともに、人事制度の抜本的な見直しにより、人件費の抑制・効率化とともに若年化による精強性の向上などを推進し、人件費が高く自衛隊の活動経費を圧迫している防衛予算の構造の改善を図ることとされている。このように防衛力の構造的な改革や人事制度改革に触れている。


4 統合機動防衛力構想

(1)22大綱見直し
 22大綱が策定されて以降、わが国周辺の安全保障環境は、一層厳しさを増している。たとえば、北朝鮮は12(同24)年4月および12月には、「人工衛星」と称するミサイルの発射を行った。また、中国は、わが国領海侵入および領空侵犯を含むわが国周辺海空域での活動を急速に拡大している。
 一方、米国は、新たな国防戦略指針のもと、アジア太平洋地域におけるプレゼンスを強調し、わが国を含む同盟国などとの連携・協力の強化を指向している。なお、東日本大震災における自衛隊の活動においても、対応が求められる教訓が得られている。
 このような変化を踏まえれば、日米同盟をさらに強化するとともに、現下の状況に即応してわが国の防衛態勢を強化していく必要がある。そのため、政府は、「平成25年度の防衛力整備等について」(平成25年1月25日閣議決定)において、22大綱を見直し、自衛隊が求められる役割に十分対応できる実効的な防衛力の効率的な整備に取り組むこととし、13(同25)年中に結論を得ることとした。
 また、「中期防衛力整備計画(平成23年度~27年度)」(23中期防)を廃止し、今後の中期的な防衛力の整備計画については、22大綱の見直しとあわせて検討の上、必要な措置を講ずることとした。

(2)基本的な考え方:統合機動防衛力の構築
 22大綱の動的防衛力は、ISR(情報収集・警戒監視・偵察)を重視した抑止の考え方が提示されたが、わが国を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増している。そのため、22大綱の考え方によっては、状況に即応する十分な抑止力を維持・構築できない可能性が生じた。動的防衛力は、防衛力の質と量を整備するための防衛力整備の論理を内包していない概念であった。
 従って、より烈度の高い事態に対応し得るように、ISR活動を中心とした22大綱の抑止概念に代わる新たな抑止力の考え方を示した。
 新大綱は、より統合運用を徹底し、装備の運用水準を高め、その活動量をさらに増加させるとともに、各種活動を下支えする防衛力の「質」と「量」を必要かつ十分に確保し、抑止力および対処力を高めていくこととした。あわせて、後方支援基盤をこれまで以上に幅広く強化し、最も効果的に運用できる態勢を構築することとした。

 ①統合運用の観点からの能力評価を行い、それを踏まえた防衛力整備の実施
 ②幅広い後方支援基盤の確立(駐屯地・基地の抗堪性の強化、人事教育施策、地方コミュニティとの連携等)
 ③強靭性と連接性の重視

(3)我が国防衛の基本方針と3つのアプローチ
 ア 基本理念
 「国家安全保障戦略」を踏まえ、国際協調主義に基づく積極的平和主義の観点から、わが国自身の外交力、防衛力などを強化し、自らが果たし得る役割の拡大を図るとともに、日米同盟を基軸として、各国との協力関係を拡大・深化させ、わが国の安全およびアジア太平洋地域の平和と安定を追求しつつ、世界の平和と安定および繁栄の確保にこれまで以上に積極的に寄与していく。
 イ 方針
 上述の基本理念のもと、
 ①総合的な防衛体制を構築し、各種事態の抑止・対処のための体制を強化するとともに、
 ②外交政策と密接な連携を図りながら、日米同盟を強化しつつ、諸外国との二国間・多国間の安全保障協力を積極的に推進するほか、
 ③防衛力の能力発揮のための基盤の確立を図るとしている。
 ④留意事項
 この際、わが国は、日本国憲法のもと、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にはならないとの基本方針に従い、文民統制を確保し、非核三原則を守りつつ、実効性の高い統合的な防衛力を効率的に整備するとしている。
 また、核兵器の脅威に対しては、米国の拡大抑止は不可欠であり、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に協力していくとともに、弾道ミサイル防衛や国民保護を含むわが国自身の取組により適切に対応するとしている。加えて、核軍縮・不拡散のための取組に積極的・能動的な役割を果たしていくとしている。

 ウ 3つのアプローチ
 基本理念・方針の下、一層厳しさを増す安全保障環境において、わが国を防衛するための柱として、
 ① わが国自身の努力
 ② 日米同盟の強化
 ③ 安全保障協力の積極的な推進 の3つのアプローチを示している。

(4)我が国自身の努力
 〇総合的な防衛体制の構築
 〇我が国の防衛力:統合機動防衛力

(5)日米同盟の強化
 〇日米同盟の抑止力及び対処力の強化
 〇幅広い分野における協力の強化・拡大
 〇在日米軍駐留に関する施策の着実な実施

(6)安全保障協力の積極的な推進
 〇アジア太平洋地域における協力
 〇国際社会のとの協力


5 防衛力整備構想の変遷概括と期待

 我が国の防衛力整備は、当初は揺籃期故に、あるべき防衛力整備を求める自衛隊と財政的観点から財政支出を可能な限り抑制したい財政当局とのせめぎあいの様相が強かった。ある程度の防衛力整備が出来上がった後は、政治的な観点から如何に防衛力を抑制するかの要請が強まり、我が国独自の防衛力整備構想である基盤的防衛力整備構想が考えだされた。この構想の一旦緩急あれば直ちにエクスバンドするという面は考慮することなく、実に30年に亘って防衛力整備の基本となってきた。防衛力整備は、基本的には国際情勢の変化に対応すべきあるが、それが等閑視されてきた憾みは禁じ得ない。
 防衛力整備の考えが大きく変化する過程の一過的な整備構想としての動的防衛力整備構想を経て、現在の統合機動防衛力整備構想に行きついた。
 今後の課題は、現防衛力整備構想が滔々と述べている理念を強力に実行し得るか否かに懸っている。単なる謳い文句であってはならない。
 東シナ海の波高き現在、我が国に残された時間は少ない。新大綱並びに中期防の前倒しを求めたい。

(了)