山下塾第5弾

山下 輝男

第十九話「平和安全法制の概要(2)グレーゾーン事態対応について」

 安全保障法制に関する説明の第二回目は、グレーゾーン事態対応についてです。本件は今般の閣議決定には含まれておりませんが、切れ目のない対応を行うために極めて重要です。如何なる事態を想定し、どのように対処しようとしているのか見てみましょう。



1 グレーゾーン事態とは

 平時と有事の中間にある状態。純然たる平時ではないが、さりとて武力攻撃を受けるまでには至っていないが、国家の主権が侵害されている状態を云う。云わば、準有事とでもいうべき事態である。
 領海に侵入した外国の潜水艦が退去要請に応じず航行を続ける場合や、漁民を装った武装集団が離島へ上陸した場合などがこれにあたる。
 直ちに外国からの武力攻撃とは認められず、自衛隊の武力行使を伴う「防衛出動」の発令が困難とされる。かといって、治安出動や海上警備行動など警察権による対処も難しく、現行法制の“隙間”というべき事態である。


2 想定しうる事態等

(1)過去の事例
 我が国の領土、領海、領空におけるグレーゾーン事態を過去の事例に見てみたい。
 ア 下甑島事件(1997年)
   東シナ海の鹿児島県・下甑島で1997年2月3日、中国人20人が不法入国し、出入国管理法違反で逮捕された。
   翌日には、まだ捕まっていない密航者が居るかもしれないとのことで捜索が続行され、島内の航空自衛隊下甑島分屯基地の
  隊員30人が「野外訓練」の名目で捜索活動を加わった。
   翌々日の6日、防衛事務次官が「不適切」との談話を発表した。
   自衛隊の出動について警察の要請があったのかどうか、真偽は不明であった。自衛隊員は武器を携行していなかった。
  逮捕権限がないので警察官同行での捜索であった。事務次官は所要の手続きを経て、警察機関への協力活動として
  実施すべきと談話で説明した。
   実際に捜索に参加した住民は、怖かったという。結果的に密航者は武器を携行しておらず、事なきを得た。また、初日逮捕
  した者以外には発見できず、事案は終結した。
 イ 中国の漢級原子力潜水艦の領水潜没航行事案(2004年11月)
   中国の北海艦隊青島海軍基地から出港してグァム島を到達した原子力潜水艦は、米海軍により常時監視されていた。
   11月8日深夜、同原潜は石垣島に向かって西進した。米軍と共に監視していた台湾海軍から情報提供を受けた海上自衛隊は、
  P-3C及び護衛艦2隻による追尾を開始した。
   無線による警告、中国政府ねの照会を行うも、国籍は不明であった。海自は精密な追尾を行っている。
   11月10日0548同潜水艦は潜航したまま石垣島と多良間諸島間の日本領海を侵犯した。無害通航に該当しないことは明らかで
  あった。同日0845、海上自衛隊創設以来二度目となる海上警備行動が発令された。潜水艦は針路の複雑な変更、デコイの射出、
  エンジン停止等を行い追跡をかわそうとするも、海自は完璧にマークしていた。AIDZを出た後も潜航する同艦の追尾を継続し、
  それは55時間にも及んだ。12日1750再度の領海侵犯の恐れなしとして海上警備行動を解除した。政府は中国に抗議したが、
  中国は受け入れがたいと回答した。16日同潜水艦は青島海軍基地に入港した。
   完璧に追尾することには成功したものの、潜航したまま30分も領海侵犯されながら、海上警備行動の発令のタイミングを
  逸した。事前に充分は情報を得ていたにも拘らず、所要の決断が取れなかったのが悔やまれる。
 ウ 中国艦艇による海自艦艇及びへりに対する火器管制レーダーの照射事案(2013年)
   1月30日に海自第七護衛隊の護衛艦”ゆうだち”(DD-103)がジャンウェイ2級(江衛2型)フリゲートからレーダー波を照射され、
  1月19日にも第六護衛隊の護衛艦”おおなみ”(DD-111)の艦載ヘリがジャンカイ1級(江凱型1型)フリゲートからレーダー波の
  照射をうけた事案が起きた。
   護衛艦は「東シナ海の公海上」で活動をしており、尖閣諸島周辺で任務を遂行しており、中国海軍が火器管制レーダー(射撃
  管制レーダー・射撃照準レーダー等とも)でレーダー波を照射するということは明らかな挑発行為である。
   海自が抑制的に行動することを見越しての挑発行為に他ならない。
   同様な事案が起きているとも云われるが確認は出来ない。
 エ 中国軍戦闘機異常接近事件(2014年)
   5月24日に、東シナ海において日中中間線付近で中華人民共和国の軍隊のスホイ27型戦闘機が、自衛隊の戦闘機に異常
  接近した。2回目は、6月11日、場所は前回と同様、東シナ海である。
   これは監視飛行中の自衛隊機に対して中国軍の戦闘機が相次いで近づき、その距離は30メートルから50メートルまでになった
  というもの。防衛省によるとこの距離というのは前例の無い異常ということで、100メートルを切る距離であったということも
  初めてということであった。自衛隊の撮影した写真によれば、中国軍の戦闘機にミサイルのような物が確認された。

(2)上述以外に考えられるグレーゾーン事態
  〇武装工作員等による原発や重要施設などに対する警察力を超える不意急襲的な攻撃
  〇公海上における民間船舶に対する侵害行為等



