山下塾第5弾

山下 輝男

第十五話「北方重視から西方重視へ?」

 四面環海の我が国の安全保障上の脅威は基本的には全正面であるが、限りある防衛力を効果的に運用するためには、脅威の度合いに応じて戦略的重点正面に重点配備し、脅威の切迫に応じて所要の部隊を重点正面に戦略展開させて対応せざるを得ない。我が国は冷戦期を通じて、北方防衛を重視した防衛戦略から東シナ海の波が高くなったこともあり西方重視にシフトした。シフトと言うか空白部を埋めたというべきか、大衆受けするのはシフトであろうが、それでは戦略を誤る。



1 我が国の戦略環境等

(1)日本列島の地政学的地位と脅威
 大陸周縁部に位置する弧状列島で、大陸からの出口を扼する戦略上の要衝


(2)南北約3700㎞、東西約3100㎞海岸線総延長約35,000kmに及ぶ長大な弧状列島
 島国であることは100万の兵にも匹敵すると云う。
(3)日本の領土面積は約38万km²で世界第60位、領海およびEEZの総面積は世界6位。水域面積は、領海(含:内水)とEEZを合わせて約447万km²世界で第9位
(4)都市部に産業・人口が集中、地方の過疎化進行
(5)重要施設は海岸部に多数存在、原発は日本海側に多数
(6)資源僅少で海外に依存、貿易立国、SLOCも長大
(7)古来より大陸に進出して手痛いしっぺ返しにあった歴史


2 我が国に対する脅威正面

 上図からも明らかなように、我が国に対する脅威は北海道正面、朝鮮半島正面及び支那大陸からの3正面からの脅威が考えられ、我が国の戦略正面は、現在の関係国の能力及び意図からも北、西、南西の3正面である。
 我が国は、戦略的には内線の位置にあり、3戦略正面対処の原則は、最も脅威の大なるものに備えるか、脅威の差し迫った相手に先ず対処するかであり、夫々の脅威の質、量、能力をどう判断するかにかかっている。
 従って、地域守備及び増援部隊来援までの防御を行う平時配置部隊も脅威の度に応じての重点配備となる。戦略機動する部隊を戦略機動容易な態勢に維持することが肝要である。特に陸上自衛隊のように鈍重な兵種は平時配置と戦略機動部隊の配置態勢を如何にとるかが極めて重要である。航空自衛隊は戦略展開は容易ではあるが、そのベースとなる航空基地の維持が重要だ。海上自衛隊は陸自ほどの鈍重性はないものの、ある程度の時間を要する。
 限りある戦力を運用して効果的に運用するためには、戦略情報の収集・分析・共有が極めて重要である。


3 冷戦期を通じての最大の脅威への対処:北方シフト

 上記のような戦略環境にある我が国を取り巻く安全保障上の情勢は、冷戦期においては、強大な軍事力を有するソ連と厳しい対峙をしていた。一方、当時の北朝鮮や中国は我が国に対する直接的な侵攻能力を有せず脅威の度は(極めて?)小さいものと考えられた。北朝鮮や中国のゲリラ的な小規模侵攻や海上交通路への妨害対処等に配意しつつも、我が国防衛の主作戦正面を北とすることに異論はなかった。
 この戦略思想に基づき、1次から4次の防衛力整備計画、51大綱とそれに応ずる中期防に基づいて防衛力が整備されてきた。51大綱は、1970年代のデタントを背景とはしたものの、我が国の防衛正面としての北方の重要性は変化しなかった。
 基本的な防衛構想は、以下の通りである。
 ①防衛の構想未然抑止については「いかなる態様の侵略にも対処しうる防衛体制」を構築し侵略を抑止、核兵器の脅威についてはアメリカ合衆国に依存するとした。
 ②侵略対処については「極力早期にこれを排除する」とし、短期決戦・早期排除を日本防衛の戦略方針、軍事ドクトリンとした。
 ③「限定的かつ小規模な侵略」に対しては独力排除を原則とし、それ以上の規模については「米国の協力」をもって排除するとし、独力では短期決戦、アメリカ共同では攻勢防御による早期排除をドクトリンとした。

 限定小規模な侵攻ではあっても不意急襲は有り得ないが、さりとてウォーニングタイムが十分にある筈もなく、防衛作戦準備には相当な時間が要することもこれあり、特に鈍重な陸自は、北方防衛を重視して次のような諸施策を推進した。
 ①陸自作戦基本部隊である師団の重点配置
 ②最新の装備配備及び高い人員充足率
 ③北海道への戦略機動訓練の実施
 ④北方の継戦能力の増大策
 ⑤防衛研究等(有事に北海道で戦う可能性のある部隊をも含む。)