3 現行法による対処上の問題

(1)防衛出動
   防衛出動は、組織的計画的な武力攻撃と認定されない限り発令できない。組織的計画的な武力攻撃と認定するには、相応の
  事態が累積する必要がある。従って、認定には時間を要し、その認定を待っていては適時適切な対処が困難である。事態を
  早期に収拾するには、事態が拡大しない段階に対処する必要があるが、防衛出動の発令を待っていては時機を失する。
(2)治安出動や海上警備行動
   これ等による対処は、政治決断が迅速に出来るのであれば、法制上タイムリーな対処が可能である。然しながら、これらの
  行動はあくまでも警察権の行使であり、適切に対応し得るか否か疑問がある。事態に応じて、相応の権限を与えようとすれば、
  それなりの時間が必要である。
(3)グレーゾーン事態に至らぬように抑止する態勢構築
   我が国に対する上述のような事態の発生が予測されるような情勢緊迫時に、紛争の未然抑止、事態の拡大防止のために、
  十分な警戒監視活動を行い、或いは、部隊を緊要な地域に展開させることが可能であれば、ある程度の効果が期待できる。
  警戒監視活動は平時からの活動であり、実施可能であるが、部隊の事前展開は訓練名目によらざるを得ない。防衛出動予測
  事態においては陣地構築が可能であるが、、これもハードルが高い。何れの対処行動も帯に短く襷に長しである。



4 対応方策

(1)国際法上
   衆議院委員会における防衛及び外務大臣の答弁では、「マイナー自衛権とは、武力攻撃に至らない侵害に対する自衛権の
  行使を一般にさす」とし、自衛権の行使が可能であるとの認識を示している。
   組織的計画的な武力の行使かどうか判別がつかない侵害であっても、そのような侵害を排除する自衛隊の必要最小限の行
  動は憲法上容認されるべきである。かかる行動は、国際法上は、自衛権に包含される場合もあれば、国際法の許容する法執行
  活動等として区分されることもあり得るが、何れにせよ、国際法上合法な行為である限り許容されるべきであるとされる。

(2)対応方策
   ①自衛隊、警察、海保の連携強化による抑止及び拡大防止
   ②治安出動や海警行動の発令手続きの迅速化
   ③領域警備法の制定
   ④民主党の限定的領域警備法案    
    山下塾第5弾 「第三話「領域警備と自衛隊:新たな役割が」を参照



5 政府の決心と野党の動向

(1)グレーゾーン対応に係る以下の3つの閣議決定(5月14日)
 ①離島等に対する武装集団による不法上陸等事案に対する政府の対処について
 ②我が国の領海及び内水で国際法上の無害通航に該当しない航行を行う外国軍艦への対処について
 ③公海上で我が国の民間船舶に対し侵害行為を行う外国船舶を自衛隊の船舶等が認知した場合における当該侵害行為への対処について

 閣議決定内容の骨子
  自衛隊の治安出動や海上警備行動などの発令を迅速化するため、閣僚の了解を電話で取り付ける閣議決定の方式を導入することが柱である。自衛隊は、グレーゾーン事態に、治安出動や海上警備行動などで対処するが、発令には閣議決定が必要で、閣僚を招集して閣議を開いている間に事態が悪化するおそれがある。「持ち回り閣議」の方式があるが、閣僚が地方にいる場合やグレーゾーン事態が深夜や未明に発生した場合、迅速な決定ができないと指摘されてきた。
 原案は、電話による閣議決定に加え、国家安全保障会議(NSC)の審議も電話で可能とした。自衛隊や海上保安庁、警察庁、外務省など関係省庁による緊密な協力と対処能力の向上を掲げ、「わが国の主権を守り、国民の安全を確保するとの観点から、いかなる不法行為に対しても切れ目のない十分な対応を確保する」と明記した。
 グレーゾーン事態をめぐっては、政府・自民党は当初、法改正による武器使用基準の見直しを求めたが、与党協議会で難色を示した公明党に配慮する形で見送り、現行法内での「運用改善」で合意した。

(2)領域警備法案、共同で提出へ 民主・維新(5月18日)
  民主党は、本年2月、領域警備法案再提出し、5月には維新と共同提出を模索していると報道された。民主党の案は、山下塾第5弾 「第三話「領域警備と自衛隊:新たな役割が」を参照。
 同法案は昨年11月に提出し、解散に伴い廃案となっていた。同法案は事前に国会承認を受けた「領域警備区域」に限り、自衛隊の海上警備行動発令に閣議決定を不要とする特例を設けることなどが柱となっている。

6 若干の所見等
(1)閣議決定内容について
 政府が運用改善で、発令手続きの迅速化を図ることとしているが、本質的な問題解決には至っていない。余りにも中途半端である。迅速な治安出動や経常警備行動の発令もさることながら、それでは対応できない事態に国家としてどう対応するかが問われているのである。

(2)民主党案について
 一案ではあるが、その区域以外でも起こりうる 政府方針よりはましなものの、根本的な問題解決には至っていない。自衛隊が警察権を行使するのは多分得手ではないだろう。自衛隊が対応するには自衛権に基づく権限が必要であり、十分とは言えない。

(3)解決策
 運用の改善や一部地域のみでの領域警備を認めるような姑息な手段ではなく、堂々と自衛隊に領域警備の任務を付与すべきである。勿論、伝家の宝刀は簡単に抜くべきではないが、抜かないのであれば宝の持ち腐れであり、侮られてしまう。抜く気概こそが、抑止力である。
 勿論、不法行為を行っている国が、一般の国民の保護を名目に、軍事力を行使する口実を与えないような細心の注意が必要である。そのためにも、警察や海保との連携が重要である。
 三者の連携が必ずしも十分でない面もあろうが、それらを如何にして解消し、実効性を高めるか知恵を出すべきだ。



(了)