4 冷戦崩壊後の新たなる脅威への態勢変換

(1)情勢の変化等
 51大綱策定後、既に約20年が経過し、我が国防衛を取り巻く環境に変化が見られた。冷戦が終焉し、ソ連が崩壊、ロシアは国内対応に急でロシアの我が国に対する脅威は相対的に低下したものと見積もられた。中国は急速に軍事力を強化、海洋進出を企図し、米国の態度が煮えきらないこともあり、東シナ海の情勢は一気に悪化した。朝鮮半島では金正日の主席就任以後更に強盛大国路線を推し進め、地下核実験や弾道ミサイルの発射を断続的に行い、我が国周辺海域において不審船事案を惹起する等直接的な脅威が顕著になってきた。
 時系列的に
 ①1989年の冷戦の終焉→ロシアの脅威は相対的に低下
 ②1992年 中国、尖閣を中国領と明記した領海法の制定→東シナ海の情勢緊迫
 ③1997年 金正日党総書記等就任→強硬化路線の活発化
  不審船事件、地下核実験、ノドンやテポドンの発射、江陵事件等
 ④阪神淡路大震災、PKO、掃海艇派遣等
 ⑤9.11テロ

(2)脅威認識の変化と新たな態勢への変換
 相対的なロシアの脅威低下と尖閣諸島を含む南西正面の脅威の増大、防衛空白部の存在があり、北の脅威を睨みながらも西方シフトへ転換し始めた。
 南西正面重視態勢への転換は、07大綱以降16大綱、22大綱そして23大綱を経て具体化が図られた。
 その具体的な施策は、重装備部隊から南西正面対処に適する部隊への編成替えや装備の転換、新たな部隊の編成や配置北方部隊の充足率の全国平準化、
 具体的には、
 ①2010年3月 陸自:第1混成団を第15旅団に改編・強化
 ②2009年3月 空自:F-15戦闘機部隊を那覇基地に配備
 ③海自の艦艇や航空機による南西諸島周辺海域における警戒監視態勢の強化


 陸海空自衛隊の事業
 Ⅰ陸自
  ①平素からの部隊配置:与那国島に沿岸監視部隊の配備、その他の島嶼部に警備部隊
  ②機動展開
  ・師団、旅団の半数を機動師団・旅団に改編 (即応機動連隊)
  ③連隊規模の水陸機動旅団の創設
  ④装備:ティルト・ローター機、水陸両用車、機動戦闘車等
  ⑤戦車及び火砲を中心とした部隊の編成・装備の見直し
 Ⅱ 海自
 常続監視や対潜戦等の各種作戦等による海上優勢の獲得・維持のための各種艦艇の整備や既存艦艇等の延命、新たな護衛艦等の整備
 Ⅲ 空自
  ①那覇基地F-15戦闘機部隊を2個飛行隊へ増強
  ②那覇基地にE-2Cの飛行隊を新編 
  ③移動式警戒管制レーダーの展開基盤を島嶼部に整備

 Ⅳ 迅速・大規模な輸送・展開能力の増大のための施策

 参考資料 (防衛白書26年度版から転載)


5 防衛態勢変換について

(1)態勢変換には長期間が必要
 部隊の配備変更だけではなく、編成替え、装備の導入や訓練も必要であるので、一朝一夕に態勢変換が出来る訳ではない。
 北、西、南西の各正面の脅威の質は全く異なり、当然、戦いの様相も異なれば、戦術やドクトリン、そして装備もそれらに応じて変えなければならない。
 北は、重戦力着上陸侵攻部隊対処が基本であるが、南西は、不意急襲グレーゾーンからの発展型、軽武装の戦いが当初であろう。西は弾道ミサイルやゲリラ対処を主とすると思われる。これらに応じる戦術、訓練、装備を確立して対応せざるを得ない。
 自衛隊のみで態勢変換が出来るのでもなく、そこには政治的決定が当然必要であり、態勢変換には相応のリスクが伴うものでもあり、慎重な分析と判断が必要である。
 北方重視から南西重視戦略への態勢変換の難しさがここにある。
(2)三正面のバランスを
 既述のように、我が国の作戦正面は3方向にある。現在、最も切迫感のある正面は南西正面であることに異論はなかろうが、北の脅威が何時顕在化するかは不明であり、決して無視できるものではない。北の脅威は重戦力による脅威であり、これに備えるのは相当な期間を要する。そういう意味においても、北に空白或いは極端な力のアンバランスを生じさせてはならない。
 西の脅威も現実にある脅威であり、北や南西の脅威とは質が明らかに違う。我が国は南西のみならず、北にも西にも備えなければならない。
 質が異なり、脅威の切迫度も異なる三正面のバランスを如何にとるかが我が国の防衛戦略の胆であり難しいところだ。
 絶妙なバランスが求められる。そういう意味において、南西正面へのシフトと云うのは誤りである。今までどちらかと云うと等閑視されてきた南西正面の空白部或いは脆弱性を埋めたと云うことである。
(3)南西防衛の強化
 南西正面の脆弱性の補完だけでは、高まりつつある脅威に十分に対抗できない。
 現在進めつつある諸施策をさらに強力に推進するのみでは不十分だ。日本列島から第一列島線に至るラインの防衛力を増し、基地や重要施設の抗堪性を強化し、米空母起動打撃群を阻止する中国のミサイルや潜水艦を迎撃打撃する態勢を速やかに構築する必要がある。

(了)